誘いを断るときはいろいろな理由をつけるものですが、その付け方についてもお国柄があるようです。
さらっと行けばよいような気もしますが、気を遣わなくてはならないこともあるようで…。
---------- 【以下引用】 ----------
中国式「言い訳」テクニック:常に「しかるべき事由」があるのが礼儀 2009/05/29(金) 14:21
MAO的コラム 中国語から考える 第81回-相原茂
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0529&f=column_0529_004.shtml
中国人が日本人を誘ったとする。一杯飲むのでも、お茶でも、日曜日の買い物でも何でもいい。日本人のほうが断る。
「あっ、ちょっと用事があるから、ごめん」
これには中国人は怒る。「ちょっとの用事」で私の誘いを断るのか。「私」と「ちょっとの用事」をはかりにかけて、「私」よりも「ちょっとの用事」をとるのか。
これが「メンツを傷つけられた」ということだ。
だから、日本人が「あっ、ごめん。家に帰って犬に餌をやらなきゃならないから」などと言おうものなら、これは絶交ものだ。「あんたより、犬が大事」と宣告されたのだから。猫でも金魚でも同じだ。
日本人は人を人として扱わない、そういう思いが中国人の心の中に広がる。
では中国人が人からの誘いを断るときにはどうするか。相手の誘いへの誠意をみせなければならない。どうしてもやむを得ない、という理由をあげるのだ。たとえばこうだ。
「すみません、行きたいのはやまやまなのですが、その日は母親を連れて病院に行くものですから。もう予約してあるのです」
「ああ、残念です。中国から友だちが来るので、成田に迎えに行きます。日本が初めての友人なので私が行かなければなりません」
「これから帰って、今日は私が食事の支度なのです。そのうえ、恩師からの電話がある予定で、今度の学会発表についてのコメントをお願いしてあるものですから。本当にすみません」
ああそうか、それなら仕方ないと思わせるような理由を述べる。これが中国式である。
つまり、私はあなたの誘いをとても嬉しく思います。しかし、どうしてものっぴきならない事情があり、残念ですが、今回はお断りしなくてはなりません。こういう特別な事情があるのでお許しください。決してあなたを軽んじているわけではありません。
こういうふうに対応してこそ、相手を尊重し、相手のメンツを保つことになると中国人は考えるのだ。
中国人と日本人が待ち合わせる。中国人が遅刻したとしよう。すると、「なぜ遅刻したか」、その理由を会うやいなや述べ始める。決して「寝坊した」わけではない。渋滞に巻き込まれたとか、出がけに大切な人から電話があったとか、それなりの理由を挙げる。寝坊とかうっかりど忘れなどと言おうものなら、相手を軽視していることになるし、なにより「自己責任」にもなってしまう。だから、中国人は遅刻すると、現場に到着するまでに「それらしい言い訳を考えながら」行く。これが礼儀なのだ。
遅刻にしろ、誘いへの断りにしろ、いつも本当に「しかるべき事由」があるわけではないだろう。時には、あるいはよく、ウソをつくこともある。ウソをついてでも相手への敬意を表す。これは「善意のウソ」である。中国人はそう考えるが日本人は「ウソをついてごまかしている」と考える。
こういうことは生活のいろいろな局面で見られる。携帯に出そびれた。日本人なら「さっきはごめん、出そびれた」とか「テレビ見てた」などで済む。中国人なら、やはりそれらしい話を作り上げる。それが礼儀なのだ。そして、常にそういう意識で生きているわけだから、ウソとか話を作り上げるということについての意識もわれわれとは違う(もちろん、非常に親しい友だちなら日本と同じで素直にわけを話す)。
簡単にどちらが良いとか正しいとは言えない。こういう話は実は拙著の中で、何度か述べていることだが、日本人と中国人のあいだにあるちょっとした、しかし重大なズレに思え、この場をお借りして改めて記しておくのも無意味ではないかと思った次第。乞う、ご寛恕。(執筆者:相原茂)
---------- 【引用ここまで】 ----------
日本人だったら、ありきたりの理由で断れても半ば嘘を言われていることが分かりつつ、あうんの呼吸で(断りたいんだな)と分かりそうなものですが、その理由に然るべき理由を求めるとなると面倒ですね。
身内に入院させたり殺したりするわけにも行きませんし。
あまり大仰な理由を述べ立てると、それが嘘だったと分かってしまった時には、そんな嘘をつかなくちゃならないと分かってもらえない自分だと思われているのか、と逆におかしなことになるのではないかと心配です。
ほどほどに正直な方が良いと思うのですが。
さらっと行けばよいような気もしますが、気を遣わなくてはならないこともあるようで…。
---------- 【以下引用】 ----------
中国式「言い訳」テクニック:常に「しかるべき事由」があるのが礼儀 2009/05/29(金) 14:21
MAO的コラム 中国語から考える 第81回-相原茂
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0529&f=column_0529_004.shtml
中国人が日本人を誘ったとする。一杯飲むのでも、お茶でも、日曜日の買い物でも何でもいい。日本人のほうが断る。
「あっ、ちょっと用事があるから、ごめん」
これには中国人は怒る。「ちょっとの用事」で私の誘いを断るのか。「私」と「ちょっとの用事」をはかりにかけて、「私」よりも「ちょっとの用事」をとるのか。
これが「メンツを傷つけられた」ということだ。
だから、日本人が「あっ、ごめん。家に帰って犬に餌をやらなきゃならないから」などと言おうものなら、これは絶交ものだ。「あんたより、犬が大事」と宣告されたのだから。猫でも金魚でも同じだ。
日本人は人を人として扱わない、そういう思いが中国人の心の中に広がる。
では中国人が人からの誘いを断るときにはどうするか。相手の誘いへの誠意をみせなければならない。どうしてもやむを得ない、という理由をあげるのだ。たとえばこうだ。
「すみません、行きたいのはやまやまなのですが、その日は母親を連れて病院に行くものですから。もう予約してあるのです」
「ああ、残念です。中国から友だちが来るので、成田に迎えに行きます。日本が初めての友人なので私が行かなければなりません」
「これから帰って、今日は私が食事の支度なのです。そのうえ、恩師からの電話がある予定で、今度の学会発表についてのコメントをお願いしてあるものですから。本当にすみません」
ああそうか、それなら仕方ないと思わせるような理由を述べる。これが中国式である。
つまり、私はあなたの誘いをとても嬉しく思います。しかし、どうしてものっぴきならない事情があり、残念ですが、今回はお断りしなくてはなりません。こういう特別な事情があるのでお許しください。決してあなたを軽んじているわけではありません。
こういうふうに対応してこそ、相手を尊重し、相手のメンツを保つことになると中国人は考えるのだ。
中国人と日本人が待ち合わせる。中国人が遅刻したとしよう。すると、「なぜ遅刻したか」、その理由を会うやいなや述べ始める。決して「寝坊した」わけではない。渋滞に巻き込まれたとか、出がけに大切な人から電話があったとか、それなりの理由を挙げる。寝坊とかうっかりど忘れなどと言おうものなら、相手を軽視していることになるし、なにより「自己責任」にもなってしまう。だから、中国人は遅刻すると、現場に到着するまでに「それらしい言い訳を考えながら」行く。これが礼儀なのだ。
遅刻にしろ、誘いへの断りにしろ、いつも本当に「しかるべき事由」があるわけではないだろう。時には、あるいはよく、ウソをつくこともある。ウソをついてでも相手への敬意を表す。これは「善意のウソ」である。中国人はそう考えるが日本人は「ウソをついてごまかしている」と考える。
こういうことは生活のいろいろな局面で見られる。携帯に出そびれた。日本人なら「さっきはごめん、出そびれた」とか「テレビ見てた」などで済む。中国人なら、やはりそれらしい話を作り上げる。それが礼儀なのだ。そして、常にそういう意識で生きているわけだから、ウソとか話を作り上げるということについての意識もわれわれとは違う(もちろん、非常に親しい友だちなら日本と同じで素直にわけを話す)。
簡単にどちらが良いとか正しいとは言えない。こういう話は実は拙著の中で、何度か述べていることだが、日本人と中国人のあいだにあるちょっとした、しかし重大なズレに思え、この場をお借りして改めて記しておくのも無意味ではないかと思った次第。乞う、ご寛恕。(執筆者:相原茂)
---------- 【引用ここまで】 ----------
日本人だったら、ありきたりの理由で断れても半ば嘘を言われていることが分かりつつ、あうんの呼吸で(断りたいんだな)と分かりそうなものですが、その理由に然るべき理由を求めるとなると面倒ですね。
身内に入院させたり殺したりするわけにも行きませんし。
あまり大仰な理由を述べ立てると、それが嘘だったと分かってしまった時には、そんな嘘をつかなくちゃならないと分かってもらえない自分だと思われているのか、と逆におかしなことになるのではないかと心配です。
ほどほどに正直な方が良いと思うのですが。