小泉純一郎が推進した行政改革。私たち有権者も拍手とともにその政策を受け入れた。その目玉は規制緩和だった。元来、規制緩和という用語は英語(deregulation)では規制”撤廃”という意味あいだったらしいが、日本では“緩和”という言葉が当てられたようだ。
今の規制緩和は、何でもかんでも規制緩和で、業者が望めばその通りに規制が撤廃され、結果としてその業界の質が落ちてしまっているということはないのだろうか。
一昨日に起こった軽井沢での悲惨なバス事故を考えると、そのような気がしてならない。安全運行が前提であるのに、それが当てにならないというのは一体どういうことだろう。これまでに、何度も何度もバスの深夜運行の危険性が指摘されているにもかかわらず、またこのような悲惨な事故だ。運行業者に責任があるのは当然だが、国土交通省の責任も重大だ。
規制緩和による競争競争、そして自己責任。バブル経済の崩壊後、選んだ道はそのようなことだったけど、それは果たして正しかったのだろうか。
Wikipediaで規制緩和を調べると、1980年以降、以下のようなことが緩和されたそうだ
電電公社、国鉄、金融ビッグバン、タクシー台数制限撤廃、貨物自動車運送業への新規参入、バス運送事業への新規参入条件緩和、電力自由化、酒類販売業免許付与基準の緩和、ビールなどの製造量の緩和、電気通信事業開放、農業への株式会社参入、労働派遣事業、医薬品部外品化の緩和、建築基準検査機関の開放、高層ビル建設における高さ制限緩和、超高層ビル促進、地下空間利用規制緩和。
これはあれか、あれはこれかというような感じで思い出す。よかったこともたくさんあるのだろうけど、よくないことが起こるとそれらが目立つ。 昨年亡くなった祖母は、小泉行革で、世の中が悪くなったと嘆いていた。
規制緩和は条件が緩やかになるということで、甘くなってはいけない。とくに安全面はそうだろう。
こうしたことを悪用、というか甘く見ている業者が多すぎるのは悲しい。
規制を緩和する分、監視の目は厳しくしなくてはいけない。もちろん医療業界にも。
医学部が立て続けにできますが