「サンシャワー:東南アジアの現代美術展」(後編) 森美術館

森美術館
「サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで」 
7/5~10/23



前編(国立新美術館)に続きます。国立新美術館、森美術館の両館で開催中の「サンシャワー:東南アジアの現代美術展」を見てきました。

「サンシャワー:東南アジアの現代美術展」(前編) 国立新美術館

国立新美術館でのテーマが5つであったのに対し、森美術館は4つです。1つ目は東南アジアの経済的発展と、一方での格差や環境問題に言及した「発展とその影」でした。


ズル・モハメド「振動を、振動する」 2017年 作家蔵

立ち並ぶ高層ビル群のようにも見えました。シンガポールのズル・モハメドの「振動を、振動する」です。ステンレス製のパイプが縦へと連なっています。パイプにはスピーカーが付いていて、車の走行音が聞こえました。実際に高速道路の付近で録音されたものだそうです。スピーカーの音の振動がパイプへと僅かに伝わります。都市の喧騒を表しているのかもしれません。


リュウ・クンユウ「私の国への提案」シリーズより 2009年

マレーシアの都市の諸相を、コラージュに置き換えたのが、リュウ・クンユウでした。「私の国への提案」と題した連作では、同地の屋外彫刻や装飾物のほか、地下鉄に道路、さらには公園やプールで遊ぶ人の姿を捉えた写真などを、複雑に貼り合わせています。遠目では平面に見えるかもしれませんが、近寄ると奥行きがあり、確かにコラージュであることが分かりました。


リム・ソクチャンリナ「国道5号線」 2015年 作家蔵

カンボジアのリム・ソクチャンリナは、同国のハイウェイの拡幅工事によって変化した住宅地を写真に収めました。その名も「国道5号線」です。首都プノンペンからタイを結ぶ全長407キロの道路で、工事によるのか、真っ二つに切断された住宅などが写されています。人々の生活に介入した開発の痕跡が示されていました。


ジョンペット・クスウィダナント「言葉と動きの可能性」 2013年 森美術館

無人のオートバイが連なります。インドネシアのジョンペット・クスウィダナントの「言葉と動きの可能性」です。オートバイの上の旗は、学生運動やイスラム教徒のグループ、さらに政党などの団体の思想を意味しています。さらに同国で30年間も大統領の座にあったスハルト氏の辞任のスピーチを交え、「独裁政権の終わりと民主主義の始まり」(解説より)インスタレーションに表現しました。

「アートの制度が一般に浸透しているとは言えない東南アジア」では、アーティストらが自ら現代美術のためのスペースを開拓し、時に共同体を設立しつつ、政治や環境問題などで社会へ関与しながら、「制度的な枠組みを再構成」していきました。 *「」内は解説より


「アートとは何か?なぜやるのか?」展示風景

そうした取り組みをまとめて紹介したのが、2つ目のテーマ、「アートとは何か?なぜやるのか?」です。キャプションには「なぜやるのか?」の項目があり、各々のアーティストが何を志向して表現したのかを分かりやすい形で知ることも出来ました。


ソピアップ・ピッチ 展示風景

宗教的活動や霊性と現代アートの関係にも着目します。(3つ目のテーマ、瞑想としてのメディア。)カンボジアのソピアップ・ピッチは、時に仏教的な要素のイメージを借り、竹などで彫刻を築きました。ほかにも人間の臓器や植物などの同国の生活のモチーフにも着想を得ているそうです。


アルベルト・ヨナタン「ヘリオス」 2017年 作家蔵

キリスト教の天使と花を象徴した陶磁器を制作したのが、インドネシアのアルベルト・ヨナタンでした。タイトルは「ヘリオス」で、ギリシャ神話の太陽神を意味しています。壁一面にびっしりと並んでいるのが作品で、その数は計2000個にも及んでいました。


ドゥサディー・ハンタクーン 展示風景

同じく陶磁器を用いたのが、タイのドゥサディー・ハンタクーンです。動物や抽象を擬人化したというオブジェが展示台の上にのっています。またアメリカの彫刻家、カール・アンドレへのオマージュの作品もありましたが、素材を安価なものに変えていました。タイによるアーティストの社会的地位の低さを意味しているそうです。


モンティエン・ブンマー「溶ける虚空/心の型」 1998年 福岡アジア美術館

仄かな香りが伝わってきました。モンティエン・ブンマーは、「香の絵画」に薬草を塗りこんでいます。また立体の「溶ける虚空/心の型」は、仏像を鋳造するための型を作品として表現しています。中を覗き込むと、仏像の顔のような形が象られていることが分かりました。


トゥアン・アンドリュー・グエン 「崇拝のアイロニー」 2017年 作家蔵

絶滅危惧動物、センザンコウを祀ったのが、ベトナムのトゥアン・アンドリュー・グエンでした。センザンコウは東南アジアを生息地にするものの、長寿や精力増強の効果があると信じられていたため、密猟されてしまったそうです。

ラストは東南アジアの歴史を見定める「歴史への対話」です。比較的若い世代のアーティストが、政治、社会的文脈に沿いながら、歴史へと向き合っている作品を紹介しています。


バン・ニャット・リン「誰のいない椅子」 2013〜2015年 ポスト・ヴィダイ・コレクション

ベトナムのバン・ニャット・リンは、「誰もいない椅子」おいて、ベトネム戦争における同国の断絶を表現しました。理容室を模した部屋には、北ベトナム軍の戦闘機の実際の操縦席が置かれ、ほかにも戦争の遺物を散髪の道具として展示しています。映像に登場するのは南ベトナムの軍人で、客は北ベトナムの同じく退役軍人でした。


ロスリシャム・イスマイル「もうひとつの物語」 2017年 作家蔵

ロスリシャム・イスマイルは、1941年から45年の間に、故郷のマレーシアのクランタン州で起こった出来事を、インスタレーションとして構成しました。


ロスリシャム・イスマイル「もうひとつの物語」 2017年 作家蔵

まさに戦争の時代です。故郷を模したジオラマの上には、家屋や樹木に並んで、日本を含む、各国の戦闘機の模型も置かれています。また爆弾が炸裂した痕跡なのか、炎が燃え上がる様子も見ることが出来ました。


ロスリシャム・イスマイル「もうひとつの物語」 2017年 作家蔵

イギリスの植民地支配や日本の占領に反対する運動も台頭した時代です。イスマイルは、クランタンの人々にインタビューを敢行し、当時の出来事を知る人々の話を集めた上、一連のジオラマを製作しました。


フェリックス・バコロール「荒れそうな空模様」 2009/2017年 作家蔵

森美術館会場のラストを飾るのは無数の風鈴のインスタレーションでした。フィリピンのフェリックス・バコロールの「荒れそうな空模様」です。カラフルな風鈴が何と1200個も天井から吊るされています。

そもそもフィリピンは世界でも暴風雨が多い地域です。バコロールは地球温暖化に伴う天候の変化にも着目し、東南アジアに起源のある風鈴で、「嵐のような騒音と揺れ」(解説より)を表現しました。


フェリックス・バコロール「荒れそうな空模様」 2009/2017年 作家蔵

無数の風鈴は風に揺られてはガチャガチャと音を発しています。風鈴は、魚や鳥、それに花びらなどで装飾されていました。その姿自体も美しいのではないでしょうか。タイトルの天気雨を意味する「サンシャワー」のイメージも浮かび上がってきました。しばらく眺めては風鈴の音に身を委ねました。


アピチャッポン・ウィーラセタクン+チャイ・シリ「サンシャワー」 2017年 作家蔵

9つのテーマで辿る東南アジアの現代美術シーン。端的に一括りに出来ないとはいえ、その複層的で多様な表現を見知ることが出来ました。

2館あわせると展示内容は膨大です。「アート・フェス」とも銘打たれていますが、確かに芸術祭的な趣きも感じられました。

チケットは、両館共通、ないし単館の2種類での販売です。両館共通チケットはそれぞれ別の日に利用することも可能です。


私も国立新美術館と森美術館を別の日に見てきました。いずれも休日でしたが、会場内は空いていて、好きなペースで観覧出来ました。

写真の撮影、一部は動画の撮影も可能です。10月23日まで開催されています。

「サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで」 森美術館@mori_art_museum
会期:7月5日(水)~10月23日(月)
休館:会期中無休。
時間:10:00~22:00
 *但し火曜日は17時で閉館。
 *入館は閉館の30分前まで。
 *「六本木アートナイト2017」開催に伴い、9月30日(土)は翌朝6時まで開館延長。
料金:一般1800円、大学生800円、高校生以下無料。(国立新美術館と共通チケット)
 *単館:一般1000(800)円、大学生500(300)円。
 *( )内は15名以上の団体料金。
住所:港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階
交通:東京メトロ日比谷線六本木駅より地下コンコースにて直結。都営大江戸線六本木駅より徒歩10分。都営地下鉄大江戸線麻布十番駅より徒歩10分。

注)写真はいずれも「クリエイティブ・コモンズ表示 - 非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。
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