都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展」 東京国立近代美術館
東京国立近代美術館
「現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展 ヤゲオ財団コレクションより」
6/20-8/24
東京国立近代美術館で開催中の「現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展 ヤゲオ財団コレクションより」のプレスプレビューに参加してきました。
台湾の電子部品メーカー、ヤゲオ・コーポレーションのヤゲオ財団所蔵の現代美術コレクション。海外の美術専門誌「ARTnews」において、ここ2年間で世界トップ10に入っている。作品を収集したのが同社CEOのピエール・チェン氏です。そのコレクションが初めて日本でまとめて公開されました。
ベーコン、ウォーホル、リヒターにグルスキー。そしてマーク・クインにトゥオンプリー。また蔡国強らといった中国の作家も目を引く。出品は40作家、約75点。西洋の近現代美術はもとより、中国の近現代美術もあわせて紹介されています。
さて「現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展」、略して「世界の宝展」もしくは「コア展」、もちろん個々の作品を追っていくのも面白いわけですが、展示上において一つ、鑑賞の参考になるための重要な工夫がなされています。
コレクター・チャレンジです。詳しくは最後に触れますが、「今からあなたに50億円をお渡しします。」として、美術館が架空の50億円を提示。それを各鑑賞者が持っていたとするならば、どの作品をコレクションするのだろうか。通常、美術館ではなかなか意識しない作品の価格について、ほぼ否応なしに向き合わせるように仕掛けられているのです。
右:ザオ・ウーキー「25.9.94」 1994年 油彩・キャンバス
左:ザオ・ウーキー「15.1.82 トリプティック」 1982年 油彩・キャンバス
よってキャプションにも作品の落札価格などが記されている。また各章における冒頭のパネルも一風変わっています。それぞれ二段構成。例えば第6章の「威厳」です。ここではザオの比較的早い段階の作品が展示されていますが、一つはザオについて美術的文脈に沿った解説がなされ、もう一方はザオ作品のオークション価格についての例を挙げている。そして何故ザオが「高騰」したのか。作家の死と作品の価格の関係についてまでも触れています。
ここまで展示作品の価格について突っ込んだ展覧会が公立美術館であったのか。率直なところ賛否は分かれるかもしれません。ただし一個人のコレクションであるからこそ出来る試み。また価格をあえて提示することによって、作品の価値を半ば相対化している。ようはよく美術館で言及される美的、社会的価値の他に、経済的価値がどういう意味を持ちえているのか。そのことについても考えさせています。
そして価値の多様化を認めるのが美術でもある。タイトルにもある「宝」とは、アーティストが社会に作品を残した「宝」という意味でもあり、また端的に金銭的な意味も持ちえている。美術史的に捉えつつも、市場でどう作品が受け止めているのか。美術の価値の在り方を改めて問いただしています。
杉本博司「最後の晩餐」 1999年 ゼラチン・シルバー・プリント
少しだけ展示を追いかけてみましょう。まず圧巻なのが「崇高」のセクション。ロスコから目を転じれば杉本博司、そして反対側にはリヒターが並ぶ。また巧妙なのは配置です。例えば杉本では海景シリーズが「最後の晩餐」を挟んでいる。それに杉本の海景の向かいにあるリヒターが「川」であるのも面白い。さらには「最後の晩餐」にあわせたのでしょうか。さも聖母子のような構図をとるリヒターの「叔母マリアンネ」との組み合わせも注目に値します。
右:ゲルハルト・リヒター「川」 1995年 油彩・キャンバス
中央:ゲルハルト・リヒター「抽象絵画」 1990年 油彩・キャンバス
左:ゲルハルト・リヒター「横たわる裸体」1967年 油彩・キャンバス
ちなみにこの展示、学芸員側だけではなく、時にチェン氏自らアドバイスを行うことがあったとか。そもそも本展覧会は同館のベーコン展の際にヤゲオ財団から作品を借りたことが切っ掛けになっている。美術館とコレクターの共同作業なくしては実現しなかった企画でもあります。
右:アンゼルム・キーファー「君の金色の髪マルガレーテ」 1979-81年 油彩、エマルジョン、藁・キャンバス
左:アンゼルム・キーファー「マイスタージンガー」 1981年 油彩、アクリリック、藁・キャンバス
これほど充実したキーファーを初めて見ました。出品は2点、「君の金色の髪マルガレーテ」と「マイスタージンガー」です。後者は言うまでもなくワーグナーのオペラに着想を得たもの。表面を覆うのは藁。劇中における13名の歌手を暗示しているとも言われる。後に利用されることになるナチス云々の歴史的文脈も踏まえているのかもしれません。マイスタージンガーを素材にドイツの国家の枠を見つめ直した。それにしても凄まじいまでの物質感です。
右:ピーター・ドイグ「カヌー・湖」 1997年 油彩・キャンバス
左:マルレーネ・デュマス「若い少年たち」 1993年 油彩・キャンバス
またサイ・トゥオンブリーも良い。そして都現美の回顧展も懐かしいデュマスも興味深いものがあります。「若い少年たち」における裸で並ぶ少年の群像。不思議と怯えているようにも映る。キャプションにはアパルトヘイト下の隔離政策に対してデュマスの問題意識を見る指摘もありました。そもそも作家自身も南アフリカの出身です。とすると何らかの犠牲、もしくは迫害の様子を示唆しているのかもしれません。
手前:サンユウ「六頭の馬」 1930年代 油彩・キャンバス
中国の芸術家も重要です。既に国際的にも知られた蔡国強をはじめ、とりわけ目立つのがサンユウ。また本年には東アジアを展覧会が巡回するというチェン・チャンボー。そして先述のザオも同様です。近年、オークション市場において存在感を増す中国人アーティスト。ともすると日本ではあまり紹介される機会がないかもしれません。本展では2~3割が中国のアーティストです。その辺も見どころの一つだと言えそうです。
手前:ロン・ミュエク「若いカップル」 2013年 ミクストメディア
この他、トーマス・シュトゥルートにグルスキーが囲む「リアリティ」のセクションも素晴らしい。ラストはロン・ミュエクからちらし表紙を飾るマーク・クインへ。そしてリー・ミンウェイのインタラクティブなインスタレーション、「手紙を書くプロジェクト」で幕を閉じました。
コレクター・チャレンジ
会場出口に設置されているのがコレクター・チャレンジです。先にも触れた「50億円あったら何をコレクションするか。」という一種のゲーム。作品のパネルピースを家の模型に貼付けるとご覧の通り、トータルの金額がモニターに表示される。それを限りなく50億円に近づければ良いというわけなのです。
コレクター・チャレンジ
これがなかなか50億円にあわせるのが難しい。むしろ一番高い組み合わせは何かと色々と試行錯誤しては遊んでしまいます。
マーク・クイン「ミクロコスモス(セイレーン)」 2008年 18金
作品は殆ど絵画が占め、次いで写真、そして立体と続きます。映像がないのは、チェン氏自身がそうした表現に関心がない故なのでしょう。また「コア」ということもあるのでしょうか。ある程度、評価の定まった作品が多いと言えるかもしれません。
「現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展」会場風景
チェン氏は作品を収蔵庫などにしまっておくのではなく、なるべくリビングなどのプライベートな空間に引き出しては楽しんでいるそうです。まさに「アートとともに生活する」(チェン氏の挨拶より)を体現した驚くべき現代美術コレクション。想像以上に見応えがありました。
[現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展 巡回予定]
名古屋市美術館:2014年9月6日(土)~10月26日(日)
広島市現代美術館:2014年12月20日(土)~2015年3月8日(日)
京都国立近代美術館:2015年3月31日(火)~5月31日(日)
8月24日まで開催されています。
「現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展 ヤゲオ財団コレクションより」 東京国立近代美術館(@MOMAT60th)
会期:6月20日(金)~8月24日(日)
休館:月曜日。但し7/21は開館。7/22は休館。
時間:10:00~17:00(毎週金曜日は20時まで)*入館は閉館30分前まで
料金:一般1200(900)円、大学生500(250)円、高校生以下無料。
*( )内は20名以上の団体料金。
場所:千代田区北の丸公園3-1
交通:東京メトロ東西線竹橋駅1b出口徒歩3分。
注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
「現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展 ヤゲオ財団コレクションより」
6/20-8/24
東京国立近代美術館で開催中の「現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展 ヤゲオ財団コレクションより」のプレスプレビューに参加してきました。
台湾の電子部品メーカー、ヤゲオ・コーポレーションのヤゲオ財団所蔵の現代美術コレクション。海外の美術専門誌「ARTnews」において、ここ2年間で世界トップ10に入っている。作品を収集したのが同社CEOのピエール・チェン氏です。そのコレクションが初めて日本でまとめて公開されました。
ベーコン、ウォーホル、リヒターにグルスキー。そしてマーク・クインにトゥオンプリー。また蔡国強らといった中国の作家も目を引く。出品は40作家、約75点。西洋の近現代美術はもとより、中国の近現代美術もあわせて紹介されています。
さて「現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展」、略して「世界の宝展」もしくは「コア展」、もちろん個々の作品を追っていくのも面白いわけですが、展示上において一つ、鑑賞の参考になるための重要な工夫がなされています。
コレクター・チャレンジです。詳しくは最後に触れますが、「今からあなたに50億円をお渡しします。」として、美術館が架空の50億円を提示。それを各鑑賞者が持っていたとするならば、どの作品をコレクションするのだろうか。通常、美術館ではなかなか意識しない作品の価格について、ほぼ否応なしに向き合わせるように仕掛けられているのです。
右:ザオ・ウーキー「25.9.94」 1994年 油彩・キャンバス
左:ザオ・ウーキー「15.1.82 トリプティック」 1982年 油彩・キャンバス
よってキャプションにも作品の落札価格などが記されている。また各章における冒頭のパネルも一風変わっています。それぞれ二段構成。例えば第6章の「威厳」です。ここではザオの比較的早い段階の作品が展示されていますが、一つはザオについて美術的文脈に沿った解説がなされ、もう一方はザオ作品のオークション価格についての例を挙げている。そして何故ザオが「高騰」したのか。作家の死と作品の価格の関係についてまでも触れています。
ここまで展示作品の価格について突っ込んだ展覧会が公立美術館であったのか。率直なところ賛否は分かれるかもしれません。ただし一個人のコレクションであるからこそ出来る試み。また価格をあえて提示することによって、作品の価値を半ば相対化している。ようはよく美術館で言及される美的、社会的価値の他に、経済的価値がどういう意味を持ちえているのか。そのことについても考えさせています。
そして価値の多様化を認めるのが美術でもある。タイトルにもある「宝」とは、アーティストが社会に作品を残した「宝」という意味でもあり、また端的に金銭的な意味も持ちえている。美術史的に捉えつつも、市場でどう作品が受け止めているのか。美術の価値の在り方を改めて問いただしています。
杉本博司「最後の晩餐」 1999年 ゼラチン・シルバー・プリント
少しだけ展示を追いかけてみましょう。まず圧巻なのが「崇高」のセクション。ロスコから目を転じれば杉本博司、そして反対側にはリヒターが並ぶ。また巧妙なのは配置です。例えば杉本では海景シリーズが「最後の晩餐」を挟んでいる。それに杉本の海景の向かいにあるリヒターが「川」であるのも面白い。さらには「最後の晩餐」にあわせたのでしょうか。さも聖母子のような構図をとるリヒターの「叔母マリアンネ」との組み合わせも注目に値します。
右:ゲルハルト・リヒター「川」 1995年 油彩・キャンバス
中央:ゲルハルト・リヒター「抽象絵画」 1990年 油彩・キャンバス
左:ゲルハルト・リヒター「横たわる裸体」1967年 油彩・キャンバス
ちなみにこの展示、学芸員側だけではなく、時にチェン氏自らアドバイスを行うことがあったとか。そもそも本展覧会は同館のベーコン展の際にヤゲオ財団から作品を借りたことが切っ掛けになっている。美術館とコレクターの共同作業なくしては実現しなかった企画でもあります。
右:アンゼルム・キーファー「君の金色の髪マルガレーテ」 1979-81年 油彩、エマルジョン、藁・キャンバス
左:アンゼルム・キーファー「マイスタージンガー」 1981年 油彩、アクリリック、藁・キャンバス
これほど充実したキーファーを初めて見ました。出品は2点、「君の金色の髪マルガレーテ」と「マイスタージンガー」です。後者は言うまでもなくワーグナーのオペラに着想を得たもの。表面を覆うのは藁。劇中における13名の歌手を暗示しているとも言われる。後に利用されることになるナチス云々の歴史的文脈も踏まえているのかもしれません。マイスタージンガーを素材にドイツの国家の枠を見つめ直した。それにしても凄まじいまでの物質感です。
右:ピーター・ドイグ「カヌー・湖」 1997年 油彩・キャンバス
左:マルレーネ・デュマス「若い少年たち」 1993年 油彩・キャンバス
またサイ・トゥオンブリーも良い。そして都現美の回顧展も懐かしいデュマスも興味深いものがあります。「若い少年たち」における裸で並ぶ少年の群像。不思議と怯えているようにも映る。キャプションにはアパルトヘイト下の隔離政策に対してデュマスの問題意識を見る指摘もありました。そもそも作家自身も南アフリカの出身です。とすると何らかの犠牲、もしくは迫害の様子を示唆しているのかもしれません。
手前:サンユウ「六頭の馬」 1930年代 油彩・キャンバス
中国の芸術家も重要です。既に国際的にも知られた蔡国強をはじめ、とりわけ目立つのがサンユウ。また本年には東アジアを展覧会が巡回するというチェン・チャンボー。そして先述のザオも同様です。近年、オークション市場において存在感を増す中国人アーティスト。ともすると日本ではあまり紹介される機会がないかもしれません。本展では2~3割が中国のアーティストです。その辺も見どころの一つだと言えそうです。
手前:ロン・ミュエク「若いカップル」 2013年 ミクストメディア
この他、トーマス・シュトゥルートにグルスキーが囲む「リアリティ」のセクションも素晴らしい。ラストはロン・ミュエクからちらし表紙を飾るマーク・クインへ。そしてリー・ミンウェイのインタラクティブなインスタレーション、「手紙を書くプロジェクト」で幕を閉じました。
コレクター・チャレンジ
会場出口に設置されているのがコレクター・チャレンジです。先にも触れた「50億円あったら何をコレクションするか。」という一種のゲーム。作品のパネルピースを家の模型に貼付けるとご覧の通り、トータルの金額がモニターに表示される。それを限りなく50億円に近づければ良いというわけなのです。
コレクター・チャレンジ
これがなかなか50億円にあわせるのが難しい。むしろ一番高い組み合わせは何かと色々と試行錯誤しては遊んでしまいます。
マーク・クイン「ミクロコスモス(セイレーン)」 2008年 18金
作品は殆ど絵画が占め、次いで写真、そして立体と続きます。映像がないのは、チェン氏自身がそうした表現に関心がない故なのでしょう。また「コア」ということもあるのでしょうか。ある程度、評価の定まった作品が多いと言えるかもしれません。
「現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展」会場風景
チェン氏は作品を収蔵庫などにしまっておくのではなく、なるべくリビングなどのプライベートな空間に引き出しては楽しんでいるそうです。まさに「アートとともに生活する」(チェン氏の挨拶より)を体現した驚くべき現代美術コレクション。想像以上に見応えがありました。
[現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展 巡回予定]
名古屋市美術館:2014年9月6日(土)~10月26日(日)
広島市現代美術館:2014年12月20日(土)~2015年3月8日(日)
京都国立近代美術館:2015年3月31日(火)~5月31日(日)
8月24日まで開催されています。
「現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展 ヤゲオ財団コレクションより」 東京国立近代美術館(@MOMAT60th)
会期:6月20日(金)~8月24日(日)
休館:月曜日。但し7/21は開館。7/22は休館。
時間:10:00~17:00(毎週金曜日は20時まで)*入館は閉館30分前まで
料金:一般1200(900)円、大学生500(250)円、高校生以下無料。
*( )内は20名以上の団体料金。
場所:千代田区北の丸公園3-1
交通:東京メトロ東西線竹橋駅1b出口徒歩3分。
注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
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