窪田恭史のリサイクルライフ

古着を扱う横浜の襤褸(ぼろ)屋さんのブログ。日記、繊維リサイクルの歴史、ウエスものがたり、リサイクル軍手、趣味の話など。

分かりやすいブランディングの本

2008年02月03日 | レビュー(本・映画等)
 『なぜみんなスターバックスに行きたがるのか?』今回の出張のお供として読んだ本です。当世ありがちなタイトルですが、中身は真面目なマーケティングの本です。ナイキとスターバックスで著者自身が関わったブランディングの手法が物語形式で分かりやすくまとめられており、楽しく読むことができました。以前ご紹介した『新訳経験経済』で述べられている物質経済から経験経済へのプロセスをA.マズローの欲求五段階説に準えて説明しているのが新鮮で印象的でした。
 ただ残念なのがこの邦題と装丁です。実はこの本自体はかなり以前から知っていたのですが、この安逸なタイトルと僕自身がスターバックスに行きたがらない人間であったがゆえに今まで読もうと思う動機がなかったのです。この邦題でブランディングの本だと見抜くのは至難の業ですし、そうでなければもっと早く読んでいたのですが。原題は"A New Brand World"、このままで良かったのではないでしょうか?それにこの邦題は本当に「なぜみんなスターバックスに行きたがるのか」を知りたかった人にとっても親切ではないと思います。

なぜみんなスターバックスに行きたがるのか?
スコット ベドベリ,Scott Bedbury,土屋 京子
講談社

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今泉珈琲店

2008年02月03日 | 食べ歩きデータベース
 僕が福岡に来たと実感するのはラーメンでもイカや鶏でもなく実はここ今泉珈琲店のコーヒーです。天神西通りに住んでいた11年前、近くにあるこのコーヒー店によく行っていました。お店で焙煎するので薫り高い嫌な酸味のないコーヒーが入るのは勿論のことなのですが、水も背振山の湧き水を使っていて口当たりが本当に軟らかいのです。今泉や警固周辺は町並みが一変してしまっていてほとんど昔の面影を残しているものがないくらいなので、10年振りに今泉珈琲店を発見したときはホッとしました。コーヒーも相変わらず美味しく、嬉しくなり思わずお代わりをしてしまいました。

今泉珈琲店
福岡市中央区今泉2-5-24


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麺劇場 玄瑛

2008年02月03日 | 食べ歩きデータベース
 今回は薬院に住んでいる友人と近場で食事をしたため、腹を落ち着かせるために東京でもよくテレビで紹介されている玄瑛に行ってきました。評判だけあり美味しいラーメンでしたが、僕は赤のれんの方が好きです。椅子がスチール製でやたらと冷たいのは改善した方が良いのではないかと思いました。

麺劇場 玄瑛
福岡市中央区薬院2-16-3


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赤のれん 節ちゃんラーメン

2008年02月03日 | 食べ歩きデータベース
 11年前、新入社員として福岡に赴任したとき最初に住んだのが福岡の渡辺通五丁目でした。その時近くにあったのが「赤のれん 節ちゃんラーメン」で、しょっちゅう食べていました。一般的な博多風の白濁したとんこつラーメンではない独特のスープです。昼に食べるのがここ、夜飲んだ後のシメに寄るのが薬院の「八ちゃんラーメン」というのが僕のパターンでした。
 今は飯田橋にも店が出ていますので一風堂や一蘭と並んで東京でもかなり知られるようになっていますが、福岡に寄ったときはぜひお勧めのラーメン屋さんです。

赤のれん 節ちゃんラーメン
福岡県福岡市中央区渡辺通5-24-26


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吉野ヶ里遺跡

2008年02月03日 | 史跡めぐり
 2月2日、1年越しで吉野ヶ里遺跡訪問を実現しました。昨年大牟田で仕事を終えた後吉野ヶ里遺跡に直行したのですが、入口まで辿り着きながら閉園に間に合わず。その反省もあって今年は行程を土曜日の朝に設定したのです。
 福岡ドーム6個分という発見されている弥生時代の遺跡としては最大の環濠集落ですが、入ってみると予想以上の大きさでした。復元されている支配者層の居住区(南内郭)、祭祀の中心部(北内郭)、前日に公開されたばかりの王墓(北墳丘墓)、倉庫群と交易の行われた市、庶民の居住区を巡りましたが、これだけでもたっぷり2時間歩きました。
 発掘された遺物から日本全国のみならず、奄美地方、朝鮮半島、中国大陸などとも盛んに交易が行われた吉野ヶ里遺跡の繁栄ぶりが伺えます。

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BAR YAMAZAKI

2008年02月03日 | BAR&WHISKY etc.
 以前ご紹介した神戸三ノ宮のBAR KEITHもそうなのですが、出張したときはなるべく地元のバーを1件訪ねるようにしています。佐賀は初めてということで、福岡のバーOSCARの方からご紹介いただいたのがこのBAR YAMAZAKIです。
 地図を出力してから行ったのですが、住所らしいところに着いてもバーらしきものが見当たりません。付近を30分ほどくまなく探してみましたが見つからず。観念して住所付近の美容室で尋ねたところ何と向かいにあったのですが、窓のない建物と小さなお稲荷さんに挟まれたほとんど分からないくらいの隙間が入口でした。これでは分かりません。そしてやっと見つけたもののまだ開店しておらず...。
 しかしバーそのものは良いところでした。オーナーバーテンダーの山崎秀幸さんも気さくな方で話が弾みました。最初の一杯は"BRUICHLADDICH CLASSIC"(写真)。ブルイックラディらしい穏やかなピート香に苺が結構合うというのは僕にとって新しい発見、苺で有名な佐賀らしい出会いですね。

BAR YAMAZAKI
http://sagabar.com/baryamazaki/

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佐賀城

2008年02月03日 | 史跡めぐり
 大牟田での仕事を終えこの日は佐賀に宿泊。訪ねる予定のバーが開店するまでの1時間佐賀城に行ってきました。地図を見ないのはいつもの事ですが、あっさり見つかった小倉城と違い佐賀城は探すのに苦労しました。勝手の分からない町で夜だったこと、佐賀城には天守がないこと(1726年の火災で焼失、現在は天守台のみ)、平城のため建物に隠れて見つけにくかったことなどが理由です。

 現在の城郭は1611年、鍋島勝茂により改修されたもので現存する建物は鯱の門と続櫓のみです(写真)。鯱の門には1874年に起きた佐賀の乱の弾痕が残っているらしいと聞いていたのですが、暗くてよく見えませんでした。門には鍋島藩が輸入したアームストロング砲が展示されています。実際のアームストロング砲は後の戊辰戦争で使用されています。

 鯱の門の手前に天守台がありますが、以外に大きく、かなり高層の天守があったのではないかと一見して想像できますが、実際五層の天守があったそうです。

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福岡のうどん

2008年02月03日 | 食べ歩きデータベース
 関東の人は福岡というと思い浮かべるのがラーメンだと思うのですが、実はうどんも美味しいのです。そのそもうどんは福岡が発祥という説があります。最大の特徴は麺が柔らかいことですが、僕が子供の頃好きだったアゴ(干した飛魚)出汁のつゆは今ではあまりないようで、昆布出汁ばかりでした。それ以前に、福岡市の繁華街である天神界隈で僕が見た限り、うどんは讃岐うどん屋ばかりで筑前うどん屋を見つける方が大変だったのには驚きました。

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小倉城

2008年02月03日 | 史跡めぐり
 2月1日、大牟田にある取引先に向かう電車に乗るまで時間があったので小倉城を訪ねました。現在の小倉城は1609年に細川忠興によって改築されたもので、大天守は四層五階の連結式層塔型、昭和34年の再建です。現在の天守は千鳥破風や唐破風などの装飾が見られますが、創建当時は最上階の屋根を除き破風はなかったようです。1609年といえば日本の築城史では後期の方に属すると思うのですが、石垣は比較的古い時期に用いられたいわゆる「野面積み」と呼ばれるものです。また最大の特徴は四階と五階の区別がなく(これは徳川幕府に遠慮して層数を少なくみせるためです。この時期は幕府にあらぬ嫌疑をかけられぬよう天守を小さくしたり、あるいは天守台だけ築いて天守は作らなかったりということがありました)、最上階に雨戸を廻らした結果、五階が四階よりも大きいという点で、「唐造り(南蛮造りともいいます)」と呼ばれています。

 天守内部はご他聞に漏れず展示室になっています。小倉は有名な「巌流島の決闘」が行われたところでもあるので宮本武蔵や佐々木小次郎に関する展示もあります。佐々木小次郎の使っていた通称「物干竿」と一般の日本刀の実寸大の展示があり、持ってみると通常の日本刀も結構重いのに約1mあったという物干竿は相当重いものです。小次郎は当時としては相当長身だったようですが、それでも本当に「燕返し」などという技ができたのだろうかと思わせるほどでした。

 展示室の中で小笠原忠真が1632年に中国僧即非禅師を招聘して黄檗宗広寿山福聚寺を創建したという記述がありました。煎茶をやっている関係から黄檗宗のお寺に興味があったので訪ねてみようと思いましたが、地元の人に聞いても行き方が分からず今回は断念することにしました。

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飛行機が飛ばない...

2008年02月03日 | その他
 1月30日に栃木と福島の営業所、31日に九州の営業所とISO14001の内部監査が続きました。そして今日九州の出張から帰るはずだったのが何と東京地方が雪のため飛行機が欠航!

 新幹線に乗り換えようとも思いましたが、岐阜近辺も雪とのことで万一途中で止まっては(車内で一泊は避けたいです)ということで明日の始発で帰ることにしました。ということで博多にもう一泊です。ニュースによれば現時点で新幹線はまだ動いているようでしたが...

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