照る日曇る日 第1034回
源氏のような大長編に比べるとまことに短い記載ではあるが、そこに綴られているのは、今も昔も変わらぬ「女の一生」の縮図のようにも感じられる。
そこにいるのは、夢見る一人のシャンソン人形、ならぬ文学少女。待望の源氏全巻の通読を果たすと、彼女は、光源氏のような白馬に乗った王子様が、「浮舟」に憧れているおのれを妻問い、夢見るような逢瀬を齎してくれる夜が訪れる日を待ち望む。
しかし、それは来なかった。いやもしかすると長久3(1042)年10月初旬の夜、35歳の彼女が、祐子内親王家でめぐり会った38歳の源資通こそが、夢で憧れたその人であったかもしれない。
しかし翌年の春、彼女はわざわざ訪ねてくれた資通に運悪く逢えず、以後2人は死ぬまでついに再会することはなかった。
幻想的な物語、恋、歌、信仰、そして夢と浪漫に満ち満ちた日々は、うたかたの如く飛び去り、いま目前にいるのはなんの魅力も覚えない夫との砂を噛むような平々凡々たる日々。現実との相克に疲労困憊し、深い孤独と喪失の中で、その夫とも死別した彼女に残されたものは何だったのか。
それこそが「更科日記」という、ある女の生きた証、さながら万華鏡のように転回する光と影のメモワールなのであった。
本書の題名は、古今集の「わが心慰めかねつ更級や姥捨山に照る月を見て」に依っているが、彼女の悲傷がいやされる日はついに訪れなかったようである。
またしても奥歯の歯茎が腫れてきたまだ神経が残っているのか 蝶人