何時もの午前中のルーチンを変更して10時過ぎに本格的(その積り)サイクリングに出た。自宅を出て通常は折り返し点の長浜を走り抜け、佐田岬半島に向かって瀬戸内海沿岸の378号線を走り、
保内町から何本ものトンネルを抜け八幡浜市に出て、国道197号線を走り午後2時に大洲の実家に戻った。山あり海ありの4時間のコースだった。
2003年に早期退職後に母の様子を見に実家にしょっちゅう戻るようになった。暫くして母がマウンテンバイクを買ってくれ、私はすぐにサイクリングにはまりアチコチ田舎道や山道を走りまくった。逆ルートで八幡浜から佐田岬半島の峠を越えて走ることもあった。当時はその程度の峠は無理することもなくスイスイ走れたが、今日は精一杯必死でペダルを踏んだ。
走り終わって印象に残ったのは瀬戸内海の美しい海岸沿線と、遠くに見える山口県の瀬戸内海の島々(実は地図を見るまで大分県だと思っていた)だった。だが、最も印象に残ったのは8本の長いトンネルの狭い歩道を走ったことだ。特に保内町のゴセガ峠と夜昼峠の二つの長い峠をライトなしで走り高速の車とすれ違うのは怖かった。以前走った時は何ともなかったのだが。
八幡浜市街に入ったら美味しい魚料理か名物のチャンポンを食べようと思っていたが見つからなかった。港にでれば料理屋があるのは知ってたが、遠回りになるのでパスした。料理屋に限らず市内のお店の多くが閉店してたのはショックだった。特に八幡浜駅周辺のお店がどこも閉店してたことだ。夜昼峠まで寂れた家ばかりで悲しかった。昔とは全く違う風景だった。
夜昼トンネルは全長4キロもあり、最後の1キロあたりで自転車のバランスが怪しくなり壁に腕をこすった。格好つけるより体を大事にしようと思い、そこで自転車から降りて残りの距離を押し歩きした。かつて何度か通ったトンネルなのにとても怖かった。歩道の泥には何本ものタイヤ痕があったので、今でも自転車でトンネル内を走る人が沢山いるんだと思うと少し悔しかった。
実家に戻ると午後2時過ぎ、休みなしで4時間走ったことになる。洗濯物を取り入れシャワーを浴びて2時間遅れの昼食を取るとすっきりした。何時もと同じく麦飯に大根おろし、餃子にウィンナーと竹輪にインスタント味噌汁、最後に饅頭にコーヒーだったが美味しかった。
実は走りながら「またトラ」がどんな影響をもたらすか家内の宿題を考えようと思ったが、走り始めるとトンネルとか激坂を必死で走るのが精一杯で何も浮かんでこなかった。ということで、取り敢えずこのブログ記事を作成して、この後は焼酎のお湯割りでも頂くことにする。■
保内町から何本ものトンネルを抜け八幡浜市に出て、国道197号線を走り午後2時に大洲の実家に戻った。山あり海ありの4時間のコースだった。
2003年に早期退職後に母の様子を見に実家にしょっちゅう戻るようになった。暫くして母がマウンテンバイクを買ってくれ、私はすぐにサイクリングにはまりアチコチ田舎道や山道を走りまくった。逆ルートで八幡浜から佐田岬半島の峠を越えて走ることもあった。当時はその程度の峠は無理することもなくスイスイ走れたが、今日は精一杯必死でペダルを踏んだ。
走り終わって印象に残ったのは瀬戸内海の美しい海岸沿線と、遠くに見える山口県の瀬戸内海の島々(実は地図を見るまで大分県だと思っていた)だった。だが、最も印象に残ったのは8本の長いトンネルの狭い歩道を走ったことだ。特に保内町のゴセガ峠と夜昼峠の二つの長い峠をライトなしで走り高速の車とすれ違うのは怖かった。以前走った時は何ともなかったのだが。
八幡浜市街に入ったら美味しい魚料理か名物のチャンポンを食べようと思っていたが見つからなかった。港にでれば料理屋があるのは知ってたが、遠回りになるのでパスした。料理屋に限らず市内のお店の多くが閉店してたのはショックだった。特に八幡浜駅周辺のお店がどこも閉店してたことだ。夜昼峠まで寂れた家ばかりで悲しかった。昔とは全く違う風景だった。
夜昼トンネルは全長4キロもあり、最後の1キロあたりで自転車のバランスが怪しくなり壁に腕をこすった。格好つけるより体を大事にしようと思い、そこで自転車から降りて残りの距離を押し歩きした。かつて何度か通ったトンネルなのにとても怖かった。歩道の泥には何本ものタイヤ痕があったので、今でも自転車でトンネル内を走る人が沢山いるんだと思うと少し悔しかった。
実家に戻ると午後2時過ぎ、休みなしで4時間走ったことになる。洗濯物を取り入れシャワーを浴びて2時間遅れの昼食を取るとすっきりした。何時もと同じく麦飯に大根おろし、餃子にウィンナーと竹輪にインスタント味噌汁、最後に饅頭にコーヒーだったが美味しかった。
実は走りながら「またトラ」がどんな影響をもたらすか家内の宿題を考えようと思ったが、走り始めるとトンネルとか激坂を必死で走るのが精一杯で何も浮かんでこなかった。ということで、取り敢えずこのブログ記事を作成して、この後は焼酎のお湯割りでも頂くことにする。■