都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「19世紀パリ時間旅行」 練馬区立美術館
練馬区立美術館
「19世紀パリ時間旅行ー失われた街を求めて」
4/16~6/4
練馬区立美術館で開催中の「19世紀パリ時間旅行ー失われた街を求めて」を見てきました。
フランスの第二帝政期に行われたパリ大改造は、都市の風景を一変させ、現代の「パリの都市の骨格」(解説より)を築き上げました。
そうした19世紀パリの都市と社会、また美術の動向を探る展覧会です。出品は約300件。国内の所蔵の古地図、版画、絵画ほか資料などを中心に、大改造前後のパリの歴史を追っています。
ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ「聖ジュヌヴィエーヴの幼少期」 1875年 島根県立美術館
冒頭、古えのパリへと誘うのはシャヴァンヌでした。パリの守護聖人を描いた「聖ジュヌヴィエーヴの幼少期」です。シャヴァンヌはパンテオンに聖ジュヌヴィエーヴの生涯をテーマとした大壁画の連作を制作します。出展は油彩の習作です。中央の少女がジュヌヴィエーヴです。聖人としての生涯を告げられる場面を表現しています。
続くのがパリの古地図でした。ローマ支配下のパリにはじまり、大改造以前、18世紀のパリの地図などが展示されています。時代が進むにつれて市域は拡張し、道路も整備されていきました。ちなみにパリの起源は古く、おおよそ紀元前3世紀には集落が形成されたそうです。改造以前のパリの基盤を作ったのは中世でした。
オフボエールの版画の連作が目立っていました。タイトルは「パリ、時代時代」です。パリの時代別の風景記録集と呼んでも良いかもしれません。古くは13世紀から19世紀に至るパリの建築物を石版画で描いています。
改造によってパリは中世の面影を失います。同時に「犠牲」(解説より)も強いられました。いわゆる貧民街を整備する一方、都市の労働者や職人らを街の周縁部へと追いやります。バルザックの著したパリはもうありません。かつての街並みを懐かしむ声も上がったそうです。
改造前の名所旧跡の図版は今も多く残っています。しかし市井の人々、すなわち貧しい人の家々などを記録した図版は多くありません。
そこで重要なのがアドルフ・マルシアル・ポテモンの版画集「いにしえのパリ」です。
版画は全300点。うち70点ほどが揃って展示されています。(展示替えあり)そしてこの版画集がすこぶる面白い。ポテモンは改造によって「失われた街」、つまり路地裏などの何気ないパリの街角を克明に描いているのです。
例えば「モンデトゥール通り:古い家々 1850年」です。この場所こそユーゴーの「レ・ミゼラブル」にてアンジョルラスらがバリケードを築いたとされる路地でした。さらに「バスティーユ濠 1836年、サンマルタン運河」では同じくミゼラブルでガヴローシュが住処としていた場所を描いています。ほか「ビュット=ショーモン、モンフォーコン 1840年」では、改造後は公園として整備された地域が、し尿処理場であったことを記録しています。改造前のパリを伝える貴重な資料と言えるのではないでしょうか。
出品中、最大を占めるメディアは版画です。中でもドーミエやメリヨンが充実。時に風刺的なドーミエの版画は、芋洗い状態の水浴場など、パリの人々の生活を生き生きと捉えています。一方のメリヨンは同地の風景を端的に描くだけに留まりません。時に独自の空想を交えることによって、いわば幻想的なパリを生み出しました。
モードについても言及があります。19世紀に着用されたドレスです。全6着。1815年頃から1895年頃までと幅広い。流行の変化が分かるのではないでしょうか。いずれも横浜美術館の「ファッションとアート展」にも出展中の京都服飾文化研究財団のコレクションでした。
改造によってパリは「近代化」し、国際的な都市としての地位を築きます。最大のイベントは計6回のパリ万博です。万博を記念してエッフェル塔も建設されました。そしてこれらを伝える資料や絵画も出展。万博の会場風景図のほか、塔の基礎工事を示す石版画などもあります。ややマニアックです。見慣れない資料も少なくありませんでした。
アンリ・ルソー「エッフェル塔とトロカデロ宮殿の眺望」 1896〜98年 ポーラ美術館
新たなパリは印象派をはじめとした画家たちの格好の題材でもありました。。例えばルソーの「エッフェル塔とトロカデロ宮殿の眺望」です。宮殿は万博の主会場でした。塔の頂上には国旗がなびいています。夕景に染まるセーヌ河岸には牧歌的な雰囲気も漂っています。どことなく可愛らしく見えるのはルソーならではの表現だからでしょうか。なおエッフェル塔は当初、あくまでも時限的なもので、のちに取り壊される予定でした。しかし国防上の理由に取り壊しを間逃れ、結果的にパリの象徴として現在まで残りました。
ポール・シニャック「ポン・ヌフ」 1927年 茨城県近代美術館
さらにユトリロやシニャックの絵画も展示。僅かながらミュシャやロートレック、シュレのポスターもあります。ベル・エポック期のパリの華やかな賑わいを感じることが出来ました。
アンリ・リヴィエールの「エッフェル塔36景」も一つのハイライトかもしれません。北斎の富嶽三十六景ならぬエッフェル塔を舞台にした36景です。もちろん北斎画に影響されて作られました。塔の支柱の身をクローズアップするほか、前景と後景を強く対比させるなど、構図も浮世絵風です。リヴィエールはフランスの浮世絵師とも称されています。会場では、展示替えのため、36点のうちの半数、18点ほどが展示されていました。
「失われたパリの復元/鹿島茂/新潮社」
展覧会の基盤となるのが、フランス文学者の鹿島茂による連載、「失われたパリの復元」(芸術新潮)です。とりわけ前半部の「失われたパリ」を同連載に則っています。
同時開催中のミニ展示「鹿島コレクションで見る『レ・ミゼラブルの世界』」も面白いのではないでしょうか。同作の登場人物を挿絵などで紹介。ポンポンの制作したコゼットのブロンズ像も目を引きました。
「19世紀パリ時間旅行 失われた街を求めて/青幻舎」
内容は膨大です。ここで紹介した内容などごく一部にすぎません。練馬のスペースは必ずしも広いとは言えませんが、ともかく密度が濃いのには驚きました。作品はもとより、キャプションの一つ一つを追いかけるだけでも相当の時間がかかります。観覧には余裕をもってお出かけ下さい。
間もなく会期末です。6月4日まで開催されています。
「練馬区独立70周年記念展 19世紀パリ時間旅行ー失われた街を求めて」(@19cParis) 練馬区立美術館(@nerima_museum)
会期:4月16日(日)~6月4日(日)
休館:月曜日。但し7月18日(月祝)は開館。翌19日(火)は休館。
時間:10:00~18:00 *入館は閉館の30分前まで
料金:大人800(600)円、大・高校生・65~74歳600(500)円、中学生以下・75歳以上無料
*( )は20名以上の団体料金。
*ぐるっとパス利用で300円。
住所:練馬区貫井1-36-16
交通:西武池袋線中村橋駅より徒歩3分。
「19世紀パリ時間旅行ー失われた街を求めて」
4/16~6/4
練馬区立美術館で開催中の「19世紀パリ時間旅行ー失われた街を求めて」を見てきました。
フランスの第二帝政期に行われたパリ大改造は、都市の風景を一変させ、現代の「パリの都市の骨格」(解説より)を築き上げました。
そうした19世紀パリの都市と社会、また美術の動向を探る展覧会です。出品は約300件。国内の所蔵の古地図、版画、絵画ほか資料などを中心に、大改造前後のパリの歴史を追っています。
ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ「聖ジュヌヴィエーヴの幼少期」 1875年 島根県立美術館
冒頭、古えのパリへと誘うのはシャヴァンヌでした。パリの守護聖人を描いた「聖ジュヌヴィエーヴの幼少期」です。シャヴァンヌはパンテオンに聖ジュヌヴィエーヴの生涯をテーマとした大壁画の連作を制作します。出展は油彩の習作です。中央の少女がジュヌヴィエーヴです。聖人としての生涯を告げられる場面を表現しています。
続くのがパリの古地図でした。ローマ支配下のパリにはじまり、大改造以前、18世紀のパリの地図などが展示されています。時代が進むにつれて市域は拡張し、道路も整備されていきました。ちなみにパリの起源は古く、おおよそ紀元前3世紀には集落が形成されたそうです。改造以前のパリの基盤を作ったのは中世でした。
オフボエールの版画の連作が目立っていました。タイトルは「パリ、時代時代」です。パリの時代別の風景記録集と呼んでも良いかもしれません。古くは13世紀から19世紀に至るパリの建築物を石版画で描いています。
改造によってパリは中世の面影を失います。同時に「犠牲」(解説より)も強いられました。いわゆる貧民街を整備する一方、都市の労働者や職人らを街の周縁部へと追いやります。バルザックの著したパリはもうありません。かつての街並みを懐かしむ声も上がったそうです。
改造前の名所旧跡の図版は今も多く残っています。しかし市井の人々、すなわち貧しい人の家々などを記録した図版は多くありません。
19世紀パリ時間旅行展(練馬区立美術館)会期も残り僅かとなりましたが、完売していたクリアファイル再入荷しました♪#19世紀パリ時間旅行 pic.twitter.com/HQt6f5Emgv
— 19世紀パリ時間旅行展 (@19cParis) 2017年5月31日
そこで重要なのがアドルフ・マルシアル・ポテモンの版画集「いにしえのパリ」です。
版画は全300点。うち70点ほどが揃って展示されています。(展示替えあり)そしてこの版画集がすこぶる面白い。ポテモンは改造によって「失われた街」、つまり路地裏などの何気ないパリの街角を克明に描いているのです。
例えば「モンデトゥール通り:古い家々 1850年」です。この場所こそユーゴーの「レ・ミゼラブル」にてアンジョルラスらがバリケードを築いたとされる路地でした。さらに「バスティーユ濠 1836年、サンマルタン運河」では同じくミゼラブルでガヴローシュが住処としていた場所を描いています。ほか「ビュット=ショーモン、モンフォーコン 1840年」では、改造後は公園として整備された地域が、し尿処理場であったことを記録しています。改造前のパリを伝える貴重な資料と言えるのではないでしょうか。
出品中、最大を占めるメディアは版画です。中でもドーミエやメリヨンが充実。時に風刺的なドーミエの版画は、芋洗い状態の水浴場など、パリの人々の生活を生き生きと捉えています。一方のメリヨンは同地の風景を端的に描くだけに留まりません。時に独自の空想を交えることによって、いわば幻想的なパリを生み出しました。
モードについても言及があります。19世紀に着用されたドレスです。全6着。1815年頃から1895年頃までと幅広い。流行の変化が分かるのではないでしょうか。いずれも横浜美術館の「ファッションとアート展」にも出展中の京都服飾文化研究財団のコレクションでした。
改造によってパリは「近代化」し、国際的な都市としての地位を築きます。最大のイベントは計6回のパリ万博です。万博を記念してエッフェル塔も建設されました。そしてこれらを伝える資料や絵画も出展。万博の会場風景図のほか、塔の基礎工事を示す石版画などもあります。ややマニアックです。見慣れない資料も少なくありませんでした。
アンリ・ルソー「エッフェル塔とトロカデロ宮殿の眺望」 1896〜98年 ポーラ美術館
新たなパリは印象派をはじめとした画家たちの格好の題材でもありました。。例えばルソーの「エッフェル塔とトロカデロ宮殿の眺望」です。宮殿は万博の主会場でした。塔の頂上には国旗がなびいています。夕景に染まるセーヌ河岸には牧歌的な雰囲気も漂っています。どことなく可愛らしく見えるのはルソーならではの表現だからでしょうか。なおエッフェル塔は当初、あくまでも時限的なもので、のちに取り壊される予定でした。しかし国防上の理由に取り壊しを間逃れ、結果的にパリの象徴として現在まで残りました。
ポール・シニャック「ポン・ヌフ」 1927年 茨城県近代美術館
さらにユトリロやシニャックの絵画も展示。僅かながらミュシャやロートレック、シュレのポスターもあります。ベル・エポック期のパリの華やかな賑わいを感じることが出来ました。
アンリ・リヴィエールの「エッフェル塔36景」も一つのハイライトかもしれません。北斎の富嶽三十六景ならぬエッフェル塔を舞台にした36景です。もちろん北斎画に影響されて作られました。塔の支柱の身をクローズアップするほか、前景と後景を強く対比させるなど、構図も浮世絵風です。リヴィエールはフランスの浮世絵師とも称されています。会場では、展示替えのため、36点のうちの半数、18点ほどが展示されていました。
「失われたパリの復元/鹿島茂/新潮社」
展覧会の基盤となるのが、フランス文学者の鹿島茂による連載、「失われたパリの復元」(芸術新潮)です。とりわけ前半部の「失われたパリ」を同連載に則っています。
同時開催中のミニ展示「鹿島コレクションで見る『レ・ミゼラブルの世界』」も面白いのではないでしょうか。同作の登場人物を挿絵などで紹介。ポンポンの制作したコゼットのブロンズ像も目を引きました。
「19世紀パリ時間旅行 失われた街を求めて/青幻舎」
内容は膨大です。ここで紹介した内容などごく一部にすぎません。練馬のスペースは必ずしも広いとは言えませんが、ともかく密度が濃いのには驚きました。作品はもとより、キャプションの一つ一つを追いかけるだけでも相当の時間がかかります。観覧には余裕をもってお出かけ下さい。
間もなく会期末です。6月4日まで開催されています。
「練馬区独立70周年記念展 19世紀パリ時間旅行ー失われた街を求めて」(@19cParis) 練馬区立美術館(@nerima_museum)
会期:4月16日(日)~6月4日(日)
休館:月曜日。但し7月18日(月祝)は開館。翌19日(火)は休館。
時間:10:00~18:00 *入館は閉館の30分前まで
料金:大人800(600)円、大・高校生・65~74歳600(500)円、中学生以下・75歳以上無料
*( )は20名以上の団体料金。
*ぐるっとパス利用で300円。
住所:練馬区貫井1-36-16
交通:西武池袋線中村橋駅より徒歩3分。
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