偉そうに思われるかもしれませんが。少しだけ書いておきたいと思います。
これまで多くの選手を預かってきました。保護者や中学校の指導者が時間をかけて育ててきた選手たちです。その選手を預かる。大きな責任が伴うと思っています。勧誘をした選手が特別待遇でそれ以外の選手は適当に。このようなスタイルはできません。当然です。同じ選手ですから。
預かっている。その感覚を常に持っておきたいと思っています。入学した時よりも人間的に成長した状態で卒業してもらいたい。競技力だけではなく様々な部分が育っていけばいいなと思っています。以前指導していた選手、入学当初は「30m」でさえも集中して走れませんでした。15m位走ったらスピードを緩める。激怒(笑)。服装に関しても全くできず。これだけ話しても分からないのであれば競技する資格はないという話もしました。たかが指導者が選手が競技を「続ける」「辞める」を決めていいのかという批判はあるかもしれませんが。
当時はかなり激怒していました。最近はめっきり。それでも求めることは変わりません。今の状態から少しでも成長できるように。もちろん今のようなスタイルが万人に受け入れられると万人に思っていません。私のことが死ぬほど嫌いだという人も複数いるのではないかも思っています。それはそれで受け入れていかなければいけないでしょう。嫌いな人に好かれようとする努力も必要なのかもしれませんがそれは決して生産的ではない。まーここは感覚の問題だと思いますが。
人はどうしても「悪い所」が目につきます。もちろん指導をするというのはそういう部分を改善していくことです。近くで指導していたらその選手の「良い所」も見えてきます。他の人が気づかない部分。距離が近く毎日キチンと向き合うから分かってくるのだと思います。しかし、これは全ての人に分かってもらえるわけではない。愛想がない者がいるとする。そうすればやはり「あいつは態度が悪い」と言われる。第一印象が悪ければもちろんそういう評価につながるでしょう。そういう部分を少しでも改善していくことが「育てる」という事なのかなと思っています。
これもかなり前から書いていますが私自身は「人に好かれる」というのを意識したことがありません。もちろん、嫌われるよりは好かれる方が良いとは思います。しかし、「相手のご機嫌を伺う」事で好かれるのであれば別に好かれなくても構わない。同時に選手に好かれるために「良い事」だけを言い続ける事もしません。こちらがやりたい事、やった方が良いと思う事に対して態度が悪ければ許してはいけないと思っています。
公務員はサービス業。お客様のご機嫌を損ねないように最大限のサービスを提供する。このような時代です。部活自体は勤務時間外の指導になります。私が「選手のために」と思うからやることができる。そう思えないならやる必要性はない。私のことを「嫌だな」と思えばこのblog自体も嫌でたまらないと思います。昨年は「勘違い指導者」として辛辣なコメントももらいました。どれだけ私のことを知っているのか分からない人からの批判。
私自身は「良い人」だとは思いません。上述のように人から好かれるために生きていませんから。生徒に対しても許せないと思えば厳しく関わります。10年前と比べると圧倒的に優しくなっていると思いますが。それでも「預かっている」という感覚があれば私のテリトリーの中で万人に最大限の成長をさせなければいけないと思っています。人を変えるなんておこがましい話かもしれません。それでも「変わるキッカケ」を与え続けていく必要はあると思っています。
毎日少しずつでも良い。変化を求めることは重要だと思います。競技場面はそれがわかりやすい。技術的な変化かもしれませんが「昨日できなかった事が出来るようになった」というのを実際に感じる事ができます。この積み重ねだと思っています。そこを毎日話をしていく中で確認していく。今は日誌を使いながらも確認しています。毎日くだらないことでも話をするようにしています。その中で少しずつの変化を感じていきたいからです。
育てる。偉そうな話かもしれません。褒めて褒めて伸ばすという考え方もあるのかもしれません。しかし、そうでない部分から目を背けずにしっかりと向き合うことで見えてくる事がある。しんどい部分もありますが預かっているからにはこちらも全責任を負いながらやっていく必要があります。
上手くまとまりません。なんとなくになりますが書いておきます。
これまで多くの選手を預かってきました。保護者や中学校の指導者が時間をかけて育ててきた選手たちです。その選手を預かる。大きな責任が伴うと思っています。勧誘をした選手が特別待遇でそれ以外の選手は適当に。このようなスタイルはできません。当然です。同じ選手ですから。
預かっている。その感覚を常に持っておきたいと思っています。入学した時よりも人間的に成長した状態で卒業してもらいたい。競技力だけではなく様々な部分が育っていけばいいなと思っています。以前指導していた選手、入学当初は「30m」でさえも集中して走れませんでした。15m位走ったらスピードを緩める。激怒(笑)。服装に関しても全くできず。これだけ話しても分からないのであれば競技する資格はないという話もしました。たかが指導者が選手が競技を「続ける」「辞める」を決めていいのかという批判はあるかもしれませんが。
当時はかなり激怒していました。最近はめっきり。それでも求めることは変わりません。今の状態から少しでも成長できるように。もちろん今のようなスタイルが万人に受け入れられると万人に思っていません。私のことが死ぬほど嫌いだという人も複数いるのではないかも思っています。それはそれで受け入れていかなければいけないでしょう。嫌いな人に好かれようとする努力も必要なのかもしれませんがそれは決して生産的ではない。まーここは感覚の問題だと思いますが。
人はどうしても「悪い所」が目につきます。もちろん指導をするというのはそういう部分を改善していくことです。近くで指導していたらその選手の「良い所」も見えてきます。他の人が気づかない部分。距離が近く毎日キチンと向き合うから分かってくるのだと思います。しかし、これは全ての人に分かってもらえるわけではない。愛想がない者がいるとする。そうすればやはり「あいつは態度が悪い」と言われる。第一印象が悪ければもちろんそういう評価につながるでしょう。そういう部分を少しでも改善していくことが「育てる」という事なのかなと思っています。
これもかなり前から書いていますが私自身は「人に好かれる」というのを意識したことがありません。もちろん、嫌われるよりは好かれる方が良いとは思います。しかし、「相手のご機嫌を伺う」事で好かれるのであれば別に好かれなくても構わない。同時に選手に好かれるために「良い事」だけを言い続ける事もしません。こちらがやりたい事、やった方が良いと思う事に対して態度が悪ければ許してはいけないと思っています。
公務員はサービス業。お客様のご機嫌を損ねないように最大限のサービスを提供する。このような時代です。部活自体は勤務時間外の指導になります。私が「選手のために」と思うからやることができる。そう思えないならやる必要性はない。私のことを「嫌だな」と思えばこのblog自体も嫌でたまらないと思います。昨年は「勘違い指導者」として辛辣なコメントももらいました。どれだけ私のことを知っているのか分からない人からの批判。
私自身は「良い人」だとは思いません。上述のように人から好かれるために生きていませんから。生徒に対しても許せないと思えば厳しく関わります。10年前と比べると圧倒的に優しくなっていると思いますが。それでも「預かっている」という感覚があれば私のテリトリーの中で万人に最大限の成長をさせなければいけないと思っています。人を変えるなんておこがましい話かもしれません。それでも「変わるキッカケ」を与え続けていく必要はあると思っています。
毎日少しずつでも良い。変化を求めることは重要だと思います。競技場面はそれがわかりやすい。技術的な変化かもしれませんが「昨日できなかった事が出来るようになった」というのを実際に感じる事ができます。この積み重ねだと思っています。そこを毎日話をしていく中で確認していく。今は日誌を使いながらも確認しています。毎日くだらないことでも話をするようにしています。その中で少しずつの変化を感じていきたいからです。
育てる。偉そうな話かもしれません。褒めて褒めて伸ばすという考え方もあるのかもしれません。しかし、そうでない部分から目を背けずにしっかりと向き合うことで見えてくる事がある。しんどい部分もありますが預かっているからにはこちらも全責任を負いながらやっていく必要があります。
上手くまとまりません。なんとなくになりますが書いておきます。