変形性股関節症に負けない『心と身体』を目指して -運動指導士 彦坂惠子-

踊りが命と舞台と指導に明け暮れていた私が突然変形性股関節症と言われ、手術をし引退したが現在運動指導士として活躍中

昇格

2020-06-19 11:27:50 | 日常生活

昨日の記事でいろいろと今までの思いを書きましたが…
それでも、できたのなら、一生人工関節にはしなくなかった、
保存で死ぬまで生きたかった、という気持ちは残っています。

でも、選択した今回の人工関節置換術はしてよかった、と思っています。

だから、こそ、まだまだ若い方には、股関節の可動域と歩容を
重視して、生活を見直してほしいと、考えます。


2005年の52歳の時、舞踊家に戻りたくて戻りたくて…
股関節の傷を見るたびに、涙を流して 夢なら覚めて…と
毎日思ったものでした。

人工にしたことは、後悔していませんが、、
変形性股関節症と告知されてしまったときに、もう少し何とかできなかった?
と今なら、分かる、今なら昔の自分に言える、
と思っても 後の祭り


初期前期の方々、精神的に頑張って欲しいです。
屋根が 象の鼻のように 伸びて きちんとした屋根になるまでが
大変な年月が必要ですからね。

私は、一次性の股関節症 みなさんとは、違うので
これ以上屋根が 伸びたら もっと 可動域制限がひどくなってしまう
屋根のある人なので…

皆さん 一人ひとり 違う、ほかの人と絶対に比べてはいけないということを
再度 頭に入れてくださいね。




さて、今日は、中休み 
東京新聞読者投稿から  ご紹介します。


       『昇格』   吉見 淑子さん(東京都世田谷)

二月の風邪の強い日、日課のスポーツジムに行くため自転車をこいでいた。
あまりの風の強さに自転車ごと傾いて、左足がガードレールにつっこんで
車道側に出てしまった。
自転車が倒れ込み自分では起こせない。
交通量の多い甲州街道で、左足を車にぶつけられたらどうしようと思ったが、
とにかく動けない。

運の良いことにそこは、交番の前。
20代とみられる若いおまわりさんが出てきてくれ、起こしてくれた。
ありがたい。親切にしてくれて。
そのおまわりさんは、こう私に言った。

「おばあさん、こんな風の強い日は押していかないと危ないよ。
大きな荷物載せて」

おばあさんと言われたのは、生まれて初めて。
お嬢さんとは間違っても呼んでもらえないけど、せめてお母さんとか
おばさんとか呼んでほしかった。

この話をジムで話すと、皆大笑い。
自覚はしていてもおばあさんと呼ばれるとは。
この日から私は、おばあさんに昇格したのだった。





笑えるけれど、笑えない。
20代の若い方からすれば、自分のおばあちゃまの年齢の方。
私も含め 60代後半は。
自覚がない方や 結婚していない方 お子さんのいない方
今は、本当にいろんな方がたくさん。。
呼び方ひとつも難しい

60代は、61歳も69歳も私からすれば 一緒 同世代 笑い
50代は、51歳と59歳 では、全然違う、
閉経していないし、まだまだ、頑張れる、、
更年期障害も後半は 出てくるし、、、

いずれにしても、皆に等しく 年齢は 足されていきます。
避けたいけれど…

上手く年は取りたいものですね💛
私の体調は、昨日夕方になり、また、微熱37度出ました。
まだまだ、時間がかかります。




        『変形性股関節症に負けないでね!』

コメント
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