あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

佐藤幹夫個人編集「飢餓陣営2023年夏号」を読んで

2023-09-17 14:47:46 | Weblog

 

照る日曇る日 第1960回

 

宮澤賢治の一幕物の悲喜劇戯曲「飢餓陣営」は知っていたが、同名の季刊雑誌があると知ったのはつい先ごろのこと。フェイスブックの友人に加えて頂いた雑誌主宰の佐藤幹夫さんとの繋がりによってでした。

 

個人雑誌なんて吉本隆明の「試行」以来だなあ、と遠い思い出に耽りつつ頁を開いていくと、3月に亡くなった大江健三郎の追悼を柱に、大勢の論客の力の籠ったエッセイや論考、多彩な詩歌、刺激的な対談の数々が、回り灯篭のように転回されるので一驚しました。

 

たとえば大江健三郎特集では、笠井潔氏への総論的なインタビューを皮切りに、神山睦美、添田馨、岡本勝人、松山愼介、高野尭、浦上真二各氏の論考が犇めきあいますが、私としては沖縄出身の松原敏夫、東中十三郎両氏による漫才のような掛け合いの対談、「大江健三郎の文学、「大江が語る沖縄」が殊の外面白かった。

 

しかし、最後を締めるのはやはり主幹の佐藤幹夫選手で、なんと彼は、この特集のために大江の初期作品群から代表作の「万延元年のフットボール」までを読み直し、その文学的意義梗概と今日的問題点をきちんと書き出しているのは、さすがです。

 

次の特集は「津久井やまゆり園事件とその後の問題―テロリズム/安楽死/ロストケア」ですが、ここでも笠井潔氏の「心的外傷としてのテロリズムの時代」という問題提起から始まって、脇田喩司、赤田圭亮、水田恵各氏のエッセイが読み応え充分に並び、「津久井やまゆり園事件」について論じた佐藤幹夫氏の記念碑的労作「津久井やまゆり園「優生テロ事件」その深層とその後」の優れた書評で閉じられます。

 

その他、小浜逸朗、福間健二氏への心のこもった追悼文が続きますが、八面六臂の大活躍を繰り広げる佐藤主幹を別格として、今回私の心を強く打った詩華と文章は、古田嘉彦氏の「足跡」、水島英己氏の「心が静かな日 雲は無言ですすむ」、佐藤通雅氏の「安家小」そして木村和史氏の「家をつくる」&「福間健二さんと河合民子さん」でした。

 

「結局わたしは、努力をしないままここまで来てしまった。小説家にもなれなかった。細々と文章を書き続けているが、それが何なのかいまだに分かっていない。(中略)自然にはっきりしてきたことがある。それは、何者にもならない。どこまでも普通の人を生きるという強い思いだ。」と万感の想いを込めて綴る木村和史さん。

 

文は人なり。とはよく言ったもの。私は、この数行に出会えただけで、この雑誌を買って本当に良かったと思ったことでした。

 

   https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/1921_17653.html

 

     世の中は一寸先は闇である大谷沈み藤浪輝く 蝶人

 

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