見もの・読みもの日記

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働く研究者/14歳からの仕事道(玄田有史)

2007-01-16 00:07:14 | 読んだもの(書籍)
○玄田有史『14歳からの仕事道(しごとみち)』(よりみちパン!セ) 理論社 2005.1

 玄田有史さんの本、2冊目。中学2年生くらいの読者のために、働くとはどういうことか、どうすれば、やりがいのある仕事につけるのか、ということを説いたもの。

 面白い。本当の中学生がどう感じるかは、聞いてみないと分からないが、私は非常に面白く読んだ。労働市場がどうなっているか、分析的に語れる研究者は、ほかにもいるだろう。しかし、中学生に分かる文体で、「仕事道(しごととみち)」を語れる労働経済学者は希少だと思う。

 公表データによれば、玄田先生の閲歴は、学生→大学院→講師→助教授という、研究一筋のキャリアである。研究者なんて、実生活や実社会には疎いに違いないと思っていたが、こんな酸いも甘いも噛み分けたアドバイスができるなんて。たぶん、玄田先生と同じ大学に勤める、一般事務職員より、よほど「仕事道」を体得しているのではないか。研究者あなどるべからす。

 たとえば、「忙しい」は禁句。大学でも、本当に良い研究をしている人ほど、教育とか大学の業務に時間を割いて真剣に取り組んでいて、その割に、本人は「忙しい」と言わない、とか。エライ人に会うときは、言葉遣いや態度に気をつけなければならない。しかし、「本当にエライ人」は、こちらに本気の覚悟があれば、多少の言葉遣いの失敗など、基本的に許していただける、とか。いちいち、膝を叩きたくなるような指摘が多い。

 壁に突き当たったときは、壁の前で真剣にウロウロしていれば、ちゃんと誰かが助けてくれる。「わけが分からない」状況に耐えられるタフネスが大切。すぐに損得を計算するようなケチなやつは、いい学者にならない。自分の研究には直接関係ないと思ったことでもやってみよう。人が人を完全に評価できると考えることは間違っている。だから、上司にどんな評価をされても、心の中で「自分の本当のボスは自分なんだ」という気持ちを持っていてほしい。――どれもいいアドバイスである。これら全て、著者が体験から学んだのだとすれば、研究者も我々と同じ、「働く人生」を生きているんだなあ、と思った。

 それから、「向いている仕事」について。自分は明るい性格だから、マスコミでみんなを明るくする番組が作りたい、と思っても、その仕事に就いてみると、まわりは、自分と同じか、自分以上に才能のある人ばかりだったりする。だったら、「自分はみんなを明るくする才能があると本気で思ったら、どうぞぜひ、大学の先生になってください」と著者は言う。地味で真面目な人が多い世界だから、あなたの明るさが際立つはずです、と。これは、冗談のようで、けっこう含蓄あるアドバイスだと思う。

 本書は、具体的な個々の職業については語っていないが、ひとつだけ、数ある職業の中で、これからいちばん変わっていくものは「まちがいなく公務員です」と言い切っている。著者自身の勤める東京大学が、2004年に法人化されて、「私も公務員ではなくなりました」という体験を踏まえているのだろう。これからは、不安定でもいいから「変化すること自体を楽しんでみたい、って心の底から思える人だけが公務員には向いている」という。

 笑った。実をいえば、私は、親(特に父親)から「公務員は安定した仕事だから公務員になれ」と盛んに勧められたクチである。しかし、私は、自分が「安定した仕事」に向かないと思っていたから、全く乗り気ではなかった。乗り気ではなかったのに、公務員になってしまって、あれあれと思っているうち、「仕事」のほうが変わり始めた。「向いている仕事」を選んだつもりのなかった私は、ラッキーである。まだまだ変化を楽しめると思う。その一方、かつて慎重に安定した仕事を選んだつもりの人たちは、可哀相だと思うけれど。
コメント
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