今回はお勧めしたい本がいつもより多い。リーマン・ショックは世界経済を恐怖の底に陥れたが、その裏には色々なドラマがあった。その中でも表舞台で真正面から立ち向かった当事者の物語「ポールソン回顧録」を先ずお勧めしたい。どうやって世界の金融システムが地獄の淵から生還したか時々刻々と変化する救済劇場の主役を第一列で見る臨場感が溢れている。
リーマン・ショックを経済史の中で見る洞察力を与えてくれるのが「経済危機のルーツ」(野口悠紀雄)、昨今の金融危機の中で先進国の中央銀行の役割が拡大していると鋭い指摘をする「中央銀行は闘う」(竹森俊平)の2冊を「ポールソン回顧録」と併せて読むと今世界の経済に何が起こっているか理解が進む。勿論、単独でも読み応えがある佳作だ。
次に現在進行中の米大統領選を、民主党対共和党の戦いという単純な構図を越えて、米国に移住してきた時期と民族が生んだ独自の文化圏が重層的に影響する様を描いた「誰がオバマ大統領を選んだのか」(越智道雄)も、米国政治文化に興味がある方にお勧めする。南部出身の大統領が非常に多い背景は私には新鮮だった。
「確率論的思考」(田淵直哉)は本の見かけによらず面白い。何事も絶対視しないで確率で考え仮説を立て検証しながら進めていくアプローチを易しい文体で書かれており、実用的な内容だ。色々な実例が紹介されており、頭の体操としても楽しめる。
最後に「勝負の分かれ目」(山下進)は経済ニュースが価値を高めメディアの主流にのし上がっていく変遷を日本と英米の通信社の記者達を主人公に描いたNF。経済ニュースという切り口がユニークだが、長編小説みたいな読み物として面白い。
(2.5)確率論的思考 田渕直也 2009 日本実業出版社 物事を二元論ではなく確率論的に捉え、何事も絶対視しないと言う考え方で、勝者が過剰に賞賛され敗者は必要以上に貶められる文化に警鐘を鳴らす書。桶狭間の奇襲を二度とやらなかった信長、組織バイアス、集団思考の例は印象深い。提案された仮説・検証アプローチは目新しいものではないが一考を要する。
(1.5+)スロー・イズ・ビューティフル 辻信一 2001 平凡社 競争原理(市場原理)の対極にある生き方を勧める書で、環境・自然食・頑張らないでゆっくり生ききることを勧める書。単純な反進歩主義ではないが、無批判に昔は良かった的な宗教的主張に底の浅さを感じる。著者の世界的な活動の為、ジェット機に乗りハイテックを使いこなしているはずで、主張に欺瞞を感じる。
(2.0+)政治家の殺し方 中田宏 2011 幻冬舎 元横浜市長の著者が市長時代に仕掛けられたスキャンダルの数々、その原因となった利権構造を指摘したもの。如何に酷い目にあったか訴えたものだが、悪質だというA議員とか大新聞の記者の実名を明かしておらず、覚悟の程が伺えない中途半端な仕上がりで、言い訳のように聞こえるところもある。
(2.0-)ハシズム! 中島岳志・上野千鶴子他 2011 第三書館 前半市長選当確後のインタビュー、後半は橋下氏の手法に批判的な人達の論評を纏めたもの。私から見ると多くが根拠の曖昧な抽象的批判、現状認識が甘い。多くの批判の傾向を知る総集編としての価値がある。橋下氏には怖くないだろう、彼にとって怖いのは本ではなく大阪市民の熱が冷める事件だろう。
2.0+)震災と情報 徳田雄洋 2011 岩波新書 大震災発生後6ヶ月間の政府発表から何が報道されたかまで総括したものだが、やや切り込み不足と感じる。週刊誌・新聞・テレビ等メディア毎の報道の分析評価と海外メディアの違い、水不足等それが地域毎にどう受け取られたか。報道がシステムやプロセスの問題より政府と個人攻撃に偏り、仕組の改善に繋がらない日本特有の報道の問題を今後取り上げてほしいものだ。
(2.0)アメリカは何故日本を助けるのか 古森義久 2011 産経新聞 題名に相応しい内容は最初の20ページ弱、残りは著者の新聞記者としての回顧録。学園紛争から反安保闘争時代の取材は私の青春時代と重なり懐かしいが、期待に反してそれ以上の内容ではなかった。
(2.5)誰がオバマを大統領に選んだのか 越智道雄 2008 NTT出版 2008年米大統領選の同時進行ドキュメンタリー。著者は最初に移住してきた民族と地域が作り出した文化圏の文脈の中で、民主党のアウトサイダー同士(黒人と女性)の戦いから共和党の一匹狼に勝って米国初の黒人大統領誕生までを描いている。最初著者の博識振りが鼻につくが、そのうち視点の面白さに引き込まれていく。米国を震撼させていた世界同時株安が付足しで描かれている感じが嫌だ。
(2.0+)サブプライム危機はこうして始まった Bヘンダーソン&Gガイス 2008 ランダムハウス講談社 リーマン・ショック直前にジャーナリストの目で見たサブプライム問題。視野の広さはさすがだが、まだ金融危機が米国から世界に波及する潜在的な問題の大きさを見通してないところにジャーナリストとしての限界がある。といっても、政府も業界も見通せてなかったのだが。
(2.0)ウォール街の闇 堀川直人 2008 PHP 米住宅バブルにサブプライムが果した役割から始めて、ウォール街が錬金術(証券化)を道具に詐欺師まがいの取引で邦銀がカモにされる状況を描いている。後半に、日本は憲法9条を改正して公明正大な金融立国になれと説く。米国の市場原理主義を非難しながら、日本はそれを上回る金融センターになれと説く矛盾に驚く。
(3.0-)ポールソン回顧録 2010 Hポールソン 日本経済新聞 2006/7-2009/1の間財務長官を務め、バーナンキFRB議長やガイトナー現財務長官と連携してリーマン・ショックに立ち向かった元ゴールドマンサックス会長の自伝。サブプライム問題から始まる世界金融システム崩壊を防いだ立役者の記録。リーマンショック(08/7/15)の1週間前から救済法案(TARP)可決までの85日間は毎日の出来事をリアルタイムに描かれ、巨大な責任を負った男の恐怖と緊張感が生き生きと伝わってくる。専門用語がやや難解かもしれない。リーマン・ショック・コンフィデンシャル(ARソーキン早川書房)と比べると、著者の経験豊かで真摯に危機に取り組む人柄が感じ取れる。
(2.5+)中央銀行は闘う 竹森俊平 2010 日本経済新聞 中央銀行の行動範囲が世界的に拡大して、政府の代役を果していることを過去の経済危機を、金融政策を通して説いた佳作。2年前に次の経済危機の舞台をヨーロッパと予測し、著者の慧眼と深い洞察力が発揮されている。欧州危機を「ドイツと他の加盟国との対立の激化」とし、独の非協力的な姿勢を非難している。
(2.5+)経済危機のルーツ 野口悠紀雄 2010 東洋経済新報社 70年代以降の世界経済を著者の深い洞察力で評価、特に90年代日本の停滞の分析が出色。本題から離れたアネクドートが面白い。西独の戦後は元ナチに支えられた、毛沢東は中国経済を停滞させ日本経済急成長の恩人、文化を残すのは市場経済、ITはアメリカの分権的な社会と親和性が高い、システマチック・リスクが発生すると分散投資が機能しない、日本が物つくりに拘泥する問題等々鋭く切り込んでいる。
(2.0+)「依存症」の日本経済 上野泰也 2009 講談社 個人消費の女性依存、父親消費は交際費依存、公共事業の建設業依存、食糧の海外依存、規制依存、学習塾依存、買物のマスコミ依存、個人資産の預貯金依存、金融の外人依存など日本経済の二面性を指摘する書。規制緩和が一旦景気を悪化させる、景気後退期にマスコミ報道の重みが増す、オフバランス運用の先送りをとりあげ米国でも失われた10年と同じような体質ある等々の指摘は目新しい。
(2.5)検証戦争責任Ⅰ 読売新聞戦争責任検証委員会 2006 中央公論社 前半に戦争に関る昭和史をレビューし、後半に学者・政治家・作家6人により戦争責任を討論する構成。制限のある紙数でこの大きなテーマを語るのは野心的に過ぎるが、後半の櫻井よしこ氏から加藤紘一氏までのパネラー人選が、偏りがなく幅広い議論をもたらしよく纏まっている。若者に読書を勧める。
(2.0+)毎日新聞社会部 山本祐司 2006 河出書房 下山事件からロッキード事件を経て86年病気で倒れるまで、事件記者の半生記。特に田中角栄逮捕の件が生き生きと描かれている。社会部という狭い世界で身体を張って働く猛者とか無頼派という言葉に酔っている感じを受けるが、嫌味はない。日本報道界で記者の流動性が全く無い純粋培養された世界という印象もある。
(2.5+)勝負の分かれ目 下山進 1999 講談社 市場のニーズを満たす経済ニュースがメディアの傍流から主流を脅かす存在になっていく様を、時事通信社とロイター・ブルムバーグ・日本経済新聞の新旧メディアの人間模様と確執を描いた長編NF。小振りながらハルバースタムの「メディアの権力」を想起させる。
(2.0)大人の為の投資入門 北村慶 2008 PHP研究所 将来あるべき年金受給額は本来不透明である為、それを補充する私的年金としてのインデックス方投資/ETF等と定期見直しを提案する。国内外の機関投資例からポートフォリオ管理を提案した簡潔な内容の一般向け入門書。
今季の読書はかなり充実していたと思う。私がそう思う理由は簡単で、大半が古本屋で手に入れたのではなく図書館から借りた最新のものだからだ。このシリーズの売りである古本屋で100円で手に入る本の紹介から逸脱しているが、今回はご了解いただきたい。
所謂電子ブックが普及したせいか古本屋で手に入る本が今後減ってゆく兆しのようなものを感じているが、まだ暫くは続けられそうだ。次回紹介予定の本は何とか入手できそうだ。■