○譚璐美『中国共産党を作った13人』(新潮選書) 新潮社 2010.4
中国共産党には積極的な関心がある。なんていうと、今の日本では、白い眼で見られるのがオチだろう。いや、別に彼らの共産主義思想に共感するわけではない。
私は、多くの人物が入り乱れ(主役から端役まで、稀有なほど多くの人物の記録が残っている)、複雑な起伏に富む中国の歴史が好きだ。もとは古代史好きだったが、中世も近世も近代も、それぞれに面白い。そして、あんまり中国の歴史を読みすぎたので、いまの「共産党中国」も、ひとつの王朝にしか思えなくなっている。
本書が取り上げるのは「共産党中国」の、いわば「桃園結義」である。1921年7月23日、上海の高級住宅で「中国共産党第1回全国代表大会」が開かれた――という「歴史的事実」は、いちおう、日本人の私も聞いたことがある。だが、驚いたことに、第1回全国大会の「場所」と「時間」は特定されたものの、正式な「代表者」の「人数」はまだ諸説あり、確定していないのだそうだ。
著者はこれを13人に特定し、彼らの思想形成の前史と、その後の苦難の人生をたどっていく。実は、中国共産党を作った13人の中には、日本留学経験者が4人いる(董必武、李達、周佛海、李漢俊)。彼らは、日本語の書物で社会主義を学び、それらを精力的に翻訳して、中国に紹介した。13人の中には入らないが、青年たちの指導的役割にあった陳独秀、李大も日本留学組である。けれども、共産党の創設に果たした日本の役割は(当然というべきか)今日の中国ではほとんど黙殺されており、本書は、この点を丹念に検証した労作である。中国共産党の創設メンバーに関する数少ない記録が、日本の高校や大学にきちんと残っているというのは、ちょっと感動的だった。
13人のひとり、陳公博がのちにアメリカのコロンビア大学に提出した修士論文には、第1回代表大会の「中国共産党綱領」英文版が含まれている。中国では、戦乱の中で、中国語版の「綱領」が失われており、残っているのは、ロシア語版とこの英語版だけなのだそうだ。近代史の文献研究は、国境の内側だけではできないんだなあ、と思った。もうひとつ、うーんと唸ったのは、2009年春、陳独秀の自筆書簡11通が中国のオークションに出たが、国家文物局はこれを落札することができず、民間人の手に落ちたという。徹底した市場原理の結果だが…いいのか、それで。
中国では、歴史を伝える役割を「記録」とともに「家」が担う。本書には13人の後半生をまとめた図表が掲載されているが、「獄死」「迫害死」「刑死」などの文字が並び、中国近代史の厳しさを身にしみて感じさせる。そんな中で、彼らの子孫や一族は、誹謗と迫害の日々を耐え、80年代になって、歴史研究が認められるようになると、名誉回復のために動き始めている。長い中国の歴史において、つねに過酷な統治原理として現れる「国家」から、人々を守ってきた「家」の役割は今も健在のようだ。

私は、多くの人物が入り乱れ(主役から端役まで、稀有なほど多くの人物の記録が残っている)、複雑な起伏に富む中国の歴史が好きだ。もとは古代史好きだったが、中世も近世も近代も、それぞれに面白い。そして、あんまり中国の歴史を読みすぎたので、いまの「共産党中国」も、ひとつの王朝にしか思えなくなっている。
本書が取り上げるのは「共産党中国」の、いわば「桃園結義」である。1921年7月23日、上海の高級住宅で「中国共産党第1回全国代表大会」が開かれた――という「歴史的事実」は、いちおう、日本人の私も聞いたことがある。だが、驚いたことに、第1回全国大会の「場所」と「時間」は特定されたものの、正式な「代表者」の「人数」はまだ諸説あり、確定していないのだそうだ。
著者はこれを13人に特定し、彼らの思想形成の前史と、その後の苦難の人生をたどっていく。実は、中国共産党を作った13人の中には、日本留学経験者が4人いる(董必武、李達、周佛海、李漢俊)。彼らは、日本語の書物で社会主義を学び、それらを精力的に翻訳して、中国に紹介した。13人の中には入らないが、青年たちの指導的役割にあった陳独秀、李大も日本留学組である。けれども、共産党の創設に果たした日本の役割は(当然というべきか)今日の中国ではほとんど黙殺されており、本書は、この点を丹念に検証した労作である。中国共産党の創設メンバーに関する数少ない記録が、日本の高校や大学にきちんと残っているというのは、ちょっと感動的だった。
13人のひとり、陳公博がのちにアメリカのコロンビア大学に提出した修士論文には、第1回代表大会の「中国共産党綱領」英文版が含まれている。中国では、戦乱の中で、中国語版の「綱領」が失われており、残っているのは、ロシア語版とこの英語版だけなのだそうだ。近代史の文献研究は、国境の内側だけではできないんだなあ、と思った。もうひとつ、うーんと唸ったのは、2009年春、陳独秀の自筆書簡11通が中国のオークションに出たが、国家文物局はこれを落札することができず、民間人の手に落ちたという。徹底した市場原理の結果だが…いいのか、それで。
中国では、歴史を伝える役割を「記録」とともに「家」が担う。本書には13人の後半生をまとめた図表が掲載されているが、「獄死」「迫害死」「刑死」などの文字が並び、中国近代史の厳しさを身にしみて感じさせる。そんな中で、彼らの子孫や一族は、誹謗と迫害の日々を耐え、80年代になって、歴史研究が認められるようになると、名誉回復のために動き始めている。長い中国の歴史において、つねに過酷な統治原理として現れる「国家」から、人々を守ってきた「家」の役割は今も健在のようだ。