見もの・読みもの日記

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ジャーナリズムの迷宮/下山事件(森達也)

2007-01-27 23:57:01 | 読んだもの(書籍)
○森達也『下山事件(シモヤマ・ケース)』 新潮社 2004.2

 森達也さんの読者として、本書の存在は、発売当初からずっと気になっていた。しかし、なかなか読んでみようという決断がつかなかった。

 下山事件とは、1949年7月、国鉄総裁の下山定則が出勤途中に失踪し、北千住-綾瀬駅間で轢死体となって発見された事件である(詳細→Wikipedia)。その程度のことは知っていた。しかし、私が生まれる10年以上も前のことだ。そして、こういう「事件」は、往々にして教科書的な「歴史」の記述からは抜け落ちてしまう。正直なところ、下山事件の何が今もって「謎」であるのか、私は何も知らなかった。

 先日、小林英夫著『満州と自民党』を読んで(この本自体にはあまり感銘を受けなかったが)、下山事件(および三鷹事件、松川事件という国鉄の戦後3大ミステリー)の起きた1949年が、戦前の満州人脈が表舞台に復帰を始める、戦後日本の転機の年であったことが分かってきた。あらためて、その時代に何があったのかを知りたいと思い、続けて本書を読むことにした。

 事件の詳細を何も知らなかった私は、東京大学法医学教室の死後轢断(他殺)説に対して慶応大学法医学部が生体轢断(自殺)説で対立しただけでなく、警視庁内では捜査一課が自殺、捜査二課が他殺説、マスコミは朝日と読売が他殺、毎日が自殺説を主張したという紛糾ぶりに、まず驚愕した。近年は、何か大きな事件が起きると、世論もマスコミも、あっという間に一方向に偏ってしまうケースばかり見ているので、当時のほうが健全と言えば言えるのかも知れない。本書を読む限りでは、他殺説に歩があると感じられる。自殺説を補強する証言に、多くの粉飾が行われていたことが、後年、明らかになっているからである。しかし、首謀者が誰であったかについては、諸説あって定まらない。

 本書は、1994年、著者が、ライターの『彼』を紹介されるところから始まる。『彼』は、自分の身内が下山事件に関わっていたことを知り、調査を始めたところだった。こうして、著者は50年前の事件に関わることになる。かつて同事件を取材した経験のある老ジャーナリスト、斎藤茂男の協力を得て(1999年に死去)取材を進め、さまざまな出会いと紆余曲折の末、のちの総理大臣、佐藤栄作の関与の疑いが炙り出されるに至る。

 さて、本書の主題は、下山事件の「真相」であると同時に、真相究明の「過程」そのものでもある。斎藤茂男は、著者と出会った当初、下山事件に関わると、みんな下山病に感染するんだ、と語る。あまりにも謎の多いこの事件が、ジャーナリストの使命感や功名心を無性に掻き立てる、ということだろう。そして、その予言のとおりになった――のではないかと思う。

 個人で調査を続けることに限界を感じた著者は、はじめ、TBSの「報道特集」を頼るが支援を打ち切られ、「週刊朝日」に接触する。しかし、「週刊朝日」は、なかなか記事にならない取材に業を煮やし、編集部の記者による執筆を強行しようとする。苦渋の末、署名記事を入稿した著者。それによって、当初の情報提供者であった『彼』との間に亀裂が走る。

 結局、「週刊朝日」の記事は、記者の諸永裕司名義で『葬られた夏:追跡下山事件』(朝日新聞社, 2002)としてまとめられ、『彼』こと柴田哲孝は『下山事件:最後の証言』(祥伝社, 2005)を上梓する。一連の調査の末、本書を含め、3つの著作が世に出たわけであるが、真相解明が成ったとは言いがたい。事件から50年の間、多くのジャーナリストを呑み込んだ闇は、いよいよ深くなるばかりである。読み終えて、私は久しぶりに底冷えのするような恐怖を感じている。

■参考:極東ブログ:下山事件的なものの懸念
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2006/08/post_9635.html
やっぱり、岸信介と満州史なんだよなあ、キーワードは。
コメント
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