遥かな昔、遠い所で 第111回
第3話 貧乏あずり その2
父を送って帰った夜、入り口の戸をあらあらしくたたいて起こす者がある。町の信用金庫の某氏の長身が、提灯をさげて立っていた。父が逃げたということをいち早く聞きつけて、信用組合からいっぱい借りている父の借金を「いたい君はどうするつもりじゃい」とかみつくような談判である。
職務に忠実な某氏の言い分にさらさら恨みはいえないわけだが、情け容赦のないことばで、ズケズケといじめつけられるのは、骨身に応えた。それから毎日門に迫る債鬼ひきもきらず、何しろ父は借りられるだけの人から、借りられるだけの金を借りまくっていたもので、金額は三、四千円くらいだったが、五円、十円の小口もあって、後に私がつぎつぎ払って、戻ってきた借用証書が、一番の支那カバンにザっと一杯、今も保存しているほどだから、債権者の数は大変なもので、中には札付きの高利貸もあって、それが入れ替わり立ち替わり来て、私を絞木にかけるのである。
泣くにも泣けない私は、ただありのままに「父の借金だからといって、踏み倒す考えは毛頭ありません。何とかしてお返しする覚悟ではありますが、今どうするわけにもまいりません。どうかお返しできる時までご猶予をお願いします」と判子で押したようないいわけを、何度も何度も畳に額をすりつけてくり返すよりほかに手も足もでなかった。
ありもしない金で牛肉を買って、親類の者に集まってもらって相談もしたが、叔父の一人は、「おじじゃのおばじゃのいうものは縁の薄いもんじゃ。きょうだいとか、嫁の親元とかで心配してもらいなはれ」などといって、けっきょく構ってくれるものは一人もなく、かえってこんなことをしたのがわるくて、督促はいよいよきびしくなり、ついに一部の債権者から財産を差し押さえられ、福知山から高某という執達吏が来て、家財道具、畳建具に至るまで封印をつけてしまった。ところがこの執達吏は情け心のある人で、「私は職務上やむを得ずこんなことをやるが、あんたにはまことにお気の毒だ」と、父の借金のために苦しんでいる私に、思いやりのことばをあけてくれた。これこそ鬼の親玉かと思ってこわがっていた執達吏にやさしく慰められたのは地獄で仏に会ったほどうれしかった。
こんなみじめな身の上になってしまった私は、とても綾部で生きていく道はないと思った……。愛媛県へ行こう! あちらでは蚕業界に多少私の名も売れているし、青野氏のような有力な知人もある。松山市には渡辺旅館という泊まりつけの宿屋もあって、私夫婦をひと月くらいは金無しでも泊めてくれるだろう。その間に蚕業界に就職口でも求めたら、多分何とかなるだろう……と、妻にも話して、私は夫婦で夜逃げを決心した。差し押さえ残りの手回り品、売れ残りの下駄までつめて、信玄袋三つにまとめ、駅近くの知人の家に預けた。それから工面した金がとうやく二十円あまり、これでは松山までの旅費しかない。それがいかにも心細かった。
ほんとうは下らぬ作だと思いつつそうはいえない悲しい人々 蝶人