■日本民藝館 特別展『文字の美-工芸的な文字の世界』(2015年1月10日~3月22日)
いつものように「2階からどうぞ」と言われて、大階段を上がる。私の好きな『開通褒斜道刻石(かいつうほうやどうこくせき)』の拓本が飾られているのをチラ見しながら。大展示室は文字だらけだ。仮名、梵字、スリップウェアやドイツ古版本のABCもあるけど、ほとんどは漢字。そして、表意文字である漢字は、工芸との相性がいいのかもしれないと感じる。
奥の壁には、さまざな拓本が掛けてあった。泰山金剛経の「大空合掌」が目に入る。意味が分かるようで分からない、でも何か浮き立つような心持ちが四文字から伝わってくる。『上尊号碑』(魏)の文字は、元気いっぱい気ままに飛び跳ねているようで可愛い。もっとも碑文の内容は、魏の曹丕が帝位につくよう、群臣たちが勧進をおこなった記録だというから、全く可愛くないのだけれど。『水牛山般若経』(北斉)は巨大な拓本。繰り返し現れる「観佛」の二文字にかすかな見覚えがあった。2011年の『日本民藝館名品展』で見たのだな。あのときは大階段の正面だったが、今回は特別室の正面の壁を飾っていた。
一般的な書道家の見方はよく分からないが、柳宗悦の好みなのだろう、古体で、確かに「工芸的」と呼びたい文字が多い。あとで売店で購入した『民藝』745号に柳宗悦の「書論」が再録されており、「書道の堕落は実に王羲之から発したのである」という激烈な一文を見つけて、笑ってしまった。もうひとつ、同誌の解説によれば、民藝館には『開通褒斜道刻石』の拓本が二種類あるというのは初耳。ここにメモしておこう。
今回の大展示室が、床上20センチくらいの平台を作って、立てて展示するのが常道の屏風や拓本を平置きに展示してあったのは面白かった。視界が遮られず、室内の見通しがきいて好ましい。朝鮮時代の八曲屏風(部分展示)には、版画天象図があしらわれていて、八卦図の中に天球儀みたいな図が混じっているのが面白かった。
■東洋文庫 企画展『もっと知りたい! イスラーム展』(2015年1月10日~4月12日)
これを見に行ったのは2月1日で、イスラム国を名乗る組織による日本人殺害が明らかになった当日だった。気が重かったが、なんとか足を運んだ。美術館内は、世界の空気とは無関係に落ち着いた雰囲気で、少しほっとした。印象に残ったのは、イスラム書道(中国・馬国鋒氏の作品)で、空海の学んだ飛白体を思い出す。古い写本のアラビア文字も美しかった。全然読めないけれど、筆画に優雅なリズムを感じる。そう言えば、日本民藝館の『文字の美』には、アラビア文字がなかったなあ、と思う。14世紀のコーラン写本には、ところどころに金色の梅花のマークが散っていて、読み方の区切りを表すのだそうだ。なんと繊細な美意識。
14世紀、イブン・バットゥータの『大旅行記』の移動距離に想像を誘われる。マフムード・カーシュガリーの『テュルク諸語集成』(1077年)の世界地図には「ジャーバルカー」という日本らしき地名が掲載されているという(読めないんだけど…)。文字と幾何学模様しかないのかと思ったら、意外と写実的な人物画など(女性図)などもあって、面白かった。
あと平常展(東洋文庫の名品)コーナーで『プチャーチン来航図』を興味深く眺める。なるほど、上垣外憲一『勝海舟と幕末外交』に出て来たあの一件か、と思って。
■日本橋三越本店 『岡田美術館所蔵 琳派名品展~知られざる名作初公開~』(2015年1月21日~2月2日)
2013年10月、箱根の小涌谷に開館した『岡田美術館』のコレクションを紹介する琳派展。どうせデパートの展示だから時間つぶしに、くらいに思って入ったら、すごかった。冒頭にいきなり、尾形光琳の『蕨図団扇』。わ、何これ?と思いながら中に進むと、無料入場者(三越なんとかカードを持っていると無料)でごった返す会場には、次々と名品が現れる。
長谷川派の『浮舟図屏風』は初めて見る。画面を斜めに横切る金色の舟の圧倒的な存在感。人物が小さすぎるのだが、SFのような面白さがある。『誰ケ袖屏風』は衣桁を囲む小道具(鳥籠、冊子本=なぜか論語、双六盤など)が面白い。『柳橋水車図屏風』は金の発色がよく、風になびく柳の枝が繊細。『伊年印 源氏物語図屏風』1双の右隻は、住吉大社の反橋が描かれていることから「澪標」と分かるが、左隻は難解。こんな巨大な橋(笑)を造る技術は、源氏の時代にないだろう、と思うが「橋姫」の宇治橋のつもりではないかと言う。写実的には完全におかしいのだけど、装飾工芸としては名品。びっくりしたのは鈴木守一『富士図屏風』。江戸末期~明治初期の作品だというが、あまりにもモダン。
すべての作品にコメントを書きたいがこのへんでやめておく。工芸(磁器、漆器)も、色やデザインが大胆・華やかで自由な発想の作品が多い。山本光一『夏草図硯箱』を見たことは、ここに記録として残しておこう。
岡田美術館は、実業家・岡田和生氏のコレクションを公開する私立美術館である。館長は小林忠先生。これは一度、箱根まで行ってみなくては。美術館正面に足湯もあるらしい。
※日経ビジネスDigital速報:「パチンコ王・岡田」の美術館を覗きにいった-箱根と美術界をも揺るがす巨大施設の全貌(2012/4/6日)
いつものように「2階からどうぞ」と言われて、大階段を上がる。私の好きな『開通褒斜道刻石(かいつうほうやどうこくせき)』の拓本が飾られているのをチラ見しながら。大展示室は文字だらけだ。仮名、梵字、スリップウェアやドイツ古版本のABCもあるけど、ほとんどは漢字。そして、表意文字である漢字は、工芸との相性がいいのかもしれないと感じる。
奥の壁には、さまざな拓本が掛けてあった。泰山金剛経の「大空合掌」が目に入る。意味が分かるようで分からない、でも何か浮き立つような心持ちが四文字から伝わってくる。『上尊号碑』(魏)の文字は、元気いっぱい気ままに飛び跳ねているようで可愛い。もっとも碑文の内容は、魏の曹丕が帝位につくよう、群臣たちが勧進をおこなった記録だというから、全く可愛くないのだけれど。『水牛山般若経』(北斉)は巨大な拓本。繰り返し現れる「観佛」の二文字にかすかな見覚えがあった。2011年の『日本民藝館名品展』で見たのだな。あのときは大階段の正面だったが、今回は特別室の正面の壁を飾っていた。
一般的な書道家の見方はよく分からないが、柳宗悦の好みなのだろう、古体で、確かに「工芸的」と呼びたい文字が多い。あとで売店で購入した『民藝』745号に柳宗悦の「書論」が再録されており、「書道の堕落は実に王羲之から発したのである」という激烈な一文を見つけて、笑ってしまった。もうひとつ、同誌の解説によれば、民藝館には『開通褒斜道刻石』の拓本が二種類あるというのは初耳。ここにメモしておこう。
今回の大展示室が、床上20センチくらいの平台を作って、立てて展示するのが常道の屏風や拓本を平置きに展示してあったのは面白かった。視界が遮られず、室内の見通しがきいて好ましい。朝鮮時代の八曲屏風(部分展示)には、版画天象図があしらわれていて、八卦図の中に天球儀みたいな図が混じっているのが面白かった。
■東洋文庫 企画展『もっと知りたい! イスラーム展』(2015年1月10日~4月12日)
これを見に行ったのは2月1日で、イスラム国を名乗る組織による日本人殺害が明らかになった当日だった。気が重かったが、なんとか足を運んだ。美術館内は、世界の空気とは無関係に落ち着いた雰囲気で、少しほっとした。印象に残ったのは、イスラム書道(中国・馬国鋒氏の作品)で、空海の学んだ飛白体を思い出す。古い写本のアラビア文字も美しかった。全然読めないけれど、筆画に優雅なリズムを感じる。そう言えば、日本民藝館の『文字の美』には、アラビア文字がなかったなあ、と思う。14世紀のコーラン写本には、ところどころに金色の梅花のマークが散っていて、読み方の区切りを表すのだそうだ。なんと繊細な美意識。
14世紀、イブン・バットゥータの『大旅行記』の移動距離に想像を誘われる。マフムード・カーシュガリーの『テュルク諸語集成』(1077年)の世界地図には「ジャーバルカー」という日本らしき地名が掲載されているという(読めないんだけど…)。文字と幾何学模様しかないのかと思ったら、意外と写実的な人物画など(女性図)などもあって、面白かった。
あと平常展(東洋文庫の名品)コーナーで『プチャーチン来航図』を興味深く眺める。なるほど、上垣外憲一『勝海舟と幕末外交』に出て来たあの一件か、と思って。
■日本橋三越本店 『岡田美術館所蔵 琳派名品展~知られざる名作初公開~』(2015年1月21日~2月2日)
2013年10月、箱根の小涌谷に開館した『岡田美術館』のコレクションを紹介する琳派展。どうせデパートの展示だから時間つぶしに、くらいに思って入ったら、すごかった。冒頭にいきなり、尾形光琳の『蕨図団扇』。わ、何これ?と思いながら中に進むと、無料入場者(三越なんとかカードを持っていると無料)でごった返す会場には、次々と名品が現れる。
長谷川派の『浮舟図屏風』は初めて見る。画面を斜めに横切る金色の舟の圧倒的な存在感。人物が小さすぎるのだが、SFのような面白さがある。『誰ケ袖屏風』は衣桁を囲む小道具(鳥籠、冊子本=なぜか論語、双六盤など)が面白い。『柳橋水車図屏風』は金の発色がよく、風になびく柳の枝が繊細。『伊年印 源氏物語図屏風』1双の右隻は、住吉大社の反橋が描かれていることから「澪標」と分かるが、左隻は難解。こんな巨大な橋(笑)を造る技術は、源氏の時代にないだろう、と思うが「橋姫」の宇治橋のつもりではないかと言う。写実的には完全におかしいのだけど、装飾工芸としては名品。びっくりしたのは鈴木守一『富士図屏風』。江戸末期~明治初期の作品だというが、あまりにもモダン。
すべての作品にコメントを書きたいがこのへんでやめておく。工芸(磁器、漆器)も、色やデザインが大胆・華やかで自由な発想の作品が多い。山本光一『夏草図硯箱』を見たことは、ここに記録として残しておこう。
岡田美術館は、実業家・岡田和生氏のコレクションを公開する私立美術館である。館長は小林忠先生。これは一度、箱根まで行ってみなくては。美術館正面に足湯もあるらしい。
※日経ビジネスDigital速報:「パチンコ王・岡田」の美術館を覗きにいった-箱根と美術界をも揺るがす巨大施設の全貌(2012/4/6日)