〇和歌山県立博物館 企画展『きのくにの宗教美術-神仏のさまざまな姿-』(2021年8月28日~10月3日)
奈良を大和文華館だけで切り上げて、近鉄→南海で和歌山へ移動。もうひとつ見たかった展覧会に寄っていく。本展は、これまで県内各地で国宝・重寺社・堂祠の文化財調査を積極的に行ってきた同館が、近年の調査活動のなかで新たに確認された優れた宗教美術の数々を紹介するもの。仏像・仏画など38件のうち、24件が初公開となる。
県外の人間には、全く知らない寺社が多く、展示品も、ふつうの展覧会では見ないような、皺や虫食いでぼろぼろの品が目立った。しかし、だからこそ、展示の機会をつくってくれたことに感謝したい。興味を持った作品を挙げていくと、まず個人蔵の『高野山参詣曼荼羅』(江戸時代)。色彩がふんわりしたパステル調なのが珍しい。画面の奥、高野三山(摩尼山、転軸山、楊柳山)に抱かれるように建つのが奥之院で、その前方に三つの橋が掛かる。御廟橋、中の橋、一の橋だな、と理解する。つまりその先の壇上伽藍は画面の外になって描かれていない。高野山参詣曼荼羅は類例が少ない(藝大美術館に1件あり)そうで、珍しいものを見せてもらった。
ポスター等のビジュアルに使われている赤身・三目・六臂の異形の尊像は、霊現寺(和歌山市)の『一字金輪曼荼羅』(鎌倉~南北朝時代)。西方寺(岩出市)伝来資料とのこと。劣化が激しいが、幸い、切れ長の両目と額の第三の目ははっきり残っている。赤と白を用いた蓮華座の繧繝彩色(グラデーション)も美しい。目を凝らすと、赤い日輪の下に7頭の獅子が顔を覗かせていたり(揃って舌を出している?)、上方に馬と象と菩薩のような姿が浮かんでいたり(下方の図像と併せて「転輪聖王の七宝」を表す:奈良博)いろいろ興味深い。
安養寺(みなべ町)の『童子経曼荼羅』(江戸時代)は、十五人の童子と、童子に危害を加える十五鬼神に囲まれた栴檀乾闥婆を描く。直前に奈良の大和文華館でも関係する資料を見てきたので、不思議な偶然に驚いた。幼児の保命と息災は、いつどこでも人々の願いだったということかな。
如意輪寺(有田町)の『釈迦三尊及び十羅刹女・十大弟子像』3幅対(室町時代)は、他に類例を知られていない組合せとのこと。現物は劣化が進んで分かりにくかったが、図録で確認すると、十羅刹女・十大弟子ともに個性と表情が丁寧に描き分けられていて楽しい。十羅刹女幅は、よく見ると11人いて、裸の赤子を抱いて、やや大きく描かれた女神は訶梨帝母であるとのこと。
和歌山県博所蔵『千手観音及び童男行者・大伴孔子古像』は、粉河寺子院浄土院伝来。描かれた千手観音は左肩に赤い袴を掛けており、確かに粉河寺の観音さまだ。前坊観音堂(紀の川市)の『千手観音及び地蔵菩薩・毘沙門天像』の本尊は、脇手2本を頭上に掲げて化仏を戴く、いわゆる清水寺式千手観音。脇侍も京都の清水寺のとおりである。深専寺(湯浅町)の『東大寺大仏殿曼荼羅』は、大仏殿の毘盧遮那仏と脇侍・四天王を描いたもの。このように、観念的な尊格ではなく、具体的にどこかの寺院にある諸像をそれと分かるように描いたものが目立ち、面白かった。
和歌山県博所蔵『弁才天十五童子像』は、波間に浮かぶ巨大な亀の背中に八臂の弁才天が立ち、十五童子と唐装の男女3人も書き添えられている。弁才天は童子のように柔和な顔立ちだが、よく見ると頭上に蛇体の宇賀神を載せている。暗い地色に金泥(?)で描かれた亀の顔が禍々しくて怖い。解説には、類例のない珍しい図像とあった。亀と弁才天、結びつきに無理はないのだが、図像としてはないのかなあ。気になる。
彫刻では、丹生川丹生神社(九度山町)の丹生明神坐像(江戸時代)が整った愛らしさで印象に残った。唐装の女神像である。近年発見されたもので、今年、 九度山町指定文化財になった。同神社の獅子・狛犬(室町時代)はゆるくて可愛い。特に吽形の狛犬の、鼻の下の長さと顎のしゃくれ具合。あと、道成寺に伝わる鉄瓦が、中国・北京郊外の鉄瓦寺(明代創建)のものだというのも興味深かった。
今回は小規模な企画展のため、企画展示室1室しか使っておらず、常設展示が継続中だった。私は何度か同館に行っているが、初めて常設展示を参観した。先史時代から近現代までをコンパクトにまとめており、参詣曼荼羅などの複製資料とデジタル資料が効果的に使われていた。展示室の一番奥で、那智の滝など、県内の自然の映像が流れているのもよいと思う。
また今回は、南海本線の和歌山市駅を利用したので、2020年6月にオープンした「キーノ和歌山」併設の和歌山市民図書館を軽く覗いてみた。いわゆるツタヤ図書館である。まあ街に書店がないよりはあったほうがいいよな、という感想。それから、博物館へ近道をしようと思って、和歌山城内を通り抜けてみた。いずれも行きがけの寄り道程度だったので、機会があれば、またゆっくり探訪してみたい。とりあえず今回は、見たかったものを見尽くして東京へ戻った。