都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「ジュリア・マーガレット・キャメロン展」 三菱一号館美術館
三菱一号館美術館
「From Lifeー写真に生命を吹き込んだ女性 ジュリア・マーガレット・キャメロン展」
7/2~9/19

三菱一号館美術館で開催中の「ジュリア・マーガレット・キャメロン展」を見てきました。
19世紀後半、ラファエル前派とほぼ同時代、ヴィクトリア朝のイギリスにおいて、写真表現で新たな「地平」(解説より)を切り開いた一人の芸術家がいました。
それがジュリア・マーガレット・キャメロン。1815年にカルカッタで生まれ、イギリスの上層中流階級で育った女性です。
まさに遅咲きの芸術家です。キャメロンが写真に取り組み始めたのは48歳の時。娘夫婦からカメラをプレゼントされたのが切っ掛けでした。
当初は家族や文化サロンの友人など、身近な人物を写します。ほぼポートレートです。「ウィリアム・マイケル・ロセッティ」はかの芸術家の弟をモデルにした一枚。右上に傘が写り込んでいますが、あえて光量を調節するために持ち込んだそうです。光に対する鋭敏な感覚を知ることが出来ます。
コスプレとも呼んで良いのでしょうか。モデルに様々な衣装を着せているのも興味深いところです。「クーマイの巫女になったエルコ卿夫人」はまさしく巫女の姿。古代風の衣服を身にまとっています。
カメラを手にしてから僅か1年半。ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館の前身であるサウス・ケンジントン博物館に作品が買い上げられるという栄誉を得ます。鮮烈なデビューと言ったところでしょうか。当時の館長とキャメロンがやり取りした書簡も展示されていました。
会場内、一部展示室のみ撮影が出来ました。
キャメロンの写真の主題は肖像、聖母、ないし幻想です。そして物語や神話を引用した絵画的な作品を多数制作していきます。

左:ジュリア・マーガレット・キャメロン 「休息の聖母ー希望に安らいで」 1864年
「休息の聖母ー希望に安らいで」はどうでしょうか。ベールを被る母の胸には幼子が眠っています。もちろん聖母子です。とは言え、目を瞑った子はどこか死を暗示させることから、マリアが死んだキリストを抱くピエタの図像を意識したとも考えられているそうです。

ジュリア・マーガレット・キャメロン 連作「聖霊の実」 1864年
ルネサンス絵画を引用し、キリスト教の9つの美徳を表現した「聖霊の実」にも目が留まりました。愛、喜び、忍耐、優しさ、そして信仰などと名付けられた9枚の連作です。後に1つの額に収められ、大英博物館へと寄贈されました。

上:ジュリア・マーガレット・キャメロン 「聖セシリアーラファエロ風に」 1864-65年
下:ジュリア・マーガレット・キャメロン 「巫女ーミケランジェロ風に」 1864年
ラファエロやミケランジェロに倣った作品もあります。その名も「聖セシリアーラファエロ風に」と「巫女ーミケランジェロ風に」です。前者は画家の「聖セシリアの法悦」を、後者はシスティーナ礼拝堂のフレスコ画を手本としています。

ジュリア・マーガレット・キャメロン 「イエスかノーか?」 1865年
変わったタイトルです。「イエスかノーか?」。2人の人物が身を寄せては、互いの手を取り合っています。プロポーズが主題です。思案し、また熟慮する様子を捉えています。

ジュリア・マーガレット・キャメロン 「五月祭」 1866年 ほか
大型のガラスネガに対応するカメラを手にしたキャメロンは、表現の幅をより広げることに成功しました。一例が群像表現です。「五月祭」と「夏の日」では4名以上の群像を巧みな構図で切り取っています。「五月祭」はキャメロンと親しかったテニスンの詩作のための挿入写真です。登場するのはキャメロン家の小間使いたち。冠を付けて着飾っています。

ジュリア・マーガレット・キャメロン 「修道士ロレンスとジュリエット」 1865年
シェイクスピアも素材の1つです。「修道士ロレンスとジュリエット」は同劇の場面を表現した一枚。互いに視線を交わしてはポーズをとっています。キャメロンの写真、総じてモデルは演じています。その意味でも演劇的とも呼べるかもしれません。
なお作品には多くのモデルが登場しますが、主要な人物についてはパネルで紹介されています。鑑賞の参考になりました。

ジュリア・マーガレット・キャメロン 「クリスタベル」 1866年
時にモデルの内面を見据えたキャメロン。「クリスタベル」に惹かれました。題材はコールリッジです。魔女に束縛された有徳の少女を表現しています。正面を向きながらも目は虚ろです。長い髪を垂らしています。焦点はややぼやけてもいます。
このぼやけ、言い換えればソフトフォーカスもキャメロン写真の特徴の1つです。彼女はそれまで「技術的欠陥とみらされかねない不規則な出来栄え」(解説より)を進んで取り入れました。
ソフトフォーカスのほかにも、引っかき傷の付いたネガを用いたり、合成の技術を取り込むなど、当時としては異例の試みも行っています。制作に関してキャメロンは大変に野心的です。批判も少なくなかったそうですが、結果的に自己の道を貫き通しました。
「守護の聖母ー永遠の見守り」ではガラスネガの上の感光剤をあえて剥がしています。さらに「夢」では指紋をそのまま写真に残しました。こうした技巧は後の写真家にも影響を与えたそうです。
ラストは同時代、ないし次世代の写真家らの作品が並んでいました。スティーグリッツのオキーフを捉えた肖像が、キャメロンの構図に似てるように見えなくもありません。影響関係について議論あるやもしれませんが、写真表現の史的変遷なども一部で追うことが出来ました。

ジュリア・マーガレット・キャメロン 「ベアトリーチェ」 1866年
チラシ表紙に掲載されたのは「ベアトリーチェ」。レーニの絵画に基づく作品です。モデルはメイ・プリンセプ。キャメロンの義理の姪で、後にテニスンの息子と結婚した人物でもあります。先の「クリスタベル」でもモデルを務めています。

「ジュリア・マーガレット・キャメロン展」会場風景
何かを懇願するような視線を投げかけています。心が射抜かれるようです。視線に囲まれては、視線を追う。実は全く初めて見知った写真家でしたが、いつしかその視線の虜になっている自分に気がつきました。
9月19日まで開催されています。
「From Lifeー写真に生命を吹き込んだ女性 ジュリア・マーガレット・キャメロン展」 三菱一号館美術館(@ichigokan_PR)
会期:7月2日(土)~9月19日(月)
休館:月曜日。但し祝日と9月12日は開館。
時間:10:00~18:00。
*金曜日と第2水曜日、会期最終週の平日は20時まで。
*入館は閉館の30分前まで。
料金:大人1600円、高校・大学生1000円、小・中学生500円。
*ペアチケットあり:チケットぴあのみで販売。一般ペア2800円。
*アフター5女子割:第2水曜日の17時以降は一般(女性のみ)1000円。
住所:千代田区丸の内2-6-2
交通:東京メトロ千代田線二重橋前駅1番出口から徒歩3分。JR東京駅丸の内南口・JR有楽町駅国際フォーラム口から徒歩5分。
「From Lifeー写真に生命を吹き込んだ女性 ジュリア・マーガレット・キャメロン展」
7/2~9/19

三菱一号館美術館で開催中の「ジュリア・マーガレット・キャメロン展」を見てきました。
19世紀後半、ラファエル前派とほぼ同時代、ヴィクトリア朝のイギリスにおいて、写真表現で新たな「地平」(解説より)を切り開いた一人の芸術家がいました。
それがジュリア・マーガレット・キャメロン。1815年にカルカッタで生まれ、イギリスの上層中流階級で育った女性です。
まさに遅咲きの芸術家です。キャメロンが写真に取り組み始めたのは48歳の時。娘夫婦からカメラをプレゼントされたのが切っ掛けでした。
当初は家族や文化サロンの友人など、身近な人物を写します。ほぼポートレートです。「ウィリアム・マイケル・ロセッティ」はかの芸術家の弟をモデルにした一枚。右上に傘が写り込んでいますが、あえて光量を調節するために持ち込んだそうです。光に対する鋭敏な感覚を知ることが出来ます。
コスプレとも呼んで良いのでしょうか。モデルに様々な衣装を着せているのも興味深いところです。「クーマイの巫女になったエルコ卿夫人」はまさしく巫女の姿。古代風の衣服を身にまとっています。
カメラを手にしてから僅か1年半。ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館の前身であるサウス・ケンジントン博物館に作品が買い上げられるという栄誉を得ます。鮮烈なデビューと言ったところでしょうか。当時の館長とキャメロンがやり取りした書簡も展示されていました。
会場内、一部展示室のみ撮影が出来ました。
キャメロンの写真の主題は肖像、聖母、ないし幻想です。そして物語や神話を引用した絵画的な作品を多数制作していきます。

左:ジュリア・マーガレット・キャメロン 「休息の聖母ー希望に安らいで」 1864年
「休息の聖母ー希望に安らいで」はどうでしょうか。ベールを被る母の胸には幼子が眠っています。もちろん聖母子です。とは言え、目を瞑った子はどこか死を暗示させることから、マリアが死んだキリストを抱くピエタの図像を意識したとも考えられているそうです。

ジュリア・マーガレット・キャメロン 連作「聖霊の実」 1864年
ルネサンス絵画を引用し、キリスト教の9つの美徳を表現した「聖霊の実」にも目が留まりました。愛、喜び、忍耐、優しさ、そして信仰などと名付けられた9枚の連作です。後に1つの額に収められ、大英博物館へと寄贈されました。

上:ジュリア・マーガレット・キャメロン 「聖セシリアーラファエロ風に」 1864-65年
下:ジュリア・マーガレット・キャメロン 「巫女ーミケランジェロ風に」 1864年
ラファエロやミケランジェロに倣った作品もあります。その名も「聖セシリアーラファエロ風に」と「巫女ーミケランジェロ風に」です。前者は画家の「聖セシリアの法悦」を、後者はシスティーナ礼拝堂のフレスコ画を手本としています。

ジュリア・マーガレット・キャメロン 「イエスかノーか?」 1865年
変わったタイトルです。「イエスかノーか?」。2人の人物が身を寄せては、互いの手を取り合っています。プロポーズが主題です。思案し、また熟慮する様子を捉えています。

ジュリア・マーガレット・キャメロン 「五月祭」 1866年 ほか
大型のガラスネガに対応するカメラを手にしたキャメロンは、表現の幅をより広げることに成功しました。一例が群像表現です。「五月祭」と「夏の日」では4名以上の群像を巧みな構図で切り取っています。「五月祭」はキャメロンと親しかったテニスンの詩作のための挿入写真です。登場するのはキャメロン家の小間使いたち。冠を付けて着飾っています。

ジュリア・マーガレット・キャメロン 「修道士ロレンスとジュリエット」 1865年
シェイクスピアも素材の1つです。「修道士ロレンスとジュリエット」は同劇の場面を表現した一枚。互いに視線を交わしてはポーズをとっています。キャメロンの写真、総じてモデルは演じています。その意味でも演劇的とも呼べるかもしれません。
なお作品には多くのモデルが登場しますが、主要な人物についてはパネルで紹介されています。鑑賞の参考になりました。

ジュリア・マーガレット・キャメロン 「クリスタベル」 1866年
時にモデルの内面を見据えたキャメロン。「クリスタベル」に惹かれました。題材はコールリッジです。魔女に束縛された有徳の少女を表現しています。正面を向きながらも目は虚ろです。長い髪を垂らしています。焦点はややぼやけてもいます。
このぼやけ、言い換えればソフトフォーカスもキャメロン写真の特徴の1つです。彼女はそれまで「技術的欠陥とみらされかねない不規則な出来栄え」(解説より)を進んで取り入れました。
ソフトフォーカスのほかにも、引っかき傷の付いたネガを用いたり、合成の技術を取り込むなど、当時としては異例の試みも行っています。制作に関してキャメロンは大変に野心的です。批判も少なくなかったそうですが、結果的に自己の道を貫き通しました。
「守護の聖母ー永遠の見守り」ではガラスネガの上の感光剤をあえて剥がしています。さらに「夢」では指紋をそのまま写真に残しました。こうした技巧は後の写真家にも影響を与えたそうです。
ラストは同時代、ないし次世代の写真家らの作品が並んでいました。スティーグリッツのオキーフを捉えた肖像が、キャメロンの構図に似てるように見えなくもありません。影響関係について議論あるやもしれませんが、写真表現の史的変遷なども一部で追うことが出来ました。

ジュリア・マーガレット・キャメロン 「ベアトリーチェ」 1866年
チラシ表紙に掲載されたのは「ベアトリーチェ」。レーニの絵画に基づく作品です。モデルはメイ・プリンセプ。キャメロンの義理の姪で、後にテニスンの息子と結婚した人物でもあります。先の「クリスタベル」でもモデルを務めています。

「ジュリア・マーガレット・キャメロン展」会場風景
何かを懇願するような視線を投げかけています。心が射抜かれるようです。視線に囲まれては、視線を追う。実は全く初めて見知った写真家でしたが、いつしかその視線の虜になっている自分に気がつきました。
9月19日まで開催されています。
「From Lifeー写真に生命を吹き込んだ女性 ジュリア・マーガレット・キャメロン展」 三菱一号館美術館(@ichigokan_PR)
会期:7月2日(土)~9月19日(月)
休館:月曜日。但し祝日と9月12日は開館。
時間:10:00~18:00。
*金曜日と第2水曜日、会期最終週の平日は20時まで。
*入館は閉館の30分前まで。
料金:大人1600円、高校・大学生1000円、小・中学生500円。
*ペアチケットあり:チケットぴあのみで販売。一般ペア2800円。
*アフター5女子割:第2水曜日の17時以降は一般(女性のみ)1000円。
住所:千代田区丸の内2-6-2
交通:東京メトロ千代田線二重橋前駅1番出口から徒歩3分。JR東京駅丸の内南口・JR有楽町駅国際フォーラム口から徒歩5分。
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