冬の高校サッカー選手権を見ていると、Jリーグレベルという選手はよく見つかりますが、チームとして強かったというイメージが今でもあるのは、平山相太のいた国見高校です。名将小峰監督が、20年近く長崎県予選で敗退したことがないという驚異的なチームを作っていましたが、平山相太がいたときのチームは最強だったと思います。
あの当時、平山はワールドユースのグループリーグのエジプト戦で決勝点を決める活躍で、スポーツ紙の一面に載るほどの有名人になりました。平山以外全員プロというメンバーに入って堂々と活躍しただけに、こんなレベルの選手が選手権で見られるのは嬉しく、3回戦の広島皆実戦と決勝の筑陽学園戦を見に行きました。
このとき、国立競技場のバックスタンドで当時のユース代表監督(現FC東京監督)の大熊監督を発見したことも印象にありますが、試合の印象はもっと強烈でした。国見高校の場合、平山のようなダントツのトップレベルなら必ず起用しますが、10人目、11人目の選手を選ぶときは体力レベルの高い選手を優先しているように外からは見えます。
以前、Numberに載っていた記事によると、当時のチェコ代表のブリュックナー監督がプレスの掛け具合を意図的に調節して、わざとあまりうまくない選手にボールを持たせるという高等戦術があることを話していました。
これが日本のチームでできるとは思っていませんでしたが、それを実現したのが当時の国見高校でした。いつもの国見なら最初から激しいプレスを掛けて相手を圧倒するサッカーをするのですが、この筑陽学園戦では、両SBならボールを持たせてもいいというサッカーをしました。
後で知った話では、筑陽学園の右SBは高校からサッカーを始めた選手でした。国見があまりにも彼をフリーにするので、ドリブルで上がってクロスを上げたりしていましたが、そのクロスを国見がカットしたところが国見の攻撃の合図でした。
ただでさえ体力レベルの高い国見にこんなサッカーをされたら、筑陽学園はどうしようもありませんでした。全てで上回った国見は6-0の大差で筑陽学園を下し、見事優勝を果たしました。今でも、平山以外にも兵藤(横浜FM)、渡辺千真(横浜FM)、城後(福岡)の現役Jリーガーを持つ、最強世代と思います。
あの当時、平山はワールドユースのグループリーグのエジプト戦で決勝点を決める活躍で、スポーツ紙の一面に載るほどの有名人になりました。平山以外全員プロというメンバーに入って堂々と活躍しただけに、こんなレベルの選手が選手権で見られるのは嬉しく、3回戦の広島皆実戦と決勝の筑陽学園戦を見に行きました。
このとき、国立競技場のバックスタンドで当時のユース代表監督(現FC東京監督)の大熊監督を発見したことも印象にありますが、試合の印象はもっと強烈でした。国見高校の場合、平山のようなダントツのトップレベルなら必ず起用しますが、10人目、11人目の選手を選ぶときは体力レベルの高い選手を優先しているように外からは見えます。
以前、Numberに載っていた記事によると、当時のチェコ代表のブリュックナー監督がプレスの掛け具合を意図的に調節して、わざとあまりうまくない選手にボールを持たせるという高等戦術があることを話していました。
これが日本のチームでできるとは思っていませんでしたが、それを実現したのが当時の国見高校でした。いつもの国見なら最初から激しいプレスを掛けて相手を圧倒するサッカーをするのですが、この筑陽学園戦では、両SBならボールを持たせてもいいというサッカーをしました。
後で知った話では、筑陽学園の右SBは高校からサッカーを始めた選手でした。国見があまりにも彼をフリーにするので、ドリブルで上がってクロスを上げたりしていましたが、そのクロスを国見がカットしたところが国見の攻撃の合図でした。
ただでさえ体力レベルの高い国見にこんなサッカーをされたら、筑陽学園はどうしようもありませんでした。全てで上回った国見は6-0の大差で筑陽学園を下し、見事優勝を果たしました。今でも、平山以外にも兵藤(横浜FM)、渡辺千真(横浜FM)、城後(福岡)の現役Jリーガーを持つ、最強世代と思います。