○サントリー美術館 『没後100年 宮川香山』(2016年2月24日~4月17日)
陶芸家・宮川香山(みやがわこうざん、1842-1916)の没後100年を記念する大展覧会。香山(本名・虎之助)は、天保13年、京都の真葛ヶ原(円山公園一帯)の陶工の家に生まれ、陶器や磁器の製法を学ぶ。のちに横浜に出て、欧米人の趣味・嗜好に合わせた新たな陶芸「真葛焼」を生み出す。
以前、神奈川県立歴史博物館で「横浜真葛焼」の企画展があったとき、行き逃してしまった記憶がある。調べてみたら、2008年の『横浜・東京-明治の輸出陶磁器』展のことらしい。同館は、近代輸出陶磁器の研究者・田邊哲人(たなべてつひと)氏のコレクションの一部寄託を受けていて、その後も時々、特集陳列を行っていたが、なかなか見に行く機会にめぐまれなかった。今回の展覧会のメインビジュアルになっている、金目の黒ぶちにゃんこは、神奈川県立歴史博物館のホームページでよく見ていたにゃんこである。いつだったか、明治の工芸推しの山下裕二先生が、この横浜真葛焼のにゃんこを全国区にしたい、みたいはことをおっしゃっていた記憶がある。
今回の展覧会、まあ見逃してもいいかと軽く考えていたのだが、行ってみてよかった。人によって、好きになれるかどうか分からないが、一回見ておいて損はないと思う。最初のフロアは、香山独特の表現方法「高浮彫(たかうきぼり)」の作品を全面的に展開。メインビジュアルの『高浮彫牡丹ニ眠猫覚醒蓋付水指』は、蓋の上に体を丸めたにゃんこが鎮座している造形で、まだ受け入れやすい。『褐釉高浮彫蟹花瓶』(東京国立博物館)も二匹の蟹がリアルで、逆に分かりやすい。ところが、作品によっては、花瓶や壺の側面を、立体の鳥や虫、草花などがてんこもりに取り囲む。写実と非現実がせめぎあうような、魅惑的な気味悪さ。
原寸大に近い鳥や草花はまだいい。花瓶の表面の窪みで小さな熊が冬眠していたり、崖にはりついて小さな人々がキノコを採集していたり。大小の石灯籠が立ち上がっていて、一基は火袋の中に子ザルの姿があったり(狂言の「靭猿」がモチーフ)。装飾パーツが立体的すぎて、本体の瓶(壺)と完全に別物に見えるものも多かった。そこを敢えて、一体成型して焼く(変形したり壊れたりしない)のが、技術の見せどころなんだろう。しかし、なんだか最近のSNSで、料理や工作の超絶技巧を披露する素人とあまり変わらない気もした。日本人って、こういう器用さが大好きなんだなあ。
面白かったけど、ちょっと辟易して、下の階に下りる。まだ超絶技巧が続くのかなと思っていたら、急に展示品の雰囲気が変わった。解説によると、明治10年代半ば頃から、香山は新たに釉薬と釉下彩の研究に取り組み、中国清朝の磁器に倣った作品を生み出していく。眞葛窯の経営は、嗣子の二代宮川香山(1859-1940)が継承した。この釉下彩・釉彩の上品で優美なこと、前半とは別人の作のようだ。古典にのっとりながら、色も形も、どこか清新でモダン。アールヌーボーふうでもする。板谷波山の作品を思い出したものもあった。
もし手に入るとしたらという前提で、好きなものを選ぼうと思ったが、どれも好きすぎて選べない。青磁いいなあ。『青華紅彩桃樹文耳付花瓶』や『釉下彩岩ニ竹図蓋付壺』は、青花の藍とにじんだようなピンク(紅彩)の対比が優雅。藍色の繊細な濃淡が美しい青華。緑釉、黄釉の発色の美しさ。釉裏紅の、こんな美しい磁器が日本にあったとは。台湾故宮の皇帝コレクションと比べても遜色ないのではないか。美しいものは古典にしかないというのが、単なる思い込みだということがよく分かった。
なお、この展覧会は途中に「撮影可能エリア」が設けられている。いい試みだと思う。参観者がSNS等でどんどん発信して、見に行こうという人が増えれば、ミュージアムも嬉しいはず。「撮影可能」作品もグッドチョイス!
↓『高浮彫四窓遊蛙獅子鈕蓋付壺』
↓『高浮彫蛙武者合戦花瓶』
高浮彫作品には、カエルの擬人化とか骸骨とか百鬼夜行とか、河鍋暁斎を思わせるモチーフがあったり、若冲の池辺群虫図を思わせるものもあった。会場では、360度四方から見たいのに叶わない作品もあったが、展示図録の写真は非常に充実している。『高浮彫牡丹ニ眠猫覚醒蓋付水指』のにゃんこも、左右前後ろからの写真が全部載っていて、かわいい。
※参考:宮川香山 真葛焼ミュージアム
横浜にこんな美術館があるのを初めて知った。現在、企画展『眞葛窯 その華麗なる造形美』(2016年3月5日~)開催中とあるので、サントリー美術館とはまた別の作品が見られるようだ。覚えておこう。
陶芸家・宮川香山(みやがわこうざん、1842-1916)の没後100年を記念する大展覧会。香山(本名・虎之助)は、天保13年、京都の真葛ヶ原(円山公園一帯)の陶工の家に生まれ、陶器や磁器の製法を学ぶ。のちに横浜に出て、欧米人の趣味・嗜好に合わせた新たな陶芸「真葛焼」を生み出す。
以前、神奈川県立歴史博物館で「横浜真葛焼」の企画展があったとき、行き逃してしまった記憶がある。調べてみたら、2008年の『横浜・東京-明治の輸出陶磁器』展のことらしい。同館は、近代輸出陶磁器の研究者・田邊哲人(たなべてつひと)氏のコレクションの一部寄託を受けていて、その後も時々、特集陳列を行っていたが、なかなか見に行く機会にめぐまれなかった。今回の展覧会のメインビジュアルになっている、金目の黒ぶちにゃんこは、神奈川県立歴史博物館のホームページでよく見ていたにゃんこである。いつだったか、明治の工芸推しの山下裕二先生が、この横浜真葛焼のにゃんこを全国区にしたい、みたいはことをおっしゃっていた記憶がある。
今回の展覧会、まあ見逃してもいいかと軽く考えていたのだが、行ってみてよかった。人によって、好きになれるかどうか分からないが、一回見ておいて損はないと思う。最初のフロアは、香山独特の表現方法「高浮彫(たかうきぼり)」の作品を全面的に展開。メインビジュアルの『高浮彫牡丹ニ眠猫覚醒蓋付水指』は、蓋の上に体を丸めたにゃんこが鎮座している造形で、まだ受け入れやすい。『褐釉高浮彫蟹花瓶』(東京国立博物館)も二匹の蟹がリアルで、逆に分かりやすい。ところが、作品によっては、花瓶や壺の側面を、立体の鳥や虫、草花などがてんこもりに取り囲む。写実と非現実がせめぎあうような、魅惑的な気味悪さ。
原寸大に近い鳥や草花はまだいい。花瓶の表面の窪みで小さな熊が冬眠していたり、崖にはりついて小さな人々がキノコを採集していたり。大小の石灯籠が立ち上がっていて、一基は火袋の中に子ザルの姿があったり(狂言の「靭猿」がモチーフ)。装飾パーツが立体的すぎて、本体の瓶(壺)と完全に別物に見えるものも多かった。そこを敢えて、一体成型して焼く(変形したり壊れたりしない)のが、技術の見せどころなんだろう。しかし、なんだか最近のSNSで、料理や工作の超絶技巧を披露する素人とあまり変わらない気もした。日本人って、こういう器用さが大好きなんだなあ。
面白かったけど、ちょっと辟易して、下の階に下りる。まだ超絶技巧が続くのかなと思っていたら、急に展示品の雰囲気が変わった。解説によると、明治10年代半ば頃から、香山は新たに釉薬と釉下彩の研究に取り組み、中国清朝の磁器に倣った作品を生み出していく。眞葛窯の経営は、嗣子の二代宮川香山(1859-1940)が継承した。この釉下彩・釉彩の上品で優美なこと、前半とは別人の作のようだ。古典にのっとりながら、色も形も、どこか清新でモダン。アールヌーボーふうでもする。板谷波山の作品を思い出したものもあった。
もし手に入るとしたらという前提で、好きなものを選ぼうと思ったが、どれも好きすぎて選べない。青磁いいなあ。『青華紅彩桃樹文耳付花瓶』や『釉下彩岩ニ竹図蓋付壺』は、青花の藍とにじんだようなピンク(紅彩)の対比が優雅。藍色の繊細な濃淡が美しい青華。緑釉、黄釉の発色の美しさ。釉裏紅の、こんな美しい磁器が日本にあったとは。台湾故宮の皇帝コレクションと比べても遜色ないのではないか。美しいものは古典にしかないというのが、単なる思い込みだということがよく分かった。
なお、この展覧会は途中に「撮影可能エリア」が設けられている。いい試みだと思う。参観者がSNS等でどんどん発信して、見に行こうという人が増えれば、ミュージアムも嬉しいはず。「撮影可能」作品もグッドチョイス!
↓『高浮彫四窓遊蛙獅子鈕蓋付壺』
↓『高浮彫蛙武者合戦花瓶』
高浮彫作品には、カエルの擬人化とか骸骨とか百鬼夜行とか、河鍋暁斎を思わせるモチーフがあったり、若冲の池辺群虫図を思わせるものもあった。会場では、360度四方から見たいのに叶わない作品もあったが、展示図録の写真は非常に充実している。『高浮彫牡丹ニ眠猫覚醒蓋付水指』のにゃんこも、左右前後ろからの写真が全部載っていて、かわいい。
※参考:宮川香山 真葛焼ミュージアム
横浜にこんな美術館があるのを初めて知った。現在、企画展『眞葛窯 その華麗なる造形美』(2016年3月5日~)開催中とあるので、サントリー美術館とはまた別の作品が見られるようだ。覚えておこう。