まだ…気持ちが動揺して乱れて…
なかなか…パソコンに向かえませんでした。
叔母のことではありません。
60歳を過ぎて、定年退職したら、お茶飲み友達 として、これから遊ぼうね…
っと、話していた、男友達(中学2・3年の時の同級生)二人の中の一人が…
小保方さんの上司の方と同時期に
先物取引の損失が原因で??
三崎の海に身を投げました。
相方の男友達からの電話で、その話を聞き、初めは、ポカンとして実感が出ず、
徐々に話しているうちに、涙があふれて、声が出なくなりました。
東日本大地震の前の年の2010年に、そのころ仙台に赴任していた彼に
一度遊びにおいで、と誘われて、友人と二人で遊びに行きました。
4月の中旬だったのに、福島で泊まって翌日大雪で景色が一遍、、、、
朝から、雪見風呂、桜と雪と贅沢な旅行ができて、横浜に戻ったらまた
会おうね。。と約束しながら、4年も会いませんでした。
なぜ、会わなかった?
会えばよかった、と後悔しました。
場合が場合なので…
相方の男友達が、僕だけお葬式に代表して行ってきます。よ。と。
その報告もまだもらえず、、自分からも電話できず、、ただただ、
想像して、余計に考えてしまいます。。
突然のお別れ。
お葬式にもでられず、、、きちんと、お別れができず…
気持ちが、なかなか落ち着きません。。
生きていけば、、これから、悲しいお別れが避けては通れずに………
なんども、出るでしよう………
でも、生きていればこそ!!
主人に私、言いました。。
寿命のある限り、頑張って生きようね!!!
叔母さんの病状もなかなか好転しません。
どこが悪いわけではないのですが、、
体の機能が低下して、酸素をうまく取れ込むことができなくなり・・・
タンパク質の吸収ができず むくみがひどく いまだに、酸素吸入と心電図の
コードが胸に・・・
点滴注射の刺すところが(血管の静脈)なくなり、少し太い静脈(おまたの付け根)に
さしました(ここは、麻酔をして医師しかうてない場所)なので、取り外しは
しない代わりに、オムツもはずしバルーンになり、立つこともできなくなりました。
今日から、ソフト食(ミキサーにかけ、固めたゼリー状の、あまりおいしくない)から
きざみ食になると、
後で、病院へ行きます。
そんなこんなで、またしばらく、たぶん、パソコンに向かえません。
残暑 厳しいようです。
皆様、どうぞご自愛ください!!
『変形性股関節症に負けないでね!』