○雑誌『別冊太陽』2017年2月号「岩佐又兵衛 浮世絵の開祖が描いた奇想」 平凡社 2017.2
久しぶりに購入した別冊太陽。表紙は『残欠本堀江物語絵巻』で、主人公の月若が敵(かたき)の国司を肩から腰まで真二つに斬り落とし、血しぶきがあがるシーンである。よくこれをピンポイントで表紙に使ったなあと呆れたが、絵空事すぎて陰惨な印象がなく、スカッとした爽快感が湧き上がってくる。
岩佐又兵衛(1578-1650)は「浮世絵の開祖」とも言われる江戸時代初期の絵師。昨年は福井県立美術館で、福井移住400年記念の『岩佐又兵衛展』が開催され、昨日まで東京・出光美術館で『岩佐又兵衛と源氏絵』が行われていた。私は、本書をざっと眺めた上で、出光の展示を見に行った。出光の展示は、又兵衛と岩佐派の「源氏絵」にフォーカスを絞った企画だったが、本書は幅広く又兵衛の作品を扱っている。「絵巻に描いた恋と復讐」「王朝物語の洗練」「大和絵に通じ、漢画を巧みにする」「浮世を描く」「岩佐派の系譜」の5章構成。
私が岩佐又兵衛に関心をもったのは絵巻からなので、やはり第1章がいちばん楽しい。第2章は、源氏絵のほか、歌仙図も。又兵衛が多くの歌仙図・歌仙額を残していることは、わりと早い時期に知ったのだが、「奇想」の画家と「伝統」の歌仙図という取り合わせに違和感があった。今は、そんな私の感じ方が一面的だったことを反省している。第3章は、バラエティ豊かで、眼福の連続。即興のような水墨の『人麿・貫之図』(MOA美術館)は大好きな作品。本書の対談(後述)に来日したチャップリンがこの絵を見ていたく感心したという逸話が紹介されている。水墨の『布袋図』(東博)のおちゃめな表情もいい。人物図の『楊貴妃図』や『維摩図』もいいなあ。そして『四季耕作図屏風』と『瀟湘八景図巻』は、本書でその素晴らしさを確認し、出光でじっくり鑑賞してきた。
第4章は『洛中洛外図屏風(舟木本)』『豊国祭礼図屏風』などの「大物」が中心で、細部拡大図も多少あるけど、どうしても「もっと見たい」という不満が残る。『団扇形風俗図』(東博)は記憶にない作品だが、静かで、物憂げでとてもよかった。第5章は又兵衛の家族や工房の作。出光で見た『職人尽図巻』はここに入るのだな。
本書には、又兵衛ファンなら、ほうほう、と頷くほどの豪華執筆陣が寄稿している。中でも白眉は辻惟雄先生と佐藤康宏先生の対談で、前半5ページ、後半7ページ(図版含む)の長編だが、情報量が豊富で飽きない。ジャーナリストの長谷川巳之吉が家を抵当に入れて『山中常盤』を買った話、学生時代の辻先生が『山中常盤』を見たショックで弁当の鮭の切り身を食えなかった話、『上(浄)瑠璃物語』の絵巻からかりんとうのかけらが出てきた話(お姫様がおやつを食べながら見ていた?)など。
又兵衛はいろいろ論争の多い絵師である。『洛中洛外図屏風』について、編集部が「又兵衛筆と認定されたのですね?」と確認し、辻先生が「私がずいぶん足を引っ張っていたから(笑)」、佐藤先生が「そういうことですね(笑)」と応じているのが微笑ましかった。黒木日出男氏が、坊主頭の男(笹屋の主人)を「絵の注文主である」と推定したことについて、お二人はあまり納得していない。辻先生の説、間接的には京都所司代の板倉勝重からの注文で「お金はこちらの商人が出した」というのは検討の余地があるかも。佐藤先生の、右隻と左隻は絵師が違っていて、又兵衛が関与したのは右隻だと思う、注文主がいるなら右隻であるべき、というのも聞き逃せない。
『洛中洛外図屏風』には「初発の生き生きとした感じ」があるが『豊国祭礼図屏風』は「冷めた固い感じ」というのは佐藤先生の言葉だが、すごく同意できた。もうひとつ、出光の『江戸名所図屏風』について「又兵衛風を変形したような恰好」というのも分かる。あと、源氏絵、漢画などを総括して「この画家(又兵衛)は相当いろいろな知識があった」というコメントも。これから10年くらいで飛躍的にファンが増え、そして研究が進みそうな予感がする。根拠のない予感だけど、書き留めておく。
久しぶりに購入した別冊太陽。表紙は『残欠本堀江物語絵巻』で、主人公の月若が敵(かたき)の国司を肩から腰まで真二つに斬り落とし、血しぶきがあがるシーンである。よくこれをピンポイントで表紙に使ったなあと呆れたが、絵空事すぎて陰惨な印象がなく、スカッとした爽快感が湧き上がってくる。
岩佐又兵衛(1578-1650)は「浮世絵の開祖」とも言われる江戸時代初期の絵師。昨年は福井県立美術館で、福井移住400年記念の『岩佐又兵衛展』が開催され、昨日まで東京・出光美術館で『岩佐又兵衛と源氏絵』が行われていた。私は、本書をざっと眺めた上で、出光の展示を見に行った。出光の展示は、又兵衛と岩佐派の「源氏絵」にフォーカスを絞った企画だったが、本書は幅広く又兵衛の作品を扱っている。「絵巻に描いた恋と復讐」「王朝物語の洗練」「大和絵に通じ、漢画を巧みにする」「浮世を描く」「岩佐派の系譜」の5章構成。
私が岩佐又兵衛に関心をもったのは絵巻からなので、やはり第1章がいちばん楽しい。第2章は、源氏絵のほか、歌仙図も。又兵衛が多くの歌仙図・歌仙額を残していることは、わりと早い時期に知ったのだが、「奇想」の画家と「伝統」の歌仙図という取り合わせに違和感があった。今は、そんな私の感じ方が一面的だったことを反省している。第3章は、バラエティ豊かで、眼福の連続。即興のような水墨の『人麿・貫之図』(MOA美術館)は大好きな作品。本書の対談(後述)に来日したチャップリンがこの絵を見ていたく感心したという逸話が紹介されている。水墨の『布袋図』(東博)のおちゃめな表情もいい。人物図の『楊貴妃図』や『維摩図』もいいなあ。そして『四季耕作図屏風』と『瀟湘八景図巻』は、本書でその素晴らしさを確認し、出光でじっくり鑑賞してきた。
第4章は『洛中洛外図屏風(舟木本)』『豊国祭礼図屏風』などの「大物」が中心で、細部拡大図も多少あるけど、どうしても「もっと見たい」という不満が残る。『団扇形風俗図』(東博)は記憶にない作品だが、静かで、物憂げでとてもよかった。第5章は又兵衛の家族や工房の作。出光で見た『職人尽図巻』はここに入るのだな。
本書には、又兵衛ファンなら、ほうほう、と頷くほどの豪華執筆陣が寄稿している。中でも白眉は辻惟雄先生と佐藤康宏先生の対談で、前半5ページ、後半7ページ(図版含む)の長編だが、情報量が豊富で飽きない。ジャーナリストの長谷川巳之吉が家を抵当に入れて『山中常盤』を買った話、学生時代の辻先生が『山中常盤』を見たショックで弁当の鮭の切り身を食えなかった話、『上(浄)瑠璃物語』の絵巻からかりんとうのかけらが出てきた話(お姫様がおやつを食べながら見ていた?)など。
又兵衛はいろいろ論争の多い絵師である。『洛中洛外図屏風』について、編集部が「又兵衛筆と認定されたのですね?」と確認し、辻先生が「私がずいぶん足を引っ張っていたから(笑)」、佐藤先生が「そういうことですね(笑)」と応じているのが微笑ましかった。黒木日出男氏が、坊主頭の男(笹屋の主人)を「絵の注文主である」と推定したことについて、お二人はあまり納得していない。辻先生の説、間接的には京都所司代の板倉勝重からの注文で「お金はこちらの商人が出した」というのは検討の余地があるかも。佐藤先生の、右隻と左隻は絵師が違っていて、又兵衛が関与したのは右隻だと思う、注文主がいるなら右隻であるべき、というのも聞き逃せない。
『洛中洛外図屏風』には「初発の生き生きとした感じ」があるが『豊国祭礼図屏風』は「冷めた固い感じ」というのは佐藤先生の言葉だが、すごく同意できた。もうひとつ、出光の『江戸名所図屏風』について「又兵衛風を変形したような恰好」というのも分かる。あと、源氏絵、漢画などを総括して「この画家(又兵衛)は相当いろいろな知識があった」というコメントも。これから10年くらいで飛躍的にファンが増え、そして研究が進みそうな予感がする。根拠のない予感だけど、書き留めておく。