今日は憲法記念日。大日本帝国憲法が改正されて生まれた日本国憲法は70年間変わらず守られてきて、今日で71歳。
最近、改憲論議がかまびすしい。自主憲法策定という意見があるけれど、これ以上に良い憲法があればの話だと思う。どの条文もよく書けているので、このままでどこが悪いのかが私にはわからない。それぞれが短くて様々に解釈できてしまう”ゴム型(伸び縮みする)”憲法だからよくないというけれど、日本人にはこれがあっているのではないか。四角四面にしてしまっては、窒息してしまいそうだ。
でも、きっちりしている条文もある。それが、15条
- 第十五条
- 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
- すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。
- 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
- すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。
Wikipedia『日本国憲法第15条』より
公務員が私たち国民に対する奉仕者であるということは憲法で定められている。これはきちっとしている。全体とは国家であって、これに対して一部とは特定の政治家や企業のこととなる。でも、最近の公務員の暴走ぶりはどうみてもおかしい。いわゆる高級官僚と呼ばれる公務員は、一部の政治家と結託してやりたい放題にみえる。問題なのはそこに税金が投入されるということ。それも億単位。重税に苦しむ身としてはなんとも悲しい現実だ。税金の納付書の封筒が送りつけられてくるのを見るたびに、悲しくなる。もし一部への奉仕のために税金が投入されているのであれば、それは憲法に反することになる。
憲法を元にしたらいろいろな話ができる。
憲法に手をつけるなんて議論がなかった時代は幸せだったのかもしれない。その間、国民は無関心でいたけど、改憲が現実のものとなった現状では、私たち国民は憲法を知って、議論できるようにして国民投票に備えなくてはいけない。戦後の大日本帝国憲法改正の時も国民の間で広く議論されたということになっている。もしかすると、私たち国民が憲法について議論する良いきっかけになるのかもしれない。
いまの憲法の下で私たちは幸せだと思うが、これは錯覚なのだろうか?
でも、急ぐ必要はない