○国立西洋美術館 『黄金伝説展:古代地中海世界の秘宝』(2015年10月16日~2016年1月11日)
東京国立博物館の帰り、半端に時間が余っていたので入ってみたら、面白かった。私はあまり西洋史に詳しくないので、知らないことにいろいろ驚いた。プロローグは、黄金が人々の憧れと欲望の対象だったことを象徴する神話「金の羊毛」に取材した絵画が並んでいる。イアーソーンとアルゴー号の物語。ギュスターヴ・モローの『イアーソン』(隣りに王女メディアが立っている)が出ていてびっくりした。オルセー美術館から出品(東京展のみ)。ラファエル前派のハーバード・ドレイパーの『金の羊毛』もよかった。金の羊毛を奪って逃げるアルゴー号の船上を描いていて、追っ手を海に突き落とそうとしているのはメディア。ブラッドフォード美術館から。
次に「世界最古の金」として紹介されているのは、ブルガリアのヴァルナ遺跡からの発掘品。1972年、大量の金の副葬品を納めた墓地が発見され、エジプトの最古のピラミッドよりも遙か以前、今から6000年以上前に作られた世界最古の金製品であることが判明した。え?なんですって? 自分の習った世界史の常識をくつがえされて動揺する。会場では、発見時の墓地の様子が、骸骨のイミテーションとともに再現されている。大きめのコインくらいの円形の金具(しかし貨幣ではないらしい)が遺体のまわりに点々と散らばっていた。
それから古代ギリシャ。ギリシャ文明といえば、大理石彫刻の「白」を思い浮かべてしまうが、当時は極彩色だったというのは、よく知られた話。しかし、こんなに豊富に黄金の装飾品が使われていたことは、イメージの外にあった。植物や昆虫をかたどったデザインが繊細で愛らしく、琳派ふうだなと思ったものもある。首飾りや耳飾りには、赤や緑や紫の宝石がよく残っていて、黄金と互いを引き立てあっている。見ていた女の子たちが「ブルガリみたいだね~」と言うのを聞いて納得。東博の『アート・オブ・ブルガリ』展と、あわせて鑑賞すると面白いかもしれない。なお、展示品は、紀元前16世紀から紀元前1世紀まで、かなり年代の幅が広い。ひとくちに古代ギリシャといっても、いろいろ社会の変化があったはずだが、とぼんやり思う。
次はトラキア。展示の点数は少なめだが、重要なセクションである。1925年、ブルガリアで発見された「ヴァルチトラン遺宝」は、大ぶりな器、杯、蓋、柄杓などで、紀元前14世紀後半~紀元前13世紀初頭の遺物と考えられている。最初に掘り出した農民の兄弟は、一番大きな器を豚の餌箱にしてみたら、豚が舐めつくした後に黄金色が現れたのだそうだ。黄金の総重量は12kgを超える。形は比較的シンプルで、素朴な幾何学模様が施されている。ただ、三連のアーモンド型の器を細い管でつないだ容器(液体を混ぜるためのもの?)は異彩を放っている。もうひとつ「パナギュリシテ遺宝」は、時代が新しい(紀元前4~3世紀)だけあって、リュトンなど、かなり精巧な細工。
トラキア人は、古代の東ヨーロッパ(バルカン半島南東部)に住んでいた民族である。文字を持たなかったため、詳しいことが分からないのだが、「紀元前12世紀頃から東南ヨーロッパで頭角をあらわし、前6世紀頃から社会に発展、強力な部族、王により統合されていったらしい」という説明をネットで見つけた。では、同じブルガリアから出土した「世界最古の金」は?と思って、さらに調べてみたら、前5000年紀の「ヴァルナ文化」はトラキアに先立つ別の文化で、前3000年からトラキア人の民族形成が始まるという。2008~2009年に『古代トラキアの秘宝 よみがえる黄金文明』という展覧会が開催されているが、北海道近美、広島県美、静岡県美、福岡市博は分かるとして、東京の会場は大丸デパートだったらしい。残念、見てない!
最後にエトルリアと古代ローマ。エトルリア文明の芸術レベルの高さは認識していたが、あらためてすごい。何のためにこんな精緻な細工品をこしらえたのかと思う。なお、古代ローマの装飾品の一部は「カステラーニ・コレクション」からの出品。カステラーニ家はイタリアの老舗ジュエリーブランドで、古代ジュエリーを蒐集、復刻して「考古学ジュエリー」を販売した。東洋ふうに言うなら彷古品である。これはジュエリーに興味のない私でも、ちょっと欲しい。
ヨーロッパの古代文明はギリシャ、ローマだけではないんだな、と再認識した。
東京国立博物館の帰り、半端に時間が余っていたので入ってみたら、面白かった。私はあまり西洋史に詳しくないので、知らないことにいろいろ驚いた。プロローグは、黄金が人々の憧れと欲望の対象だったことを象徴する神話「金の羊毛」に取材した絵画が並んでいる。イアーソーンとアルゴー号の物語。ギュスターヴ・モローの『イアーソン』(隣りに王女メディアが立っている)が出ていてびっくりした。オルセー美術館から出品(東京展のみ)。ラファエル前派のハーバード・ドレイパーの『金の羊毛』もよかった。金の羊毛を奪って逃げるアルゴー号の船上を描いていて、追っ手を海に突き落とそうとしているのはメディア。ブラッドフォード美術館から。
次に「世界最古の金」として紹介されているのは、ブルガリアのヴァルナ遺跡からの発掘品。1972年、大量の金の副葬品を納めた墓地が発見され、エジプトの最古のピラミッドよりも遙か以前、今から6000年以上前に作られた世界最古の金製品であることが判明した。え?なんですって? 自分の習った世界史の常識をくつがえされて動揺する。会場では、発見時の墓地の様子が、骸骨のイミテーションとともに再現されている。大きめのコインくらいの円形の金具(しかし貨幣ではないらしい)が遺体のまわりに点々と散らばっていた。
それから古代ギリシャ。ギリシャ文明といえば、大理石彫刻の「白」を思い浮かべてしまうが、当時は極彩色だったというのは、よく知られた話。しかし、こんなに豊富に黄金の装飾品が使われていたことは、イメージの外にあった。植物や昆虫をかたどったデザインが繊細で愛らしく、琳派ふうだなと思ったものもある。首飾りや耳飾りには、赤や緑や紫の宝石がよく残っていて、黄金と互いを引き立てあっている。見ていた女の子たちが「ブルガリみたいだね~」と言うのを聞いて納得。東博の『アート・オブ・ブルガリ』展と、あわせて鑑賞すると面白いかもしれない。なお、展示品は、紀元前16世紀から紀元前1世紀まで、かなり年代の幅が広い。ひとくちに古代ギリシャといっても、いろいろ社会の変化があったはずだが、とぼんやり思う。
次はトラキア。展示の点数は少なめだが、重要なセクションである。1925年、ブルガリアで発見された「ヴァルチトラン遺宝」は、大ぶりな器、杯、蓋、柄杓などで、紀元前14世紀後半~紀元前13世紀初頭の遺物と考えられている。最初に掘り出した農民の兄弟は、一番大きな器を豚の餌箱にしてみたら、豚が舐めつくした後に黄金色が現れたのだそうだ。黄金の総重量は12kgを超える。形は比較的シンプルで、素朴な幾何学模様が施されている。ただ、三連のアーモンド型の器を細い管でつないだ容器(液体を混ぜるためのもの?)は異彩を放っている。もうひとつ「パナギュリシテ遺宝」は、時代が新しい(紀元前4~3世紀)だけあって、リュトンなど、かなり精巧な細工。
トラキア人は、古代の東ヨーロッパ(バルカン半島南東部)に住んでいた民族である。文字を持たなかったため、詳しいことが分からないのだが、「紀元前12世紀頃から東南ヨーロッパで頭角をあらわし、前6世紀頃から社会に発展、強力な部族、王により統合されていったらしい」という説明をネットで見つけた。では、同じブルガリアから出土した「世界最古の金」は?と思って、さらに調べてみたら、前5000年紀の「ヴァルナ文化」はトラキアに先立つ別の文化で、前3000年からトラキア人の民族形成が始まるという。2008~2009年に『古代トラキアの秘宝 よみがえる黄金文明』という展覧会が開催されているが、北海道近美、広島県美、静岡県美、福岡市博は分かるとして、東京の会場は大丸デパートだったらしい。残念、見てない!
最後にエトルリアと古代ローマ。エトルリア文明の芸術レベルの高さは認識していたが、あらためてすごい。何のためにこんな精緻な細工品をこしらえたのかと思う。なお、古代ローマの装飾品の一部は「カステラーニ・コレクション」からの出品。カステラーニ家はイタリアの老舗ジュエリーブランドで、古代ジュエリーを蒐集、復刻して「考古学ジュエリー」を販売した。東洋ふうに言うなら彷古品である。これはジュエリーに興味のない私でも、ちょっと欲しい。
ヨーロッパの古代文明はギリシャ、ローマだけではないんだな、と再認識した。