kanekoの陸上日記

毎日更新予定の陸上日記です。陸上競技の指導で感じたことやkanekoが考えていることなどをひたすら書きます。

文化祭後の練習

2008-11-23 | 陸上競技
文化祭が終わって練習をしました。きちんと区切りをつけなければいけません。ダラダラ「イベント」の雰囲気を引っ張って練習に集中できないようでは、これから先の伸びはありませんから。

練習に入る前に選手に簡単に話をしました。文化祭では「遊び」の部分が多かった。一般生徒と一緒に過ごす時間も多かったはずです。そのレベルに日常生活を合わせていくと絶対に強くはなれない。数年前、マイルで「県の表彰台」を目標にしていたときがありました。文化祭の前の水曜日に追い込み練習をして、その時に自分達の口で「県で表彰台に上る」と宣言していました。・・・が、文化祭終了後「身体を動かすように」と指示を出しておいたにも関わらず、「1年生がやらないから」という理由でクラスの打ち上げに参加。週が明けて練習前に「しばらく休みます」というメール。結局辞めてしまいました。よくある話かもしれませんがさすがに頭に来ましたね。私が練習を「やらせていた」のだと思います。この辺りからやりたくない者にやらせるのは無意味だと強く感じました。去る者は去れ。
だからこそ、練習前にもう一度確認をしました。遊びたいと思う者はそれでも構わない。部活を辞めてそれなりの生活をしなさい、と。キツイ言い方かもしれませんがそれくらいの「想い」がなければこの先絶対に「先生にやらされている」という気持ちが出てきてしまい、逃げることになると思いました。だったら最初からやる必要なし。お互いのためですから。

練習はタイヤ。1週間に1度は必ず入れています。非常に大事な練習だと位置づけています。加速段階の動き、中間の動き、後半の動き、それぞれを意識させながら練習に取り組みました。私自身余裕があったので動きを様々な角度から見ました。色々と修正する部分があります。つきっきりで何度も教えるのではなく、一度ポイントを意識させてからしばらく見ます。それで動き的に変わってくれば問題なし。変わらなければ別の「手段」を使って意識させなければいけません。指導者の「引き出し」を増やす努力が必要になります。昔みたいにガツガツやらなくなった気がします。それくらいでないと選手の「意識」は高くならない。そう感じています。「強くなりたい」のは選手自身でなければいけない。必要があれば自分から指導を受けに来ればいい。与えられるだけでは強くなる可能性は低いですからね。自ら聞きに来る姿勢をうちの選手は身につけなければいけないと思います。与えられるのは「当たり前」ではない。

全体的に動きに変化が見られるようになりました。タイヤを引っ張った後のスピードレベルを見ると非常に面白いですね。競争ではありませんが、タイヤで良い動きが出来る者はきちんと走れます。ポイントがずれてしまう者は走れません。顕著ですね。現時点で走る方はまずまずかなと感じています。きちんと身体作りを続けていけば動きも保てるようになると思います。

別メニュー組は自分達でやっていました。補強だけ見に行きましたが、壮絶でしたね。1人は泣きながらやっていました・・・。指導者が追い込まなくてもきちんと自分で出来るようになっています。涙・・・。泣くから強くなるわけではないと思います。苦しいから泣くのでは未来はない。一時的な感情で終わります。「動かそうとしてそれでも動かないから悔しくて・・・」と言っていました。自らの意思で強くなろうとしています。大事なことです。この子が飛躍的に強くならなければうちは戦えません。それは本人も自覚しています。これくらいの気持ちを持つ選手でなければこれから先戦うことは出来ないと思います。あと2週間は走らせません。どちらが強くなるのかは分かりませんが、走れる者はもっと高い意識でやらなければ置いて行かれてしまうのではないかという感じを受けています。

来週からはテスト週間に入ります。基本的な練習と走練習。これを繰り返します。長時間の練習は出来ませんが(それでもやってますが)、時間が取れないからこそ1つ1つを大事にしていく必要があると思います。ここで「差」がつく。文化祭翌日、友達と遊ぶ約束をしている可能性もありますが、しっかりと勉強するように指示を出しました。これも本人達がどれだけ「自覚」があるかです。考えて取り組んで欲しいですね。
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一生懸命にやることの意味

2008-11-23 | 陸上競技
文化祭でした。今担任をしているクラスは女子クラスです。他の担任よりはこの子達に話す機会も多いと思います。単純に良い悪いを伝えるのではなく、どういう風に生活すると「意味」が見えてくるかについてもかなり話します。全員に伝わっているとは思いませんが、それでもかなり話します。基本的に話が好きだというのもあるのですが(笑)。

クラス展示、他のクラスは残念ながら2時間もあれば十分出来るレベルの準備でした。写真を貼ったりしていましたが本当にみんなでやる文化祭レベルではないと思います。これなら前日だけの準備でも十分です。今回はうちの子達が「風船で何かを作りたい」というのでひたすら作りました。全員とまではいきませんでしたが(時間の関係上)、かなり多くの子が遅くまで残って取り組んでいました。前日残ってやっていたのはうちのクラスだけ。その中でワイワイ言いながらやっていました。こういう時間というのは大事だと思います。別に担任が主導権を握ってあれをやれこれをやれという必要は全くない。サポートするだけで十分だと思います。教育の主体は「生徒」ですから。陸上競技も主体は「選手」で、指導者はあくまで裏方だと思います。勘違いしてしまう人もいますが・・・。

とにかく生徒には「やるからには一生懸命にやれ」と話しています。徹底的にやる。今回は早い段階からパーカーを作りました。女クラですからこういうのは大事な要素です。一体感というか「仲間意識」が芽生えますからね。これは私が作りたかったというのも大きい(笑)。今年はきちんと作ろうと話したらあっという間に生徒がデザインを考えてくれました。非常に可愛らしい柄で大好評。これに対してもあーだこーだ言う人もいますが、「イベント」として考えていますから私は全く問題ないと考えています。

この子達にとって高校生活の文化祭は3回しかありません。はっきりいって楽しまないと損。準備なども適当にやって周りが何かするのに乗っかって楽しむというのでは記憶には残りません。一生懸命に取り組んでそれで初めてクラスとしての一体感が出てきます。学校での活動主体は基本、クラスです。そこがどれだけ大事か。こういう場面でお互いの良いところ、悪いところに気づくのです。そうやって人間関係を作っていく。これも勉強です。適当にやっていたらそういうことにも気づけません。全く無意味です。中途半端にやるならやらない方が良いと私は思っています。何も得るモノがないのだから・・・。

クラスの子達、非常にいい顔をしていました。展示企画の部では「最優秀賞」をもらいました。そのために使った労力と時間は間違いなくうちが一番ですから。たった数時間のためにその倍以上の時間を使って準備する。「どうせ壊すんだから」という考え方を持っていたのではこういう行事の意味はありません。やるんだったら徹底的にやる方が良い。これは部活動なんかにも当てはまりますね。100m選手は10数秒のために1年間練習する。自分が何時間もかけて努力をして取り組んだということに意味がある。全く同じです。嬉しくて涙を流している子もいました。それだけ「心」が動いたのです。

「一生懸命になる」ということで様々なことが学べます。伝える対象が「選手」「生徒」と違う。そうなると「方法論」も違ってくる。目指す場所は同じです。「心」を動かすこと。何かに取り組む中で学ぶことです。「選手」と「生徒」に同じ方法で伝えることは出来ません。競技に興味がない「生徒」にひたすら走らせることでは何も伝わりませんからね。「伝えたいモノ」があるかどうかというのは今の仕事にとって非常に大事だと思います。「頭が良い」=「記憶力が良い」というのが今の評価です。はっきりいって無意味だと思いますね。勉強が出来るから人間的に優れているというのは決してイコールではない。もちろん、勉強はさせますがこれも「手段」の一つです。全てはつながっていますから。「勉強」が出来れば人間性は問わないというのは「教育」ではないですから。

自分のクラスにとって非常に意味のある文化祭だったと思います。良い時間を過ごせました。
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