八月の誕生日から、ひと月が過ぎた。先日、診察を待っていた向い席に、一歳くらいの、めんごちゃんが母親に抱かれて、にこにこ笑っていた。ばあちゃんに、「めんごちゃんだよ」と、耳もとに言ったが、ひとりおしゃべりで、反応がなく、迷惑をかけた。ばあちゃんも、こんな、めんごちゃんを、三人、戦中戦後の混乱の世の中で、育てたんだなぁと見ていた。いわき市史をぺらぺらめくって、当時は、米が十五日分、馬鈴薯が十日分、砂糖が六日分の、配給だったとある。不足分は、嫁入りの着物が、「ヤミ」で、食糧品に替えて、食べさせていたのだろう。現在は、食べるものは、十二分にある。でも、先立つものは、お金。ものの値段は、上昇しているようだ。
画像は、NHKの特番をカシャッ゜とした。再、再々報映のたびに、悲涙している。この特番をみて、今、在宅介護中の義母は、在宅死が、最善と判断をした。現在は、老衰させないよう、食事に気を使っている。老衰は、体の中が、何かが一つ一つと重なって、老化して、機能しなくなり、食べれなくなるという。枯れ木が枯れるように、老衰する。食べれなくなってから、長い期間なのか、短い期間なのか、知る由はない。在宅死は、大分前だが、実父の時に、経験をしている。この時は、肺炎の発症で、五日目に旅立った。今、在宅介護で、苦労をしているのは、妻で、万全な体ではない。一日一日を、がんばっている。どうにもならなくなった時は、その時に、考えるしかない。それにしても、十一年かぁだ。