kanekoの陸上日記

毎日更新予定の陸上日記です。陸上競技の指導で感じたことやkanekoが考えていることなどをひたすら書きます。

修学旅行最終日

2011-12-15 | 陸上競技
月曜日、修学旅行の最終日でした。前日から体調不良者が出ていてその対応に追われました。また、貧血で転倒してしまった生徒もいたのでその対応にも。頭を打って出血していたためこの日の予定を取りやめて病院へ。体調不良が2人いたので3人は別行動。別の引率の先生にお願いして付き添ってもらいました。私はクラスの生徒と一緒に行動。非常に心苦しいですが、他の生徒を放置しておくわけにはいきません。絶えず電話連絡を取りながら対応していきました。

この日は首里城を見に行くだけでした。前回のインターハイの時に唯一出かけたのがホテルから近かった首里城。このときは改修工事中で全く見ることができませんでした。今回は少しだけですが写真も撮ることができました。この風景を見ていて1年前のインターハイのことを思い出しました。私にとって初めてのインターハイ。なんとか戦える状況まで持っていこうと選手と悪戦苦闘しながら迎えました。私にとっては「思い出の地」ともいえます。感傷に浸っておきたい気持ちもありましたが、とにかく別行動をしている生徒の様子が気になって仕方ありませんでした。熱はなかなか下がりませんでしたがなんとか歩けるくらいまでは回復(?)。空港で合流することになりました。

バスガイドさんが最後のバスで色々と話をしてくださいました。最後に歌を歌ってくれました。一致団結してという意味のある歌だということです。何かを感じ取ることができる時間になったのではないかと思いますね。学級委員長からお礼の挨拶をしてお別れすることになりました。仕事とはいえ我々のために様々なことを話してくれました。「伝えたいこと」「感じてもらいたいこと」が強くあるからこそここまで話ができるのだと思います。本当に感謝です。

空港に着くと「飛行機の離発着が遅れている」という話でした。確かに天候は少し悪いですがそこまでのことではないだろうという思っていました。なんと、機械の故障のためにその修理で1時間遅れということでした。うーん、どれだけの確率かって話です。最後の最後までこんな感じです。そういえば厄除けは売っていなかったの「シーサー」の置物を購入しました。なぜかうちのクラスだけ体調不良や怪我がでたので教室にシーサーを置いて魔除けをすることにしました。これで少しでも改善されればという想いです。この待機時間にもう数人体調が悪くなってしまい散々な状態となりました。おいおいって感じです。

福岡空港に着いてから学校までにトイレ休憩だけで3か所寄りました。もちろん、うちのクラスのバスだけ。これも仕方ないかなという感じですね。最後にバスの中で私が感じたこと、これからどうしていきたいかを素直に生徒に話しました。これに関してもまた別に書きたいと思います。簡単に書くレベルではないので。

数日間、かなり精神的に疲れました。これ以外にも多々あるのですが書けません。大きな問題は全くなかったのですが、「?」と思うようなことがいくつもあったので。これはこれで今後の反省としたいと思います。あっという間だったような、長かったような修学旅行でした。身体的には非常に健康生活。これで週末の合宿は大丈夫かな?と自分では思っています。どうなるかは分かりませんが、ひとまず終わりました。記録程度に書いておきます。
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修学旅行3日目~考えさせられる~

2011-12-15 | 陸上競技
日曜日、修学旅行3日目でした。この日の午前中は「平和学習」ということでひめゆりの塔に行くことになっていました。情けないことですが私自身、ある程度の知識しか持っておらず行きのガイドさんの話をひたすら聞いていました。高校生にとってこの「平和学習」とはどのような意味を持つのか?「悲惨さ」だけが伝わるのではダメだと思います。その背景にあるもの、その後の苦しみなどもしっかりと把握できるかどうかというのがこの部分の狙いになってくるはずです。沖縄への修学旅行、通常の観光中心の修学旅行とは趣が異なります。それを私自身ももっと理解しておかなければいけなかったと思います。本当に情けない話です。

ひめゆりの塔では語り部さんの話を聞くことになっていました。それまでに資料館を見て回ったのですがかなりの衝撃でした。事実は知っていました。しかし、「知っている」というだけでそのことについて真剣に考えていない自分がいた。このひめゆりの塔に来ることの意味をもっともっと感じ取らないといけなかったと思います。私が担任をしているクラスは9割が女子です。この子たちと同年代の「ひめゆり学徒隊」に起きた出来事、もっともっと事前学習をさせておかなければいけなかったと思います。資料を見て「悲惨だ」と思うだけでは本当の意味はありません。自分たちと同じ年代の女学生がどのような想いで何を感じながら3か月を過ごしたのか?ここは言葉では言い表せられない部分です。語り部さんの話を聞きながら「教育」というものの「大切さ」と「怖さ」を痛感させられました。子供たちの大事な時間を預かる我々の仕事は「授業内容を教える」だけでは意味がない。検定に受かろうが大学に受かろうが「本当に大切なもの」を教えることができないのであれば今の仕事には就いてはいけないのではないかと強く感じました。

今の子供たちに「戦争時の苦しみを味わえ」と言っているわけではありません。当時の人は今では考えられないような感情を抱えて生きていた、亡くなっていった。だからみんなも我慢しないといけないといったところで子供たちには何も伝わりません。自分の生活とは直結しないからです。過去にあった事実を知ること。自分の考えで軽はずみな発言をすることで、様々な人が傷つくということを知らないといけないと思います。「自分」が思ったから素直に言えばいいというのは間違いです。小さい子であれば「あれは何?」と聞くことがあるかもしれません。相手のことを思いやる気持ち、相手の立場を考える心というのを持たなければいけません。過去は変わりません。同じ苦しみを味わうことで何かを生み出すことはないのです。しかし、過去にあった事実を踏まえ自分たちの行動を見直すことはできるはずです。

クラスの生徒の何人かは「語り部さんの話を聞いていて涙が出た」と言っていました。あまりにも淡々と話をされるので、逆にその悲惨さがすごいことだったというのが「心」に響きました。一生忘れられないことだと思います。我々の仕事はこのことを「一時的なもの」で終わらせるのではなく、これをきっかけにして「心」を動かしていくことが大事だと強く感じました。

上手く言葉にできません。前回のインターハイでの沖縄とは全く違うものでした。前回は競技場と宿所の往復だけでした。レースに出るために行っているのですからそれはそれで良いことだと思います。しかし、あの時に感じた「違和感」というのをきちんと考えておかないといけませんでした。多くのことを感じました。クラスの子供たちが何を感じてくれたでしょうか?ひめゆりの塔に行く前には「自分で感じ取ってほしい」とだけ話しました。それ以後は詳しく聞いていません。10人いれば10人が「何か」を感じてくれればいい。それが大事なことだと思います。

本当に考えさせられる時間でした。私の人生にとっても大きな影響を与える可能性がある出来事だったと感じています。上手く言葉にできないもどかしさがあります。きっといつかまとめます。お許しを。
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