見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

2015年1月@東京:文字の美(日本民藝館)、イスラム展(東洋文庫)ほか

2015-02-05 22:51:20 | 行ったもの(美術館・見仏)
日本民藝館 特別展『文字の美-工芸的な文字の世界』(2015年1月10日~3月22日)

 いつものように「2階からどうぞ」と言われて、大階段を上がる。私の好きな『開通褒斜道刻石(かいつうほうやどうこくせき)』の拓本が飾られているのをチラ見しながら。大展示室は文字だらけだ。仮名、梵字、スリップウェアやドイツ古版本のABCもあるけど、ほとんどは漢字。そして、表意文字である漢字は、工芸との相性がいいのかもしれないと感じる。

 奥の壁には、さまざな拓本が掛けてあった。泰山金剛経の「大空合掌」が目に入る。意味が分かるようで分からない、でも何か浮き立つような心持ちが四文字から伝わってくる。『上尊号碑』(魏)の文字は、元気いっぱい気ままに飛び跳ねているようで可愛い。もっとも碑文の内容は、魏の曹丕が帝位につくよう、群臣たちが勧進をおこなった記録だというから、全く可愛くないのだけれど。『水牛山般若経』(北斉)は巨大な拓本。繰り返し現れる「観佛」の二文字にかすかな見覚えがあった。2011年の『日本民藝館名品展』で見たのだな。あのときは大階段の正面だったが、今回は特別室の正面の壁を飾っていた。

 一般的な書道家の見方はよく分からないが、柳宗悦の好みなのだろう、古体で、確かに「工芸的」と呼びたい文字が多い。あとで売店で購入した『民藝』745号に柳宗悦の「書論」が再録されており、「書道の堕落は実に王羲之から発したのである」という激烈な一文を見つけて、笑ってしまった。もうひとつ、同誌の解説によれば、民藝館には『開通褒斜道刻石』の拓本が二種類あるというのは初耳。ここにメモしておこう。

 今回の大展示室が、床上20センチくらいの平台を作って、立てて展示するのが常道の屏風や拓本を平置きに展示してあったのは面白かった。視界が遮られず、室内の見通しがきいて好ましい。朝鮮時代の八曲屏風(部分展示)には、版画天象図があしらわれていて、八卦図の中に天球儀みたいな図が混じっているのが面白かった。

東洋文庫 企画展『もっと知りたい! イスラーム展』(2015年1月10日~4月12日)

 これを見に行ったのは2月1日で、イスラム国を名乗る組織による日本人殺害が明らかになった当日だった。気が重かったが、なんとか足を運んだ。美術館内は、世界の空気とは無関係に落ち着いた雰囲気で、少しほっとした。印象に残ったのは、イスラム書道(中国・馬国鋒氏の作品)で、空海の学んだ飛白体を思い出す。古い写本のアラビア文字も美しかった。全然読めないけれど、筆画に優雅なリズムを感じる。そう言えば、日本民藝館の『文字の美』には、アラビア文字がなかったなあ、と思う。14世紀のコーラン写本には、ところどころに金色の梅花のマークが散っていて、読み方の区切りを表すのだそうだ。なんと繊細な美意識。

 14世紀、イブン・バットゥータの『大旅行記』の移動距離に想像を誘われる。マフムード・カーシュガリーの『テュルク諸語集成』(1077年)の世界地図には「ジャーバルカー」という日本らしき地名が掲載されているという(読めないんだけど…)。文字と幾何学模様しかないのかと思ったら、意外と写実的な人物画など(女性図)などもあって、面白かった。

 あと平常展(東洋文庫の名品)コーナーで『プチャーチン来航図』を興味深く眺める。なるほど、上垣外憲一『勝海舟と幕末外交』に出て来たあの一件か、と思って。

■日本橋三越本店 『岡田美術館所蔵 琳派名品展~知られざる名作初公開~』(2015年1月21日~2月2日)

 2013年10月、箱根の小涌谷に開館した『岡田美術館』のコレクションを紹介する琳派展。どうせデパートの展示だから時間つぶしに、くらいに思って入ったら、すごかった。冒頭にいきなり、尾形光琳の『蕨図団扇』。わ、何これ?と思いながら中に進むと、無料入場者(三越なんとかカードを持っていると無料)でごった返す会場には、次々と名品が現れる。

 長谷川派の『浮舟図屏風』は初めて見る。画面を斜めに横切る金色の舟の圧倒的な存在感。人物が小さすぎるのだが、SFのような面白さがある。『誰ケ袖屏風』は衣桁を囲む小道具(鳥籠、冊子本=なぜか論語、双六盤など)が面白い。『柳橋水車図屏風』は金の発色がよく、風になびく柳の枝が繊細。『伊年印 源氏物語図屏風』1双の右隻は、住吉大社の反橋が描かれていることから「澪標」と分かるが、左隻は難解。こんな巨大な橋(笑)を造る技術は、源氏の時代にないだろう、と思うが「橋姫」の宇治橋のつもりではないかと言う。写実的には完全におかしいのだけど、装飾工芸としては名品。びっくりしたのは鈴木守一『富士図屏風』。江戸末期~明治初期の作品だというが、あまりにもモダン。

 すべての作品にコメントを書きたいがこのへんでやめておく。工芸(磁器、漆器)も、色やデザインが大胆・華やかで自由な発想の作品が多い。山本光一『夏草図硯箱』を見たことは、ここに記録として残しておこう。

 岡田美術館は、実業家・岡田和生氏のコレクションを公開する私立美術館である。館長は小林忠先生。これは一度、箱根まで行ってみなくては。美術館正面に足湯もあるらしい。

※日経ビジネスDigital速報:「パチンコ王・岡田」の美術館を覗きにいった-箱根と美術界をも揺るがす巨大施設の全貌(2012/4/6日)
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2015年1月@東京:動物礼讃(根津美)、物語絵(出光)

2015-02-04 22:46:14 | 行ったもの(美術館・見仏)
根津美術館 特別展『動物礼讃:大英博物館から双羊尊がやってきた!』(2015年1月10日~2月22日)

 東博のあとは根津美術館へ。何だか動物モチーフを扱った絵画・工芸の展覧会らしい、ということしか把握していなかった。最初の展示室には、古代中国の青銅器がたくさん。おや珍しいと思ったら、どれも泉谷博古館の収蔵品だった。人気者の『虎卣(こゆう)』も来ていた。泉谷博古館のホームページのバナーの右端に載っている青銅器である。

 展覧会の呼び物は、根津美術館所蔵の『双羊尊』と大英博物館所蔵の『双羊尊』のご対面。基本的な造形は瓜二つ。根津美術館のほうが、おっとりと気弱そうな表情で、大英博物館のほうが、角の巻き上がり方が堂々としており、あご下にヒゲも見られる。これまで、同時代に殷王朝下(つまり河南省か)で作られたとみなされていたが、最近は、湖南省で、しかも異なる時代に作られたと考えられているそうだ。また、中国(秦~元)の銅鏡もたくさん出ていた。根津美術館のもので、村上英二氏寄贈のコレクションだというが、まとまって見た記憶がなくて、興味深かった。

 絵画は『十二因縁絵巻』が久しぶりに見られて嬉しかった。今回は妖艶な女性の姿の羅刹がいた。賢江祥啓筆『人馬図』2幅は、白い服の男性と黄色い馬(栗毛?)、水色の服の男性と薄墨色(葦毛?)の馬を描く。どちらも足元の白い「四白」。四白は凶馬の相である、と『新・平家物語』にあるそうだが、典拠はあるのかな。動物をかたどった香炉、香合、置物なども可愛かった。根津美術館、いろんなものを持っているなあ。油をねらうネズミを表した『鼠短檠(たんけい)』は、からくり式の灯明台。『桜下麝香猫図屏風』の前に置いてあるのが、ユーモラスで可愛かった。

 さて、展示室5では、伝・狩野山楽筆『百椿図』2巻を一挙公開中。さまざまな園芸種の椿を描いた百の図に、それぞれ賛(多くは漢詩。和歌もあり)がついている。最多の賛を寄せたのが林鵞峰。その父・林羅山や息子・林鳳岡の名前も見えて、昨年読んだ『江戸幕府と儒学者』を思い出し、急に興味が湧いてしまった。北村季吟や松永貞徳などの和学者と仲良く共演しているんだな。椿の飾り方百態も見どころなのだが、ふつうの花瓶や桶だけでなく、冊子本に挟んだり、風呂敷に包んだり、聖護院大根に刺したものまであって、発想の自由さに笑った。

出光美術館 『物語絵-〈ことば〉と〈かたち〉』(2015年1月10日~2月15日)

 屏風、絵巻、色紙など、形態は違えど、古物語に基づいて制作された絵画作品を集めたコレクション展。こういう展覧会を見ると、自分が日本文学を専攻して、ひととおりの古物語の粗筋を知っていてよかったと思う。源氏絵を見ても、どの巻のどの場面であるか、絵の中の人物関係を含めて、まあ八割方は分かる。分かるだけに、江戸時代の岩佐勝友の『源氏物語図屏風』では、男女の距離が近過ぎたり、男たちが荒くれっぽくて笑ってしまう。須磨の巻には虎の皮の腰巻の雷神がいるし、柏木には山伏みたいのがいた。

 『西行物語絵巻』はいいなあ。宗達の真筆の中で、唯一年紀が明らかな作品だというが、あまり宗達らしさを感じない。絵画表現の個性を抑えて、物語世界に寄り添った作品なのかもしれない。逆に物語が遠景に引いて、純粋絵画作品として好きなのは、光琳の『伊勢物語 禊図屏風』である。
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神々は変幻自在/すぐわかる日本の神像(三橋健)

2015-02-03 22:25:18 | 読んだもの(書籍)
○三橋健『すぐわかる日本の神像:あらわれた神々のすがたを読み解く』 東京美術 2012.9

 東京国立博物館のミュージアムショップで購入。特別展『みちのくの仏像』を見に行って、青森・恵光院の女神坐像がとても印象的だったので、帰りに通りかかった美術書コーナーで、本書を見つけて、パラパラめくってみた。そうしたら、ちゃんと写真が載っていた(54頁)ので、思わず買ってしまった。「最古期の木彫像から近世・近代の御影まで150点を超える神像を収録」という。

 私は、仏像を見ることの楽しさに目覚めたのは早いが、神像(彫刻)に関心を抱くようになったのは遅い。だいたい、仏像に比べると神像は「秘匿」されていることが多くて、神社でも展覧会でも、書籍や写真集でも、実際に接する機会が非常に少ない。2013年の『大神社展』は、実に画期的な試みだったと思う。

 本書には、私の乏しい見聞の範囲であるが、大好きな神像の写真がたくさん載っていて嬉しかった。京都・松尾大社の男神坐像は怖いなあ。冷ややかな霊威が漂っている。対になる女神坐像も立派な押し出しで威厳にあふれているが、円満な包容力も感じさせる。最古級だという島根・青木遺跡出土の男神坐像は、手のひらに収まるほどの小ささ。きわめて簡素な彫りで、厳めしさを表現する。『大神社展』で出会った、小浜・若狭彦神社の愛らしい男神・女神像は、人間の理想像を写実的に表していて、むつまじい若夫婦のようにも思われる。

 本書は、日本の伝統に従って「神仏」の区別を曖昧におく。そのため「仏像」の範疇で紹介されることの多い彫像も、多数紹介されている。そもそも「仏」は「蕃神」「客神」「他国神」と呼ばれたわけだし、古い仏像は「神性」を宿している。長谷寺の十一面観音像とか新薬師寺の薬師如来坐像とか。奈良・融念寺の地蔵菩薩像は、どこかで見たと思ったら、2006年の『仏像 一木(いちぼく)にこめられた祈り』展に出ているんだな。そして当時、雑誌『芸術新潮』の表紙も飾ったようだ。「奈良を中心とする古代寺院に安置されている比丘形菩薩像のなかには神像と思われるものが少なくない」という解説に深く同意する、

 女神像には、ときどき不思議なポーズのものがある。奈良・玉龍寺の女神像は、片膝を立て、裾から足の指が見えている。右手は膝の上。左手は袖で覆い、顔の下半分を隠して、両目だけを見せている。これ、写真には記憶があるのだが、実物は見ていないかなあ…。神奈川・箱根神社の女神立像は、羽織った袿(うちぎ)の袖を頭上にかざし、「いや~まいった」と頭を掻いているようなポーズ。面白いなあ。

 神仏の習合、体系化(春日社寺曼荼羅、山王二十一社、熊野十二所など)の説明も図像が豊富で分かりやすかった。童女の姿をした雨宝童子は天照大神なのか。しかも大比叡明神の名前も持つ。老翁と女神のダブルイメージを持つ稲荷明神。由来不明の謎の神・荒神など、実は、時代が新しくなるほど、神々の機能分化が進み、正体不明の神格が増えてくる感じがする。

 正直、清浄、慈悲をあらわす天照大神、八幡大菩薩、春日大明神の「三社託宣」は(鎌倉時代に現れたという説もあるが)庶民に広まったのは江戸時代からだそうだ。知らなかったので書いておこう。春日大明神が「赤童子」だったり、鹿に乗る老翁だったり、変幻するのも面白い。

 まだ見たことのない(たぶん)神像で、見たいと激しく思ったのは、上述の奈良・玉龍寺の女神像と山梨・美和神社の男神立像(伝・大物主命)。あと小品だけど、富山・武部神社の片膝を立てた「動の男神」と「静の女神」。いつか会える日を信じて待つ。
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幾代久しき/みちのくの仏像(東京国立博物館)+常設展など

2015-02-02 22:07:52 | 行ったもの(美術館・見仏)
東京国立博物館 本館・特別5室 特別展『みちのくの仏像』(2015年1月14日~4月5日)

 週末、暴風雪の合間をくぐりぬけるように東京に行って、戻ってきた。最重要のお目当てはこの展覧会。東北地方の各県から19件の仏像・神像がおいでになっている。冒頭には、岩手・天台寺の温容な聖観音菩薩立像。いわゆる鉈彫り仏。ただし、なめらかな木肌と鉈彫りの縞模様を巧みに使い分けている。天台寺の別の如来立像は、あまりにも簡素な、すっぽり肉体を覆った着衣の表現が特徴的。身体の中央に入ったS字型の割れ目に幻惑されるため、腰をひねって踊っているようにも見える。

 宮城・双林寺の薬師如来坐像は、彫りの深い顔立ち、ひきしまった腰が、どことなく異国的。東日本大震災では、余震の際に、脇侍の天王像が主尊に倒れかかり、両像とも破損したが、2年かけて修復されたとのこと。よかった。何しろ、本展に出陳されている仏像を見ると古いので驚く。前半はどれも平安仏。この薬師如来などは9世紀の作である。ええと、小野篁とか在原業平の時代! 畿内にだって、滅多にある時代の仏像ではない。というか、むしろ京都の周辺では、相次ぐ戦乱で焼けてしまったものが多いのでないか。

 福島・勝常寺の薬師如来坐像と両脇侍立像も9世紀作だ。厚い胸板、太い首、充実した頬。額が狭く、小さめの唇をへの字に曲げている。全体に均等に盛り上がった螺髪。災害や疫病に対して全く無力だった当時の庶民のことを考えると、こういう圧倒的な肉体への畏敬の念は理解できる。薬師如来って、しょせん現世利益だよね、と軽視していた時期もあったけれど、だいぶ考えをあらためた。年を経て、板彫りの「本性」があらわになりつつある光背も見どころ。

 岩手・黒石寺の薬師如来坐像も、また別タイプの堂々とした造形である。あまり人間性を感じさせない造形は、神像に近いのかもしれない。この像の内刳りには「貞観四年」(862)の墨書がある。まず単純に古いことに驚くが、貞観11年(869)に東北を襲った「貞観地震」を体験しているという解説を読んで呆然とした。2011年の東日本大震災では、もう少しで台座から落ちるところだったそうだ。「千年に一度」の大地震を二度くぐりぬけたという奇跡に、手を合わせたくなった。

 小ぶりな岩手・毛越寺の訶梨帝母坐像、青森・恵光院の女神坐像はたぶん初見。垂髪のずんぐり幅広の女神坐像は、最近の調査で見つかったものだという。興味深かった。山形・慈恩寺からは、十二神将立像のうち4体(丑・寅・卯・酉)が来臨。ちょっと次元の違うカッコよさ。「これはイケメンだな~」という観客の声も聞かれた。半裸体の細マッチョな卯神は、頭上の球形のウサギとのギャップに萌える。円空仏も3体来ていたが、ノミ跡の荒々しい後期の作品と異なり、繊細で丁寧な仕上げであるのが面白いと思った。

 このほか、心に残ったのは、特別2室・特別4室の特別展『3.11大津波と文化財の再生』(2015年1月14日~2015年3月15日)。 被害日本大震災における被災文化財と、その補修・復元成果を紹介する。あとは『綱絵巻』(室町時代)や伝・狩野元信筆『商山四皓竹林七賢図屏風』を楽しむ。蕪村も池大雅も玉堂もよいなあ。

 東洋館(アジアギャラリー)では、いつものように 8室(中国の絵画)に直行し、清代絵画を中心とする『倣古と模作』(2015年1月27日~2月22日)を楽しむ。有名絵画の模倣と言えば「蘇州片」しか知らなかったが、明清文人画の模倣に優れた「河南造」、宮廷絵画の倣古に優れた「後門造」(北京・紫禁城の後門地区)などのテクニカルタームを新たに覚えた。
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