都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「ゲルハルト・リヒター展」 川村記念美術館 1/14
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「ゲルハルト・リヒター -絵画の彼方へ- 」
2005/11/3~2006/1/22
ドイツ現代美術の巨匠、ゲルハルト・リヒター(1932~)の日本初となる大規模な回顧展です。絵画を中心とする約50点の作品が、川村記念美術館の大きな空間の中で美しく映えています。非常に見応えのある展覧会です。
リヒターは1960年代から、主に「フォト・ペインティング」(写真を拡大してキャンバスに描き写す。)や「カラーチャート」(無数の色の小片を並べて提示する。)、それに「グレイ・ペインティング」(グレイ一色のモノトーン絵画。)から「アブストラクト・ペインティング」(いわゆる抽象絵画。)など、様々なジャンルの絵画を同時に平行させながら創作して来ましたが、当然ながらこの展覧会ではその全てが展示されています。言い換えれば、抽象から具象、それに鮮やかな色彩からモノトーンまで、おおよそ絵画で為せるであろうあらゆる表現を楽しめる展覧会とも言えそうです。
私が最も惹かれたのは、大きな展示室を使って、贅沢に、そして大胆に展示された極めて抽象的な二点の作品、「岩壁」(1989)と「森(3)」(1990)でした。縦300センチ横250センチの「岩壁」は、白、灰、青、緑、赤などのあらゆる色彩が、荒々しいタッチの元、何層にもなって立体的に塗られた作品ですが、少し離れて見ると、まるで波が岩壁に打ち砕けて、その飛沫が上へ飛び上がっている姿のような動きすら感じさせます。そして、もう一方の「森」もそれに負けず劣らぬの存在感です。340×260センチの大きなキャンバスに、ぶちまけるかのようにして放たれた鮮烈な色彩の帯と粒。横方向に塗られた深い青みに逆らうかのような、縦方向に揺らいだ黄色の表現は、まるで深い森に差し込む一筋の光のようにも見えます。リヒターは、これらの作品を自ら撮影した風景写真などを元にして仕上げたとのことですが、確かに具象と抽象の間を感じさせるこれらの作品は、あたかもモネの作品における光の移ろいと、抽象の純粋な色彩と形の面白さを同時に見ているような味わいがあります。これほど多面的に表情を変える、いわゆる「抽象絵画」も稀有だと思うほどです。
「フォト・ペインティング」は、写真をまさに写実的にキャンバスへと移し替えたものですが、その具象性はともかく、画面は写真と言うよりもむしろ映像的で、しかもどこかノスタルジー的な雰囲気をたたえています。宗教画の主題を思わせる「2本の蝋燭」(1982)と「髑髏」(1983)、それにシスレーの雪景色を思い起こさせるような「農場」(1999)や、ぶれた画面が今にも消え入りそうで、花の命の儚さすら感じさせる「バラ」(1994)は、どれも大変に魅力的です。写真のようなリアリティーを持つ作品は視覚トリック的な要素を、また、懐古的なイメージを与える作品からは印象派の持つような美感をも与えます。
その視覚的トリックにもつながる、作品を見ると言うことに対してのリヒターの問題意識は、ガラスを使用した作品からも強く伺うことが出来ます。中でも「11枚のガラス板」(2004)は、工業製品でもある大きなガラス板を11枚並べてくっ付けただけという、まさにデュシャンのレディメイドを思わせる作品ですが、その前に立った時に見える世界ほど美しいものはありません。11枚のガラスに写り込む空間は、それを見ている自分も含め、全てが震えるかのように(それこそフォト・ペインティングで見せる揺らぎのように。)ぼやけていますが、それがまるで鏡の向こう側の世界の存在をイメージさせて、その境界となっている鏡に思わず足を踏み入れたくなります。また、11枚重ねの鏡面世界は、当然ながらそれを見ている自分の姿を最もぼかして写しますが、それが作品を見ているはずの自分がまるで鏡に見られているか、もしくは作品の一部に組み込まれてしまったような気にもさせて、結果的に作品を見ている自分の存在の危うさを感じさせます。鏡を使用した作品は他にも展示されていましたが、この「11枚のガラス板」の美しさだけは忘れることがなさそうです。
「絵画になにができるかを試すこと。~略~今何がおこっているのかについて、自分自身のために一つの映像をつくろうとしつづけることです。」(作品目録より。)とリヒターは述べていますが、まさにキャンバスにのせられた美しい映像を通して、その光や幻影を感じさせながら、ガラスの作品のように見る者すら取り込む「絵画の彼方への旅」を楽しませてくれる展覧会です。これだけの世界観を作り上げた作家の回顧展が、今回日本初というのが驚きです。今月22日までの開催となりますが、是非おすすめしたいと思います。(21、22日には、この川村記念美術館と、スイス現代美術展を開催している千葉市美術館の間に無料シャトルバスが運行されます。所要時間は約30~40分ほどです。私も先週このバスを使って両方の展覧会を楽しみましたがなかなか便利でした。滅多に運行されないか、もしくは初めての試みとなるこのバスを使って、千葉での現代アートに触れるのも良さそうです。)
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