見もの・読みもの日記

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相克から協調と自律へ/アジア近現代史(岩崎育夫)

2019-08-22 21:29:15 | 読んだもの(書籍)

○岩崎育夫『アジア近現代史:「世界史の誕生」以降の800年』(中公新書) 中央公論新社 2019.4

 お盆の旅先で読む本が切れたので適当な書店に飛び込み、読みたい本が見つからない中で、やむをえず購入したもの。淡々とした文体が、最初はとっつきにくかったが、次第に引き込まれた。あまり類例のないユニークな本だと思う。

 本書は、アジアの特定地域や特定テーマについて書かれた研究書とは異なり、「アジアの歴史」を一体的に記述しようとする試みである。特に「内部勢力と外部勢力の相克と協同の観点」を重視する。アジアは、東アジア、東南アジア、南アジアという三つのサブ地域に区分される。各地域、またはその中の小地域(国家)や民族集団を内部勢力と呼び、ヨーロッパやアメリカを外部勢力と呼ぶ。なお、中央アジア勢力と中東勢力は、アジアの外部勢力と考える(ただし中国の北に住むモンゴル人は東アジアの一部として扱う)。

 本書の主たる関心はモンゴル帝国以降の時代であるが、はじめに「アジアの原型」として、三つのサブ地域の自然地理、主要民族、伝統的経済活動、宗教、言語、土着国家の誕生、統一国家(中国とインド)の登場などを概観し、モンゴル帝国(内部勢力)の形成と支配(13~14世紀)に進む。モンゴル帝国は、ユーラシア大陸を征服・支配し、世界的な貿易帝国を創り上げたが、その果実を得る前に崩壊してしまった。モンゴルは軍事帝国であっても文化帝国ではなかったので、征服地の人々に何の文化的・宗教的インパクトも残さなかったという指摘は興味深い。

 ヨーロッパ勢力(外部勢力)の関与は16世紀に始まり、18世紀後半の産業革命によって本格化する。それまで自律的な歴史を展開してきたアジア諸国・諸地域は、植民地化、政治・経済・社会の変容、貧困地域への転落という同じ道を歩むことになる(ただし日本のみ例外)。植民地化は単なる支配ではなく、土着国家の消滅、アジア人官僚の育成、植民都市の建設(特に沿岸部)、プランテーションにともなう資本主義の導入、モノカルチャー経済化、単一民族型社会から多民族型社会への転換など、アジア(特に南アジア、東南アジアの社会)に怒涛のような変化をもたらしたことが分かった。

 次に19世紀末に日本(内部勢力)の軍事進出があった。その目的は、モンゴル人やヨーロッパ勢力と同様、「日本を頂点にする経済圏の創出」にあったが、「モンゴル人が何の文化的痕跡も残さなかったように、文化的影響をほとんど残すことがなかった」という評価はとても腑に落ちた。日本がもたらした戦禍も功績も、世界史基準で見ればこんなものだろう。なお本書は、日本の支配がアジアに残した数少ない実績は、「結果的」にアジアの国々の独立意識を覚醒したことだとも述べている(日本がアジアを解放したという意味ではない)。

 第二次世界大戦後、多くの国が政治的自立を回復して現代国家の構図ができる。しかし、多民族型社会の国家統合と国民統合(民族紛争)や貧困からの脱却にどの国も苦しむ。民族紛争に関しては、インドとパキスタン、スリランカ、マレーシア、カンボジアなどの混乱を、概略ではあるが学ぶことができた。また、アメリカ(外部勢力)の関与によって三つの分断国家が誕生し(ベトナムは解消)、二つの大規模な戦争(朝鮮戦争、ベトナム戦争)も起きた。

 1960年代から70年代には、アジア特有の開発主義国家が登場し(ただし東アジアと東南アジアのみ)、一定の経済発展を遂げた。韓国、インドネシア、マレーシアの例が記述されている。1990年代には後発国も資本主義型開発に転換し、2000年代に中国とインドが飛躍的な発展を遂げる。このあたり、各国史としては多少の知識があったが、横並びの比較の視点を入れると格別に興味深い。

 経済発展により中間層が形成されたアジアでは、1980年代後半に民主化運動が起きた。台湾、ネパールのように、この時期に民主化を達成した国もあれば、中国のように失敗した国もある。また、民主体制に移行したものの、いまだ民主主義の定着が課題の国も少なくない。冷戦終結後はアジアの地域協調に向けた動きも活発化した。かつてはヨーロッパという外部勢力によって一つの「アジア号」たることを強いられたが、今日は自律的な「アジア共同体」を目指す動きがゆっくりとだが始まりつつある。

 難民やイスラーム過激派の動きなどの課題も指摘されているものの、全体として楽観的なムードで結ばれているのは、著者の専門地域の東南アジアでは、地域協調が比較的うまくいっているためではないかと思う。最近の東アジアを見ているともっと未来に悲観的になってしまう。近代日本はアジアの中でかなりユニークな存在だが、そのユニークさが地域協調の仇となっている感じがする。

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