窪田恭史のリサイクルライフ

古着を扱う横浜の襤褸(ぼろ)屋さんのブログ。日記、繊維リサイクルの歴史、ウエスものがたり、リサイクル軍手、趣味の話など。

Whisky Magazine Live! 2008に行ってきました

2008年02月11日 | BAR&WHISKY etc.
 2月10日、毎年行こうと思っていて都合がつかず行けなかったウィスキーマガジンライヴに行ってきました。 これはイギリスのウィスキー雑誌、"Whisky Magazine"が毎年ロンドンと東京で開催しているウィスキーのイベントで、イギリス、日本、アメリカのメーカーが出展するブースを回って好きなウィスキーを試飲したりセミナーを受けたりすることができます。今回は世界的に著名なウィスキー評論家であるMichiel Jackson氏の追悼トークショーの他、ウィスキーを題材にした「麦溜」という能の披露もありました。

 前売入場券だけなら5,000円で十分元の取れるイベントですが、予想以上に多くの、そして幅広い年齢層の参加者で驚かされました。3分の一位は女性だったのではないでしょうか。会場はお台場の東京ビッグサイトで最初場所がどこだか分かりませんでしたが、建物の中に入るとどこからともなくモルトの匂いが...。匂いの源を辿るうち、無事発見することができました。

 ウィスキーが好きな人たちが来ているのでしょうが、あれだけ大勢の人がウィスキーを呑みまくって良く秩序が保たれるものだな、と感心しました。

  繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした

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1年ぶりに太極拳に行ってきました

2008年02月11日 | その他
 なかなか土曜日の休みが取れずご無沙汰していた太極拳に実に11ヵ月ぶりで行ってきました。おかげでここ数週間溜まっていた疲れがとれ、非常に爽快な気分になりました。忙しいときこそ体には太極拳のようなリラックスが必要なのに、忙しいから行けないというのがディレンマですが、今年は少しでも多く出席できればと思います。

 しかもこの日、教室のある横浜の産経学園が3月末を以って50年の歴史に幕を下ろすということを知りました。閉校になる前に出席できたのは幸運でした。尤も太極拳の教室自体は横浜そごう9階の読売日本テレビ文化センターに引き継がれるそうなので、これからも継続できます。

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タイ・パーティーに参加しました

2008年02月11日 | その他
 2月9日、小学校時代の友人の紹介で去年から数回参加させていただいている"Hope of Tokyo"教会主宰のタイ・パーティーに行ってきました。この催しは主にタイの人たち(他にマレーシア、香港、中国、台湾などの人たちがいます)との交流をテーマとして年に4回位横浜で行われています。昨日は会場の調理室をお借りしてタイ料理教室、その他タイにまつわるクイズやゲームをしたりしました。

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苗字の話

2008年02月11日 | その他
 2月13日は「苗字の日」なのだそうです。というのも明治8年のこの日、「平民苗字必称義務令」という太政官布告により国民に苗字を交渉することが義務付けられたからです。
 それに因んでか去る2月7日に行われた横浜銀行阪東橋支店80周年の基調講演は明治大学名誉教授圭室(たまむろ)文雄先生による「江戸時代の横浜市域の苗字について」というテーマでした。

 一般に「江戸時代の庶民には名字が無かった」と信じられがちですが、それは「宗旨人別改帳」や「検地帳」のような公的記録に苗字が記載されていないというだけであって、実際には例えば伊勢参宮の折宿泊した時の宿帳や菩提寺の過去帳なといった私的な記録には庶民の間で使われていた苗字の記録が残されているそうです。そうした記録から辿ると、例えば戸塚宿のような東海道でも決して大きくない宿場町でさえ実に64種類(重複を除く)もの苗字が確認されています。さらに開港以前の横浜村が100件に満たないほどの小さな漁村であったことは皆さんもご存知かと思うのですが。この横浜村でさえ石川、大川原、田辺、中山と4種類の苗字が確認されています。因みに江戸時代の横浜市域で多い苗字トップ3は金子、石井、鈴木の順で、全国的に多いとされる佐藤は10位、斎藤は7位、田中は8位でした。

 これらのことから「江戸時代の庶民の間でも苗字が使用されていた」ということ以外にも興味深いことが分かります。それは現代の我々が思っている以上に江戸時代は人の移動が活発であったということと、農民といえども貧窮を極めた過酷な状況下に置かれていたのではなく、例えば高野山塔頭の宿帳には現在の神奈川県下だけで実に4万件もの記録がある、つまりそれだけ富裕層が形成されていたということです。
 
 伊勢参宮や高野山参詣の折の宿帳に多くの記録が残されているというのは、江戸時代の庶民にとって最大の娯楽が伊勢参りだったからです。江戸時代の農村共同体では15人位で一つの「講」を形成し、構成員の共同出資により誰もが16年に1度は伊勢参りに行けるという仕組みを作っていたそうです。人生を50年としても誰もが3回は伊勢参りに行けるということになります。
 伊勢参りは単なる伊勢への参拝だけでなく、その後高野山詣でや日光参拝などを含めたおよそ2ヵ月に及ぶ大旅行だったそうです。したがって当時としても1回の伊勢参りにかかる費用は今日の貨幣価値に換算して200万円ほどもかかり、つまりはそれだけの財力と余裕が農村部にあったということになります。

 有名な「鎖国」という言葉を筆頭として、今日我々が江戸時代に対して抱いているステレオタイプの多くは実は明治以降の学校教育によってなされたものですが、今日さまざまな研究によって実態はかなり違っていたということが分かっています。さらには先行きの不透明感が増す昨今、"Japanese Cool"などと言って江戸時代の文化を見直そうという動きも一種のブームのようになっています。下にご紹介する本も江戸の庶民の暮らしぶりが分かりやすくまとめられていて、なかなか面白いものです。

大江戸開府四百年事情 (講談社文庫)
石川 英輔
講談社

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