○上野友愛、岡本麻美『かわいい絵巻』 東京美術 2015.5
サントリー美術館に『宮川香山』展を見に行って(レポートはまだ書いていない)、ミュージアムショップで本書を見つけて買ってしまった。サントリー美術館の上野さんと、山口県立美術館の岡本さんという、二人の女性学芸員によって生まれた、カラー写真満載、ソフトカバーでお値段も手頃(1,800円)な絵巻鑑賞の入門書。しかも、キーワードは「かわいい」なのである。そもそも絵巻は「かわいい」のか?という疑問に対しては、巻頭で二人の対話がいちおうの回答を返してくれている。色もかたちも、リアリズムをがっちり追求するのではなく、写実に慣れた現代人からするとアンバランスに見える表現も、かわいいことがしばしばある。いわゆる「ゆるカワ」。このへんが核心だと私は思う。
しかし、そんな考察は後回しにして、とにかくページをめくって作品を見ていくと、私の好きな「かわいい」絵巻が次々と登場するので、テンションが上がりまくった。日本民藝館の『築島物語絵巻』『浦島絵巻』、サントリー美術館の『鼠草子絵巻』『藤袋草子絵巻』(サル婿入りの話)はもちろん。登場人物の顔立ちがやたら濃い『しぐれ絵巻』も載ってる!! 美しくてロマンチックな『豊明絵草紙』も。見開き2ページで1作品を紹介するのが基本なので、長い絵巻の中のどこを紹介するかは著者のセンスにかかっているのだが、そう!そこだよね!と納得できる場面が選ばれていて嬉しい。『清水寺縁起絵巻』は、観音菩薩の使いの鹿たちが、ほぼ垂直の崖でころがりながら「宅地造成」している場面。『玄奘三蔵絵』は、夢の中で玄奘が、蓮の花を踏みながら海を渡っていく場面。『一遍聖絵』は、伊予国菅生の岩屋の、山頂に向かって掛けられた長い長い梯子。『鳥獣人物戯画』は、烏帽子をかぶったイケメン猫の場面だが、その手前に、ウサギの衣の裾に隠れようとしているネズミが二匹。お母さんにしがみつく子どもみたいでかわいい。
「かわいい」好きの美術ファンには知られていても、一般的な認知度は高くなく、あまり資料価値も認められていない作品、たとえば西尾市岩瀬文庫の『かみ代物語』(ワニ~)と、重文・国宝の作品がまぜこぜに出てくるのも面白い。本書をつらぬく価値基準は「かわいい」一本だから、これでいいのだろう。『信貴山縁起絵巻』は大仏殿の前の尼公分身の術(異時同図法)、『吉備大臣入唐絵巻』は正座して空を飛ぶ吉備大臣と鬼(安倍仲麻呂)が取り上げられている。国宝・重文でも取り上げられていない絵巻もあって、『伴大納言絵巻』などは、やっぱり「かわいい」要素で劣るのかな、と思った。
一度は見た記憶のある絵巻が大多数だったが、初めて知った作品もあった。ひとつは『足利将軍若宮八幡宮参詣絵巻』で、足利将軍の行列に対し、警護役の武士たちが、地べたに正座して拝礼してるのだが、絵が下手すぎて、起き上がりこぼしがコロコロころがっているように見える。どうしてこうなるかなあ。ものすごいツボにはまってしまった。京都の若宮八幡宮(東山五条のそば)の所蔵らしいが、どこかに寄託されているんだろうか。見たい。天理大学附属天理図書館の『鼠の草子』は、両袖で顔を覆って泣いている鼠の権頭(ごんのかみ)さんがキュート。物語もかわいい。サントリーの『鼠草子』とは微妙に異なる結末なんだな。「心なしか烏帽子までしんなりしてる」という著者の目のつけどころも微笑ましい。
何度も行っている美術館なのに、細見美術館の『硯破草紙絵巻』も記憶になかった。それから、個人蔵の『地蔵堂草紙絵巻』。これは物語も面白いなあ。美女に誘われて龍宮を訪れた僧侶が、ある晩、横に寝ている女にしっぽがあることを発見。これは「ゆるカワ」でなく、かなり巧い絵巻で、怖さと魅惑を上品に表現している。僧は大蛇の姿になってしまったものの、懺悔によって救われる。室町時代、土佐光信筆。調べたらサントリー美術館の『お伽草子』展に出ていたようだが、展示替えがあったから、見てるかどうかは分からない。全編を見てみたいなあ。
かわいい日本美術といえば、どこかの雑誌で『日本の素朴絵』の矢島新先生が、教え子の女子大生たちと一緒に考える特集を読んだ記憶がある。矢島先生が「かわいい」と思う作品が、必ずしも女子大生たちに受け入れられないのが面白かった。やっぱり「かわいい」にジェンダーギャップってあるのかな(それとも年齢差?)。本書の「かわいい」は、かなり私の感覚とシンクロするもので、プロの学芸員さんもこんな見方をしているんだ、という発見が嬉しかった。
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しかし、そんな考察は後回しにして、とにかくページをめくって作品を見ていくと、私の好きな「かわいい」絵巻が次々と登場するので、テンションが上がりまくった。日本民藝館の『築島物語絵巻』『浦島絵巻』、サントリー美術館の『鼠草子絵巻』『藤袋草子絵巻』(サル婿入りの話)はもちろん。登場人物の顔立ちがやたら濃い『しぐれ絵巻』も載ってる!! 美しくてロマンチックな『豊明絵草紙』も。見開き2ページで1作品を紹介するのが基本なので、長い絵巻の中のどこを紹介するかは著者のセンスにかかっているのだが、そう!そこだよね!と納得できる場面が選ばれていて嬉しい。『清水寺縁起絵巻』は、観音菩薩の使いの鹿たちが、ほぼ垂直の崖でころがりながら「宅地造成」している場面。『玄奘三蔵絵』は、夢の中で玄奘が、蓮の花を踏みながら海を渡っていく場面。『一遍聖絵』は、伊予国菅生の岩屋の、山頂に向かって掛けられた長い長い梯子。『鳥獣人物戯画』は、烏帽子をかぶったイケメン猫の場面だが、その手前に、ウサギの衣の裾に隠れようとしているネズミが二匹。お母さんにしがみつく子どもみたいでかわいい。
「かわいい」好きの美術ファンには知られていても、一般的な認知度は高くなく、あまり資料価値も認められていない作品、たとえば西尾市岩瀬文庫の『かみ代物語』(ワニ~)と、重文・国宝の作品がまぜこぜに出てくるのも面白い。本書をつらぬく価値基準は「かわいい」一本だから、これでいいのだろう。『信貴山縁起絵巻』は大仏殿の前の尼公分身の術(異時同図法)、『吉備大臣入唐絵巻』は正座して空を飛ぶ吉備大臣と鬼(安倍仲麻呂)が取り上げられている。国宝・重文でも取り上げられていない絵巻もあって、『伴大納言絵巻』などは、やっぱり「かわいい」要素で劣るのかな、と思った。
一度は見た記憶のある絵巻が大多数だったが、初めて知った作品もあった。ひとつは『足利将軍若宮八幡宮参詣絵巻』で、足利将軍の行列に対し、警護役の武士たちが、地べたに正座して拝礼してるのだが、絵が下手すぎて、起き上がりこぼしがコロコロころがっているように見える。どうしてこうなるかなあ。ものすごいツボにはまってしまった。京都の若宮八幡宮(東山五条のそば)の所蔵らしいが、どこかに寄託されているんだろうか。見たい。天理大学附属天理図書館の『鼠の草子』は、両袖で顔を覆って泣いている鼠の権頭(ごんのかみ)さんがキュート。物語もかわいい。サントリーの『鼠草子』とは微妙に異なる結末なんだな。「心なしか烏帽子までしんなりしてる」という著者の目のつけどころも微笑ましい。
何度も行っている美術館なのに、細見美術館の『硯破草紙絵巻』も記憶になかった。それから、個人蔵の『地蔵堂草紙絵巻』。これは物語も面白いなあ。美女に誘われて龍宮を訪れた僧侶が、ある晩、横に寝ている女にしっぽがあることを発見。これは「ゆるカワ」でなく、かなり巧い絵巻で、怖さと魅惑を上品に表現している。僧は大蛇の姿になってしまったものの、懺悔によって救われる。室町時代、土佐光信筆。調べたらサントリー美術館の『お伽草子』展に出ていたようだが、展示替えがあったから、見てるかどうかは分からない。全編を見てみたいなあ。
かわいい日本美術といえば、どこかの雑誌で『日本の素朴絵』の矢島新先生が、教え子の女子大生たちと一緒に考える特集を読んだ記憶がある。矢島先生が「かわいい」と思う作品が、必ずしも女子大生たちに受け入れられないのが面白かった。やっぱり「かわいい」にジェンダーギャップってあるのかな(それとも年齢差?)。本書の「かわいい」は、かなり私の感覚とシンクロするもので、プロの学芸員さんもこんな見方をしているんだ、という発見が嬉しかった。