見もの・読みもの日記

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老北京の味わい/乾隆帝の幻玉(劉一達)

2010-04-26 21:47:44 | 読んだもの(書籍)
○劉一達著、多田麻美訳『乾隆帝の幻玉:老北京骨董異聞』 中央公論社 2010.1

 舞台は民国初期の北京。玉座を下りた皇帝は禁裏の奥でひっそりと暮らしている。崩壊した宮廷から持ち出された宝物が街に流れ、これを西洋人がハゲタカのように狙っている。既に弁髪を切り、洋装して西洋人に交わる中国人もいるが、最下層の庶民の生活と心意気は、百年前とあまり変わっていない――というのは、全く私の思い描く「民国初期中国」のイメージである。日本でいうなら幕末天保期かな。適度な社会の変動と、変わらない人情が交錯して、時代劇の舞台には、うってつけの時代だと思う。

 さて、北京の東花市で玉器の又売りを営む宗の旦那は、ある宦官を通じて、一対の玉碗を手に入れる。乾隆帝遺愛の、新疆産の「痕玉」でできた逸品である。宗の旦那には、貰い子の家という息子がいた。脚が不自由だが、玉磨きの腕は確かだった。養父の宗以上に、家を実の子のように可愛がっていたのは、隣家の玉器職人の杜の旦那とその一家。あるとき、家は、宗が隠匿していた乾隆の玉碗を盗み見てしまい、精魂かたむけて、その模造品をつくってみる。

 これが、図らずも、一本気で実直な杜の旦那をトラブルに巻き込み、絶大な権勢をもつ骨董仲買人の金、くわせ者のアメリカ人神父チャーリー、義に厚い水汲み人夫の水三児など、いずれもはっきりした個性の登場人物が多数加わって、欲望と純情の人間模様がめまぐるしく描かれる。あ~典型的な、中国のドラマだ。以前、好きだった『人生幾度秋涼』(やはり民国初期の骨董商を主人公にした連続テレビドラマ)を思い出すなあ。

 骨董好きには、描写の端々に「汝窯の器」とか「八大山人の画」とかあるだけで、にまにまと口元が緩んでしまうし、玉器に関する薀蓄もためになる。中国武術マニアなら、杜の旦那が繰り出す八卦拳の描写にうっとりするだろう。もち米に白砂糖をかけるという、北京流の粽の食べ方とか、龍井茶にライチを浸したデザートなど、伝統の味覚や、今に伝わる老舗の店舗名も気になる。京味(北京にかかわるもの)好きには、隅々まで楽しめる小説だ。

 物語の起伏のわりに、ラストシーンが淡白なのは、これも中国のドラマ・小説によくあること。中国人って、あまり結末を気にしないんだろうな。
コメント
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