尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

台湾映画「軍中楽園」ー1969、金門島の「慰安婦」たち

2018年06月16日 23時02分44秒 |  〃  (新作外国映画)
 国立映画アーカイブでブルガリアのカメン・カーレフという監督の映画が2本上映されるので見に行った。開映時間が1時半だと思い込んで、1時ギリギリに行った自分も悪いんだけど、なんと満員で入れないとは想定外。そこで渋谷のユーロスペースに「軍中楽園」を見に行った。これは見逃さなくて良かったなあと思う映画で、まあ結果的に良かったと納得できる日。

 2014年、ニウ・チェンザー監督作品。今までには「モンガに散る」が公開されている。ホウ・シャオシェンの「風櫃の少年」に主演した人で、今回もホウ・シャオシェンが「編集協力」としてクレジットされている。この映画は1969年の金門島が舞台になっている。若い人だと名前を知らないかもしれないが、中国の福建省の目の前にある島で、大陸とは2キロ程度しか離れていない。1949年の中国革命時、台湾に逃れた国民党政権が防衛に成功した。最前線の島として世界に有名だったが、この頃は映画にあるように奇数日は中国側、偶数日は台湾側から砲撃と決まっていた。

 新兵のルオ・バオタイ(イーサン・ルアン)は体格を見込まれ精鋭部隊に選抜されたが、水泳が苦手なことを知られ「特約茶室」担当に飛ばされる。そこは軍隊にある娼館で「831部隊」と呼ばれていた。(何だか「731部隊」みたいな名前だけど。)またの名は「軍中楽園」で、結婚を禁じられた老兵たちにとって「楽園」になっていた。バオタイは婚約者がいて結婚までは純潔を誓い合っている。親からも831には近づくなと言われていたが、軍命とあればやむを得ず仕事せざるを得ない。この娼館のセットがすごくて、実物を相当に調べて再現したものだという。

 娼婦の映画は昔の日本でもかなり作られているが、大体パターンは決まっている。それなりの事情があって娼婦になったわけだが、その不幸な事情につぶされるタイプがいて、もう一方に事情は事情として男たちに貢がせて蓄財に専念するタイプがある。また男の人気を得にくい「年増」や「不器量」もいるが、経験と貫録でリーダーとなったり派閥争いをしたりする。環境にめげずに生きているタイプがいて、全体を観察する役をやる。この映画もパターンに沿った構成だが、中でも不幸な事情を持ち、バオタイと心を通わせるニーニーを演じたレジーナ・ワンが素晴らしい。「帰らざる河」(マリリン・モンローが歌った映画主題歌)を歌うシーンは忘れがたい。金馬奨助演女優賞。
 (ニーニーとバオタイ)
 この娼婦たちは完全に軍の管理下にある。831部隊で働くと女性受刑者の刑期が減刑になるという制度もあるから、もう完全に国家の制度である。さすがに人権上問題だと1990年に廃止されたというが、それまであったのも驚き。まさに「軍慰安婦」というしかない。外国から連れてきたりしてないし自由意志で来てるんだろうけど、一日10人のノルマもあって「性奴隷制度」には違いない。「フーゾク」で働くにしたって都会の方が面白いと思うが、万が一戦場にならないとも限らない場所だから「危険手当」「僻地手当」みたいな措置があったんだと思う。

 もっとも女性たちの境遇はあまり語られず、むしろバオタイの上官だったラオジャン(老張)の悲劇が心に残る。まだ幼い時期に抗日戦に参加し、国民党軍に従うまま台湾に来てしまった。大陸に残した老母とは会うこともままならない。結婚も出来ずに年を取ってしまい、軍を引退して餃子屋を開く夢を一人の娼婦に語っている。バオタイは彼女に「純情なラオジャンをたぶらかすな」と忠告していたが…。また新兵時代の知り合いは坑内作業でいじめられ、娼婦に救いを求める。

 この映画は何を言おうとしているのだろうか。人間は歴史の中でもがいて生きるしかない。生まれた時代や生まれた家は選べない。国民党に連れられて台湾に来て大陸反攻を夢見て老いた兵も歴史の犠牲者だろう。一方、国民党が逃げてきて台湾を支配した結果、台湾で生まれて徴兵されて金門島で兵役に就いた青年も歴史の犠牲者である。もちろん娼婦一人ひとりも言うに言われぬ歴史の不幸を背負っているだろう。ここでは語られないが、島の対岸の大陸本土でも「文化大革命」という歴史の一大悲劇が繰り広げられていた。

 そうなんだけど、人は自分の持ち場でできることをやって生きていくしかない。そしてバオタイは多くの悔いを残して除隊を迎える。もしかしたら自分のちょっとした不注意が悲劇を生んだのではないか。もっと違った人生がありえたのではないか。ラストに出てくる架空のシーンは泣けてくる。金門島の美しい自然の中で繰り広げられるドラマは、案外普遍性がある感慨を呼ぶ。特殊な環境を描く社会派かと思ったら、むしろ世界のどこでも起こり得る出会いと別れのドラマだった。それが僕の思ったこと。「慰安婦」映画でもあるし、台湾の歴史を描く映画でもあるけれど、もっと普遍的に人間を見つめた映画になっている。撮影も音楽も見事で完成度も高い映画だった。
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