こんな気持ちでいられたら・・・一病理医の日々と生き方考え方

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よりよく生きるにはどうしたらいい?

置き傘問題

2020年08月05日 | 通勤・交通・旅行
今年の梅雨は本当によく降ったという感じがする。カラ梅雨という言葉が世の中に存在すること自体が信じられないほどほぼ毎日降ったから、朝晩の天気予報は欠かさず見て傘を持って出るか否かを日々決めていた。傘を持って出るのはもちろん通勤のためであって、通勤時の雨はまあ困る。電車に乗る前降りた後に歩く距離は決して長くはないというか、ほんの少しなのだが、傘なしではやっぱり濡れてしまうので、”雨の日は雨の日らしく”と傘を持って出かけた。それに梅雨時、雨に濡れるとわかっているのに傘を持っていないことは間抜けな感じすらする。せっかく傘を持って出たのに、往復ほとんど降らないこともあったし、朝はよく降っていたので、帰りも念のためと傘を持って出たのに、降られなかったということもあった。でも、うっすらと夕日がさして、明らかに降りそうにない日は朝持ってきた傘を置き傘にして帰った。

定番の置き傘はいまのところ2本。折りたたみ1本と、ビニール傘1本。いずれもほんの少し曲がったところはあるものの、立派に使うことができる。家にある普段使いの傘は2本。どちらも10年以上使っているのだが、このうち1本は以前長距離を歩いて通っていた頃に妻が買ってくれたのだが、とても大きく、すごい大雨でない限りは持ち運びが面倒で使い勝手はあまり良くない(傘をさして歩くのは難しい - 2014年09月03日 )。もう1本は、木製の傘の3代目(1本目は20年以上前に傘立てにさしていたものを盗まれ、2本目は骨が曲がってしまったが後生大事に持ってはいる)。時代を下るほどに愛着が薄れているのだが、新しいほど調子はいいので、この7、8年はこれを主に使っている。

先週の金曜日、7月31日の朝も雨模様だったので木製の傘を持って出たのだが、帰りには青空に可愛い雲が浮いていた(ブログのパニック値 - 2020年07月31日 )。そんな梅雨明けの予感のせいで傘を病院に置いて帰ったのだ。これで、置き傘は都合3本となってしまった。梅雨の間は折りたたみ1本となることもあったので、多い分には差し支えないし、置き場に困るというわけではないのだが、置き傘であることが本来の役目ではない1本が目的外に存在しているということ自体が気になる。

今朝は4日ぶりの曇天。このままの空模様だったら木製の傘を持って帰ってもいいのだが、それこそ降ってもにわか雨だろうから、実質1分の距離のために傘を持って帰るのは馬鹿馬鹿しいと思っていたのだが、それどころか綺麗な夕焼け空となった。梅雨の間は傘を持つ姿も似合うが、それを過ぎてしまうとかえってそぐわない。梅雨が明けてしまうとむしろ雨に降られた方が季節感があるようでいい感じとなるのだから不思議なものだ。
明日もいい天気

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