見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

奇跡のデータとその活用/家族と格差の戦後史(橋本健二)

2010-03-09 23:54:04 | 読んだもの(書籍)
○橋本健二編著『家族と格差の戦後史:一九六〇年代日本のリアリティ』 (青弓社ライブラリー)  青弓社 2010.1

 映画『ALWAYS 三丁目の夕日』などで注目される昭和30年代。人々は、真実のところ、どんな暮らしをしていたのか。家族構成は? 職業と収入は? これらは「国勢調査」「労働力調査」などから、ある程度までは知ることができる。しかし、これらの統計は基本的に個人単位で集計されているので、家族の就業構造の全体は分からない(そうなのかー)。いちばん有用なのは、社会学者の研究グループによって始められた「SSM調査」(社会階層と移動全国調査、1955年~10年ごと→Wiki)である。ところが、初期のSSM調査には、致命的な欠点がある。調査対象に女性が含まれていないのだ。「女性は職業の主要な担い手ではなく、人々の生活程度は男性世帯主の職業によって決まると、暗黙のうちに考えられていたからである」。

 しかし、著者たちは「奇跡のようなデータの存在」に気がついた。65年のSSM調査の調査票に残された「家族全員の性別・続柄・年齢・学歴・職業・居住地等に関する回答」である。これをデータ化(数値化)することによって、女性を含む16,787サンプルの「1965年SSM調査家族・兄弟データ」を入手することができた。本書は、このデータをもとに、1965年の日本の家族と就業構造を再構成する試みの中間報告として書かれたものである。

 実のところ、本書でいちばん感動的なのは、冒頭の「奇跡のデータ」発見とその数値化をめざす辛抱強い作業の経緯である。おお~学問って(社会科学って)こうやって進歩していくんだ、という実感がある。後段には、実際にこの新発見データを用いて、当時の社会の就業構造や家族類型、さらには「女性の就業」とか「独身男性」を分析した論考が並ぶが、これまでのデータで、だいたい予測されていたことに比べて、あまり新味は感じられないと思った。

 全く予想外の衝撃を受けたのは「社会階層における前近代と近代」(橋本健二)という論考で、1965年のSSM調査の祖父の職業には「武士」「侍」「家老」「奉行」等の回答が見られるという。何!! 本人が60歳→1905年生まれなら、祖父が1840年代生まれとして、ありえないことはないか…。また、65年SSM調査には、祖父の族籍(士族、平民)を尋ねる設問があるという。士族出身者と平民出身者の所属階級については、既に安田三郎による分析(『社会移動の研究』1971年)があり、本論考が特に新しい知見を付け加えているわけではなさそうだが、65年の時点においても、高収入層や高学歴層には士族出身者が多く、社会移動に関する上昇志向も士族出身者のほうが高いのだそうだ。江戸時代の社会構造が、戦後20年を経過した1965年においても深い影を落としていたという事実を噛みしめると、社会を「変える」って、実に難しいことなんだなあ、としみじみ思った。

「社会階層と社会移動」全国調査(田中重人氏のホームページ)
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする