kanekoの陸上日記

毎日更新予定の陸上日記です。陸上競技の指導で感じたことやkanekoが考えていることなどをひたすら書きます。

走り込み

2016-05-05 | 陸上競技
水曜日、この日は走り込みとしました。前日にかなりの負荷をかけています。通常考えたら「走るのは無理」だと思います。前日のトレーニング負荷はかなり高かったですからね。分かっていますが「3日間高い負荷をかける」という話はしています。あれだけ話をしていたので身体のケアに関してはやっているはずです。だからと言って「筋肉痛が劇的に治る」ということは考えられません。それでも多少なりと改善されるのであれば随分違うはずです。

あまりにも股関節周辺や大臀筋に筋肉痛がきている様子でした。あえて更に負荷をかける(笑)。筋肉が温まるとそれだけでも随分痛みが緩和されるはずです。「筋肉痛は動けば治る」というのは嘘です(笑)。物理的に筋繊維が切れているのですから治るはずはありません。温まれば緩和されるというレベルの話です。

動的柔軟をしてからその場でのハードル股関節。さらにはリズムハードルまで。筋力がない女子ほどキツかったと思います。速い動きをするのも辛いと思います。逆に痛みがあるということは動かしたいところに意識をもっていきやすくなります。モノは考えようです。弱い部分が強くなるために筋肉痛が来ているのです。まー酷い者は少し動かしただけで痛みがあるようでした。単純に「筋力低下」があるんだなと分かりますね。

そこからは普段のドリルをやりました。痛みがあるからこそ丁寧にやるという感じでしょうか。意識して身につける。練習中に「筋肉痛で出来ない」という発言を誰もしませんでしたね。こちらから「どうなのか?」と聞いて初めて答えるという感じでしょうか。まー言っても仕方ないという感覚になっているのかもしれません(笑)。強力なプレッシャーをかけているわけはありません。悪しからず。

この日の前半はスピード練習。ドリルをやってから「マーク5歩」を2セットくらいやりました。最初3本やってからマークの距離が遠い感じがしたので少し修正してから数本。見ていて動きが緩慢になるようなら修正が必要だと思います。これは感覚なのだと思います。棒高跳びの練習もこうやってずっと見ていたら私でも課題が分かるようになるのか?自信はありませんが今後のことを考えるとやるしかないなという感じですね。

そこから並走。これは直線で。さらには「30&60」を2本ずつ。短い距離を中心にしっかりとスピードを出すようにしました。バトンパスの練習に加えて加速と中間の維持。ショートスプリントに必要な要素を詰め込んでいます。こういう練習は「内容の理解」が大切だと思っています。目的意識を持った練習になれば本数が多くなくても対応できると思います。高校生ではそこまでは求めにくいのである程度の本数を消化する中で身につけていくのがベストではないかと考えています。キツイでしょうが総体などで何本も走るための練習にもなります。

かなり走ってから短短と短長に分けて練習開始。短長は3人(笑)キツイと思いますが「400mのための練習」をしました。今年は男子の400選手が入学してくれました。本当はマイルに重きを置いてやってみたいのですが今の段階ではそこまではできません。個人で400がある程度走れるようにしていきたいと思っています。秋までに走れるようになるのが目標。前任校のヨンパの女子選手がいるのでそこも一緒にという感じですね。

これまでは短い距離を使っての練習でした。短長はこれである程度戦えるという自負はありますがやはり「感覚をつかむ」という意味で250mと短い距離の組み合わせをすることにしました。400mの目標タイムに合わせて250mのタイムを設定。基本「全力で走る」というのが練習スタイルですがこれから男子の400mをやろうと思ったらこの辺りはやらないといけないかなと考えています。真面目に400mでも頂点を狙っていきたいと思っていますから。

1年生が一番後ろから出ていく形となりました。スタート地点でタイム差をつけてフィニッシュで当時に入る形が一番やりやすいかなと。3セット行いましたかま体力的にギリギリでしたね。それでもこういう練習を積み重ねていくことで「持っている力の有効活用」が出来るようになっていくと思います。耐えられる本数ではなかったのかもしれませんがこれからの事を考えて少し強めに。なんとか設定タイム近くのタイムで入ることができました。本当はあと2秒くらい設定タイムを上げていかないと上のレベルでは戦えないのですが焦らず、ですね。

短短はあえてグループ分けしまし。総体に出場権を得ていない者が他の選手を引っ張って刺激を与えるようにしようと。これまでは男子のみ、女子のみという形で走っていましたがこの日は「男女混合」で。それぞれが「自分にできること」をしっかりとやってもらいたいなと思ったからです。総体に出ないから関係ないという雰囲気作りはしたくないですから。走力的に女子より少し速い者を各グループに配置して男子→女子→男子→男子の順で走らせました。

練習ではやはり圧倒的に男子の方が強いですね。女子は置いていかれてしまいます。150mも走りましたがかなり差がついてしまいました。男子にも意地があるでしょうし。あまり差がつくと女子は意欲減退しますから、2セット目は女子を先頭にしてとにかく「逃げろ」というのが形に変えました。これの方が必死に走りますね。短短200mまでを視野に入れています。もちろん明らかに100mしか持たない走りをする選手もいます。男子は特に。これがもう少し力の使い方が上手くなってくれると100mの記録も上がるのですが。

久々に走る練習をした者は痛みもあるようでしたが「できる限りのことをやる」ようにしました。足の痛みもあるだろうし激しい筋肉痛もあるでしょう。その中で走るというのはこちらが想像するよりも精神的にも肉体的にも辛いと思います。ここは我慢だと思っています。キツそうな顔をしていた所を2年生が声かけをしてくれていました。練習中は比較的笑顔で出来ていたので大きいかなと。

全体的に良く耐えて走っていました。動けないくらいのダメージがある中での練習です。1人でも嫌々やっていたら雰囲気が悪くなると思います。そうならなかったのは意味があると思います。合同練習だからできる部分もあるでしょう。お互いに声かけをしながらやっていける。チームは異なりますが一緒に練習をし続けていますから「先輩後輩」という感じがあります。特にこういうキツいメニューの時には刺激があるというのはありがたいですね。

最後にハムストリングの補強をかなりやって終了。翌日に走らないのでここで負荷をかけておきました。どれだけやるのか?という話ですね。テスト週間に入れば負荷が減ります。超回復のためにも高い負荷は必要だと思っています。

練習場所を離れてからの生活のこともしつこく話ました。勉強することも必要ですし、身体のケアや栄養補給も大切。同時にストレッチなどを毎日やっておくことも必要。限られた時間しかありません。遊びながらダラダラしながら「競技を真剣にやる」というのは不可能だと思っています。時には必要だと思いますが毎日そちらを優先してやっていくのは不可能。自分のための時間を作れないとダメですから。

強い負荷をかけています。それに見合うだけの事をやってもらいたいと思います。結果を出そうと思えばそういう部分は外せません。食事を作ってくれたり、弁当の準備をしてくれる保護者がいるから競技に集中できる。試合できちんとした姿を見てもらえることが一番の「恩返し」です。支えてもらえる多くの方々に「競技をする姿」を見てもらえる。大切です。

ハードな練習でした。それでも良くやってくれたと思います。
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今考えると

2016-05-05 | 陸上競技
中学時代の話。恩師に「お前が一番怒った気がする」と言われて色々と思い出しました。幼かったというか本気でなかったというか。ほぼ時効だと思うので適度に書いておきます(笑)

当時、我が恩師はめちゃめちゃ怖かった。25年前ですからそれはもう怖いっていうものではない。どのような時代だったかというのは同年代の人なら分かると思いますが今では想像できないでしょうね。

これは恩師ではないですが当時の体育教員の話。今では偉くなっているという噂ですが(笑)。体育の授業で最初にアップをする。腕立て伏せをしていたと思います。私は普通にやっていたのですが「kaneko、※☆\%〒$」(声が小さくて分からなかった)と言われる。よく分からないのでそのままやっていたら信じられないくらい激怒されました。「お前だけ他の者より浅いって言っているんだ!」と個人的に指摘されその時間が終わるまでずっと腕立て伏せをさせられる。中学生にそんなにできるはずがない。キツくなって休んだらまた激怒される。うーん、理不尽極まりない。それがまかり通っていましたからね。

話を恩師との思い出に戻します(笑)。前の記事にも書きましたが何が理由だったかは忘れましたが怒られてその場に立っておけ、と言われて練習が終わるまでずっと立たされていました。全体集合も参加できず。そのまま恩師は車に乗って帰って行きました(笑)。え?これどうするんだよ?!と思いながらもうしばらく待っていると数十分後に戻ってくる。また怒られてその場は終わりました。中学生ながら「これは完全に忘れていたな」と悟りました(笑)。部員が80人近くいました。1人で全部を見ていたので気が回らなくなる事も突然出てきます。今なら理解できるかもしれません。先日の言い訳→「お前、色が黒かったからなー。暗くて分からなかった。」。いやいや、単なる悪口ですよ(笑)

まー本当に怒られました。当時は練習中に「一切無駄話をするな」と言われていました。時代です。それでもこんな性格ですからウインドスプリントをしてからスタート地点に戻るまでに話をします。普通に話すだけならまだしも友達と「しりとり」をしながら歩く(笑)。もちろん、めちゃめちゃ怒られる。小さい声で話しておけば良いものの段々と盛り上がってしまって(笑)。当時の「怒られる」は今では考えられないくらいのレベルです。今同じ指導をしたら100%保護者からクレーム殺到でしょうね。

覚えているのがクラスマッチの練習。各クラスで時間が割り当てられてグランドの端で練習をします。体育の授業で使っていない場所で跳びます。長縄跳びの練習だったと思います。盛り上がるかな?と思って傘を持っていって傘をさして長縄を跳んでいました。すると職員室から「kaneko、来い!」と拡声器で呼ばれる。恩師でした。「何をふざけているのか?!お前のせいで体育の授業をやる気がなくなった!!」とめちゃめちゃ怒られる。それによりクラスマッチの練習は取りやめ。みんなに申し訳ないなという感じでした。うーん、お調子者でしたから。

3年生の修学旅行の前日。友人と一緒に翌日の買い出しに駅の近くにあるお店へ。25年前です。今のように携帯電話やスマホがあるわけではありません。買い物に行ったついでに「ゲームコーナー」で遊んでいました。唯一の娯楽施設でしたから(笑)。当時は「ゲームセンターへの立ち入りは禁止」という形になっていました。私はコインゲームをしていたと思おます。あくまで自分の中では「ゲームセンター」ではなく「ゲームコーナー」です(笑)。それほど長時間遊ぶつもりはない。コインを入れた瞬間に何形に嫌な予感が。ふと通路を見てみると恩師がこちらを見ています。目が合う。「終わった」という印象しかないですね(笑)。ニコッと笑ったのでこれはいけるのか?と思ったら「すぐに学校へ」と笑顔で一言(笑)

学校に友人と呼び戻され数時間正座(笑)。途中我々だけになるので足が痛くて少し崩していたらそのタイミングで見つかって更に怒られる(笑)。もー踏んだり蹴ったりです。もとはといえば私が悪いのですが。とにかく人も多く先生方も指導が大変だったと思います。どれだけ怒られてるんだ、という話ですね。

特に印象深いのがこの辺りの内容。もちろん、こんなものは様々な出来事の一端に過ぎません。「お前が一番怒られていた」と恩師に言わしめるくらいですからどれくらいのレベルなのか想像できると思います。まー基本的にかなり「軽い」人間てましたから。今でも同じですが。

いやはや、恥ずかしい限りです。とはいえそういう時代があったから今の私がいるわけで。黒歴史(笑)。

まーいつも書いているのですが私は聖人君子でもなんでもありません。普通のおっさんです。全てを完璧にこなせるほど人ができているわけではありません。あえてこういう部分も書き記しておきます。中学時代の話後輩のことを細かく覚えてはいませんが、自分がやったことに関しては嫌でも覚えています(笑)。仕方ない。自己責任ですからね。

とりあえず思い出したので書いておきます(笑)
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