「ダリ展」 国立新美術館

国立新美術館
「ダリ展」 
9/14~12/12



国立新美術館で開催中の「ダリ展」を見てきました。

スペインのカタルーニャ地方、フランス国境に近いフィゲラスの裕福な一家に生まれたダリ。少年時代から絵画の才能を見出され、同地の風景や、バカンスで過ごした漁村カダケスなどを描きました。

その一枚が「アス・ピアンクからのカダケスの眺望」です。光に満ち溢れた港町。スーラを思わせる細かなモザイク状の筆触が広がります。当初はポスト印象派風の様式をとっていました。


サルバドール・ダリ「ラファエロ風の首をした自画像」 1921年頃 ガラ=サルバドール・ダリ財団

ラファエロにもシンパシーを感じていました。その名も「ラファエロ風の首をした自画像」です。後ろに広がるのはカダケス。色遣いは激しい。フォーヴィズムを思わせます。夕暮れ時でしょうか。空は赤く、また黄色に染まっていました。手前でポーズをとっているのがダリ本人です。流し目でこちらを見やります。首が殊更に長い。まるで海から突き出ているかのようでした。

マドリードの王立アカデミーに入学したダリは「反抗的」(解説より)な学生だったそうです。とは言え、この時代にキュビズムや未来派も学びます。後の映画監督のブニュエルや詩人のガルシア・ロルカとも交流。パリでピカソと会うなど旺盛に活動しました。


サルバドール・ダリ「ルイス・ブニュエルの肖像」 1924年 国立ソフィア王妃芸術センター

その友、ブニュエルを描いたのが「ルイス・ブニュエルの肖像」です。やや古典的な画風ながらも、身体のボリューム、顔の肉付きなどはキュビズムの摂取も伺えます。輪郭線は太く、写実的でもあります。先の自画像から僅か3年です。ダリの画風はかなり変化しました。


サルバドール・ダリ「少女の後ろ姿」 1926年 サルバドール・ダリ美術館

写実といえば「少女の後ろ姿」も同様です。ともかく目を引くのは黒髪です。一本一本、とぐろを巻くかようにうねっています。背中は強めの光が当たっているのか、やや赤らんでいました。一方の背後は朱を交えた闇が広がります。まるでバロック絵画のような印影です。モデルは妹のマリアです。ダリはこうした女性の後ろ姿を生涯に渡って描き続けました。

ブニュエルの映画「アンダルシアの犬」の脚本を共同で執筆。公開時には大きな反響を呼びます。この頃にシュルレアリストのグループに参加し、いわゆる「特定の事物に拘りつつ、複数のイメージを重ねる」(解説より)パラノイア的手法にて絵画を制作しました。ただダリの政治思想ほか、様々な問題により、いつしか仲間たちと不和になってしまったそうです。結果的に追放されてしまいます。

この頃が最もダリを特徴付ける作品が多いかもしれません。


サルバドール・ダリ「降りてくる夜の影」 1931年 サルバドール・ダリ美術館

例えば「降りてくる夜の影」です。彼方へと続く砂浜。岸壁が切り立っています。手前からは不穏な影が差し込みます。空は高く、澄んでいて青い。どことなく宇宙的です。まるで別の惑星の光景を前にしているかのようです。右端には像が立っています。包帯のような白い布で覆われていますが、果たして人間なのでしょうか。ダリの故郷の風景を舞台にしているそうですが、この世のようで、この世ならざる不思議な光景が表されていました。


サルバドール・ダリ「謎めいた要素のある風景」 1934年 ガラ=サルバドール・ダリ財団

「謎めいた要素のある風景」はどうでしょうか。見渡す限りの広大な地平。左手には赤い塔と糸杉が並んでいます。そして再び奇怪なる生き物のような影。空の深い青みと地面の黄色の対比は鮮やかです。強い光は壁を焦がしてもいます。手前に1人、男の姿がありました。彼だけが妙にリアルにも見えます。キャンバスへ向き合い、おそらくは絵筆を取っています。何とモデルはフェルメールだそうです。意外にもダリはかの画家を高く評価していました。

第2次世界大戦が勃発するとアメリカに亡命。1948年まで留まって制作を続けます。ニューヨーク近代美術館で展覧会も開催しました。

ダリはアメリカで活動の領域を広めます。注文肖像画も制作。挿画も描きました。さらにヒッチコックやディズニーの映画にも参加したほか、ファッションや宝飾の仕事なども手がけました。


サルバドール・ダリ「狂えるトリスタン」 1938年 サルバドール・ダリ美術館

「トリスタンとイゾルデ」は金とダイヤモンドによる宝飾品です。表ではかの2人が口付けをしています。また「魔術的技巧の50の秘密」や「ドン・キホーテ」、それに「不思議の国のアリス」の挿画も面白い。「狂えるトリスタン」はバレエの舞台美術のための作品です。黄色い建築物には3つの入口があります。奥は荒野、ないし闇に染まる海が広がっています。ちなみに本作の衣装はココ・シャネルがデザインしたそうです。

広島と長崎の惨状に衝撃を受けたダリは、自らを「原子核神秘主義画家」と名乗り、原子力の知見と神秘主義を結びつけた絵画を制作しようとします。


サルバドール・ダリ「ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌」 1945年 国立ソフィア王妃芸術センター

うちの一枚が「ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌」です。中央には首の曲がった頭部があり、中にははっきりと爆撃機が描かれています。爆弾が炸裂したのでしょう。炎と煙もあがっています。左には口を開けては嘆いているような男の顔も見えました。熱線で歪んだような事物もあります。青空は裂け目から覗くのみ。ほかは一面の闇です。野球はアメリカの象徴なのでしょうか。魑魅魍魎、不気味な雰囲気を感じてなりません。


サルバドール・ダリ「素早く動いている静物」 1956年頃 サルバドール・ダリ美術館

今回、私として一番感銘したのが「素早く動いている静物」でした。これも原子物理学への関心を元にした一枚。とは言え、モチーフは16世紀のオランダの画家、フロリス・ファン・スホーテンの「食物のあるテーブル」から着想を得ています。非常に秩序立った画面です。大きなテーブル上にはグラスやガラス瓶、それに刃物などが浮いています。奥の果物鉢はまるでブラックホールです。大きくねじれています。果物が彗星のごとく飛来してきました。いずれの描写も極めて写実性が高い。オランダの静物画を彷彿させるものがあります。全体は黄金分割の座標軸上に配置されているそうです。動きを伴いながらも、構図には隙がありません。

アメリカから戻り、居をカダケス近くの漁村に構えたダリ。晩年は古典芸術に回帰します。

一枚の大作に目を奪われました。「テトゥアンの大会戦」です。縦3メートルに横は4メートル弱。19世紀に起こったスペインのモロッコへの進軍をテーマとしています。元になる絵画はマリアノ・フォルトゥーニの同名の作品です。ダリは少年時代に同作を美術館で見て印象を受けたそうですが、それを後年になって自らの作品として表現しました。


サルバドール・ダリ「テトゥアンの大会戦」 1962年 諸橋近代美術館

怒涛のごとく進む軍隊。右上には長いサーベルが振り上がり、左には空を駆けるように馬が飛び上がっています。折れ曲がる細い脚が横へとのびます。彼方には聖母でしょうか。あまりにも巨大。もはや異次元の世界です。騎馬隊の顔は判然としませんが、中央の2人だけは別でした。とするのも、ダリ本人と妻のガラの顔が挿入されているからです。しかもガラは高笑いしては剣を手にしています。彼女こそ主役なのかもしれません。いかにも歴史画らしいスペクタクルな作品ですが、随所にダリ色が垣間見えるのも面白いところでした。

全200点。国内では10年ぶりの大規模な回顧展です。スペインやアメリカからも多く作品がやって来ています。思いの外に小品も目立ちましたが、スケールとしては申し分ありません。また映画や舞台、それに宝飾や衣装デザインの仕事など、ダリの制作を幅広く紹介しているのもポイントです。ダリの業績の多面性が浮き彫りになるような展覧会でした。

「アンダルシアの犬」、及び同じくブニュエルとの共作映画「黄金時代」、またヒッチコックの「白い恐怖」などの映像も展示されています。60分を超える大作も少なくありません。映像の観覧に際しては時間に余裕をもって出かけるのが良さそうです。


「メイ・ウエストの部屋」(撮影コーナー)

最後に混雑の情報です。既に先行した京都市美術館でも20万名を動員。東京展でも早々から多くの人が詰めかけています。



今回、私は平日の午後に出かけてきました。するとチケット、入場待機列もなく、館内はいささか混み合っていたものの、特に待つこともなく、比較的スムーズに観覧することが出来ました。



とは言え、土日は状況が異なるようです。これまでの最大の待ち時間は30分待ちです。土日は午後を中心に10分から20分弱程度の待機列が常に発生しています。公式アカウント(@s_dali_2016)がこまめに混雑の情報を発信しています。金曜の夜間開館なども有用となりそうです。

12月12日まで開催されています。

「ダリ展」@s_dali_2016) 国立新美術館@NACT_PR
会期:9月14日(水)~12月12日(月)
休館:火曜日
時間:10:00~18:00
 *毎週金曜日は夜20時まで開館。
 *10月21日(金)、10月22日(土)は20時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1600(1400)円、大学生1200(1000)円、高校生800(600)円。中学生以下無料
 * ( )内は20名以上の団体料金。
 *9月17日(土)~19日(月・祝)は高校生無料観覧日。(要学生証)
住所:港区六本木7-22-2
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )