文化祭が終わって練習をしました。きちんと区切りをつけなければいけません。ダラダラ「イベント」の雰囲気を引っ張って練習に集中できないようでは、これから先の伸びはありませんから。
練習に入る前に選手に簡単に話をしました。文化祭では「遊び」の部分が多かった。一般生徒と一緒に過ごす時間も多かったはずです。そのレベルに日常生活を合わせていくと絶対に強くはなれない。数年前、マイルで「県の表彰台」を目標にしていたときがありました。文化祭の前の水曜日に追い込み練習をして、その時に自分達の口で「県で表彰台に上る」と宣言していました。・・・が、文化祭終了後「身体を動かすように」と指示を出しておいたにも関わらず、「1年生がやらないから」という理由でクラスの打ち上げに参加。週が明けて練習前に「しばらく休みます」というメール。結局辞めてしまいました。よくある話かもしれませんがさすがに頭に来ましたね。私が練習を「やらせていた」のだと思います。この辺りからやりたくない者にやらせるのは無意味だと強く感じました。去る者は去れ。
だからこそ、練習前にもう一度確認をしました。遊びたいと思う者はそれでも構わない。部活を辞めてそれなりの生活をしなさい、と。キツイ言い方かもしれませんがそれくらいの「想い」がなければこの先絶対に「先生にやらされている」という気持ちが出てきてしまい、逃げることになると思いました。だったら最初からやる必要なし。お互いのためですから。
練習はタイヤ。1週間に1度は必ず入れています。非常に大事な練習だと位置づけています。加速段階の動き、中間の動き、後半の動き、それぞれを意識させながら練習に取り組みました。私自身余裕があったので動きを様々な角度から見ました。色々と修正する部分があります。つきっきりで何度も教えるのではなく、一度ポイントを意識させてからしばらく見ます。それで動き的に変わってくれば問題なし。変わらなければ別の「手段」を使って意識させなければいけません。指導者の「引き出し」を増やす努力が必要になります。昔みたいにガツガツやらなくなった気がします。それくらいでないと選手の「意識」は高くならない。そう感じています。「強くなりたい」のは選手自身でなければいけない。必要があれば自分から指導を受けに来ればいい。与えられるだけでは強くなる可能性は低いですからね。自ら聞きに来る姿勢をうちの選手は身につけなければいけないと思います。与えられるのは「当たり前」ではない。
全体的に動きに変化が見られるようになりました。タイヤを引っ張った後のスピードレベルを見ると非常に面白いですね。競争ではありませんが、タイヤで良い動きが出来る者はきちんと走れます。ポイントがずれてしまう者は走れません。顕著ですね。現時点で走る方はまずまずかなと感じています。きちんと身体作りを続けていけば動きも保てるようになると思います。
別メニュー組は自分達でやっていました。補強だけ見に行きましたが、壮絶でしたね。1人は泣きながらやっていました・・・。指導者が追い込まなくてもきちんと自分で出来るようになっています。涙・・・。泣くから強くなるわけではないと思います。苦しいから泣くのでは未来はない。一時的な感情で終わります。「動かそうとしてそれでも動かないから悔しくて・・・」と言っていました。自らの意思で強くなろうとしています。大事なことです。この子が飛躍的に強くならなければうちは戦えません。それは本人も自覚しています。これくらいの気持ちを持つ選手でなければこれから先戦うことは出来ないと思います。あと2週間は走らせません。どちらが強くなるのかは分かりませんが、走れる者はもっと高い意識でやらなければ置いて行かれてしまうのではないかという感じを受けています。
来週からはテスト週間に入ります。基本的な練習と走練習。これを繰り返します。長時間の練習は出来ませんが(それでもやってますが)、時間が取れないからこそ1つ1つを大事にしていく必要があると思います。ここで「差」がつく。文化祭翌日、友達と遊ぶ約束をしている可能性もありますが、しっかりと勉強するように指示を出しました。これも本人達がどれだけ「自覚」があるかです。考えて取り組んで欲しいですね。
練習に入る前に選手に簡単に話をしました。文化祭では「遊び」の部分が多かった。一般生徒と一緒に過ごす時間も多かったはずです。そのレベルに日常生活を合わせていくと絶対に強くはなれない。数年前、マイルで「県の表彰台」を目標にしていたときがありました。文化祭の前の水曜日に追い込み練習をして、その時に自分達の口で「県で表彰台に上る」と宣言していました。・・・が、文化祭終了後「身体を動かすように」と指示を出しておいたにも関わらず、「1年生がやらないから」という理由でクラスの打ち上げに参加。週が明けて練習前に「しばらく休みます」というメール。結局辞めてしまいました。よくある話かもしれませんがさすがに頭に来ましたね。私が練習を「やらせていた」のだと思います。この辺りからやりたくない者にやらせるのは無意味だと強く感じました。去る者は去れ。
だからこそ、練習前にもう一度確認をしました。遊びたいと思う者はそれでも構わない。部活を辞めてそれなりの生活をしなさい、と。キツイ言い方かもしれませんがそれくらいの「想い」がなければこの先絶対に「先生にやらされている」という気持ちが出てきてしまい、逃げることになると思いました。だったら最初からやる必要なし。お互いのためですから。
練習はタイヤ。1週間に1度は必ず入れています。非常に大事な練習だと位置づけています。加速段階の動き、中間の動き、後半の動き、それぞれを意識させながら練習に取り組みました。私自身余裕があったので動きを様々な角度から見ました。色々と修正する部分があります。つきっきりで何度も教えるのではなく、一度ポイントを意識させてからしばらく見ます。それで動き的に変わってくれば問題なし。変わらなければ別の「手段」を使って意識させなければいけません。指導者の「引き出し」を増やす努力が必要になります。昔みたいにガツガツやらなくなった気がします。それくらいでないと選手の「意識」は高くならない。そう感じています。「強くなりたい」のは選手自身でなければいけない。必要があれば自分から指導を受けに来ればいい。与えられるだけでは強くなる可能性は低いですからね。自ら聞きに来る姿勢をうちの選手は身につけなければいけないと思います。与えられるのは「当たり前」ではない。
全体的に動きに変化が見られるようになりました。タイヤを引っ張った後のスピードレベルを見ると非常に面白いですね。競争ではありませんが、タイヤで良い動きが出来る者はきちんと走れます。ポイントがずれてしまう者は走れません。顕著ですね。現時点で走る方はまずまずかなと感じています。きちんと身体作りを続けていけば動きも保てるようになると思います。
別メニュー組は自分達でやっていました。補強だけ見に行きましたが、壮絶でしたね。1人は泣きながらやっていました・・・。指導者が追い込まなくてもきちんと自分で出来るようになっています。涙・・・。泣くから強くなるわけではないと思います。苦しいから泣くのでは未来はない。一時的な感情で終わります。「動かそうとしてそれでも動かないから悔しくて・・・」と言っていました。自らの意思で強くなろうとしています。大事なことです。この子が飛躍的に強くならなければうちは戦えません。それは本人も自覚しています。これくらいの気持ちを持つ選手でなければこれから先戦うことは出来ないと思います。あと2週間は走らせません。どちらが強くなるのかは分かりませんが、走れる者はもっと高い意識でやらなければ置いて行かれてしまうのではないかという感じを受けています。
来週からはテスト週間に入ります。基本的な練習と走練習。これを繰り返します。長時間の練習は出来ませんが(それでもやってますが)、時間が取れないからこそ1つ1つを大事にしていく必要があると思います。ここで「差」がつく。文化祭翌日、友達と遊ぶ約束をしている可能性もありますが、しっかりと勉強するように指示を出しました。これも本人達がどれだけ「自覚」があるかです。考えて取り組んで欲しいですね。