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浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

【本】平井一臣『ベ平連とその時代』(有志舎)

2021-11-03 11:16:16 | 

 1960年代後半に社会的に注目された社会運動、ベ平連の誕生から解散までの動きをおったもので、そのなかに脱走米兵の国外脱出運動、三沢、岩国の米軍基地周辺での喫茶店運動(?)を加えたものである。

 ベ平連は、いうまでもなく、アメリカのベトナム侵略戦争とベトナムに於ける米軍の蛮行(ボール爆弾、枯葉剤・・・・)に対して、そういうことはやめろ、日本政府はそうした米国の侵略に加担するな、ということを目的として組織された。きわめて人道的、ヒューマニスティックな運動であった。

 私もこのベトナム戦争の実態を知り(当時の新聞などはきちんとその事実を伝えていた)、最初は「バートランド・ラッセル平和財団」と連絡をとり、ベ平連が結成されてからはベ平連とつながり、浜松ベ平連の一員として活動した経験がある。ただ、私が浜松ベ平連と一緒に活動したのは高校2~3年生の時であり、高校を卒業してから上京したために浜松ベ平連がその後どうなったのかは知っていない。事務局をやっていた喫茶店のマスターは、今は広島市にいて映像作家になっているようなことを、生前の吉川勇一さんからきいたことがある。

 そのような経験をもっている私は、本書をみずからの回想と重ねて読んでいった。その頃は、鶴見俊輔ではなく、小田実が書いたものをよく読み、「人間みんなチョボチョボや」ということばに大いに共感したものだ。

 この本でも小熊英二の見解が引用されているが、彼の主観的な「読み」には全く同意できない。事実や体験者の声から引き出したものではなく、彼の思い込みを書き込んでいるからだ。

 「経済的な貧しさからの脱却ではなく、社会的地位の見通しを喪失したことからくる「現代的不幸」に若者たちの反乱の原因がある」と、小熊は指摘しているそうだが、私からすれば「何、それっ!!」というしかない。当時、政治的・社会的な問題に関心をもった者たちは、「社会的地位の見通し」なんかまったく考えていなかった。それを考えていたら、運動に飛び込むことはしない。そういうことを考えている人々は、運動に飛び込むことなく「ふつうに」生きていたし、そういう人の方が圧倒的に多かった。彼の解釈は、徹頭徹尾「主観」であると、私は断言する。したがって、小熊の主張を、こうした本に引用する必要はまったくない。間違いだからだ。

 なぜこの頃若者たちは正義感に燃えて立ち上がったのか。

 1970年代以後の諸党派間の内ゲバに見られるように、おのれの組織の考え方を唯一正しいと思い込み、そう考えない集団を暴力で以て打擲するという振る舞いは、1960年代後半の若者たちの正義感とは無縁である。もちろん、そうした正義感から出発して諸党派に属するようになった者はいるが、そこには質的な違いがある。諸党派の構成員は、おのれの正義感よりもそれぞれの党派を第一義に考えるようになったのだ。

 私は、小田が言う「ベ平連はやはり、いいにつけ悪しきにつけ、繁栄の中から生まれて来た運動であり、繁栄に対応しようとする運動であったということだ」という意見に共感する。当時の若者は、少年期の貧困な時代を経験しているし、急激に変化する日本の繁栄化に疑問をもち、繁栄への道を歩んでいない他国や諸地域の現状とのギャップに、さらに「これでよいのか」という思いを強くしたのである。

 本書を読みながら、いろいろ考えた。なぜ今、人々の正義感は眠らされているのか。自民党・公明党政権があんなにも「悪政」をしても怒らない選挙民。

 現代社会は「不可解」というしかない。

 

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