尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

深田晃司監督「海を駆ける」

2018年06月19日 22時45分17秒 | 映画 (新作日本映画)
 前作「淵に立つ」が今なお鮮烈な深田晃司監督(1980~)の新作「海を駆ける」が公開されている。余り情報がないままに見たんだけど、全編インドネシアのスマトラ島北部アチェでロケした作品だったことに驚いた。アチェと言えば長いこと独立運動が繰り広げられた。そのことも出てくるが、それ以上に2004年12月26日に起きたスマトラ島沖地震を思い出す人が多いだろう。2011.3.11まで、世界の人にとってはまず思い出す「ツナミ」だったに違いない。

 今は静かで美しい海が映し出されるが、冒頭で海の中から「謎の男」が現れる。日本人だからインドネシア人だか、それすら判らないけどどっちの言葉も理解できるらしい。その男を現地語で海を意味する「ラウ」を仮に名付けて世話をすることになる。そのラウをディーン・フジオカが演じているけど、セリフも少ないからなんだかよく判らない。その後次第にラウが奇跡(超常現象)を起こせるらしいことが描かれる。こうなると僕の手に負えなくなってくる。

 震災復興のNGOで働いている貴子(鶴田真由)の家にラウは引き取られる。彼女の家には息子のタカシ太賀)も住んでいて地元の大学に通っている。タカシの父はインドネシア人らしいが出て来ない。タカシは二重国籍だったが、成人した時にインドネシア国籍を選択したという。母とは日本語で話している。鶴田真由、太賀は前々作「ほとりの朔子」にも出ていた。そこに東京から姉の子サチコ阿部純子)も訪れる。アチェのどこかの写真を持っていて、父の遺骨をそこに散骨して欲しいというのが父の遺言だったらしい。

 日本語を話す3人に加えて、タカシの大学の友人クリス、クリスの幼なじみでジャーナリストを目指しているイルマが登場する。クリスは家が内陸にあり津波の影響はなかったが、イルマは家が流された。イルマの方が成績が良かったのに、父も独立運動で足をけがして大学へ行けない。イルマは明らかにムスリムで、クリスとは信仰が違うというからクリスはキリスト教徒なんだろう。この若者4人に間には色恋沙汰も起こって、それがなかなか面白い。夏目漱石が「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳したという話が伏線になっている。(その話は一種の伝説らしいが。)

 そういう若者同士のエピソードと絡むようで、何だかよく判らないのがラウの話。現世的には「記憶喪失」の日本人らしいということになるが、身元は全然判らない。そして彼はあちこちで不思議な出来事を起こす。生命力を甦らせる力が彼にはあるのだろうか。それだけなら善き力だが、それだけでなく悪しき力をも持っているのだろうか。どうも僕には判らないんだけど、ラウが「海」と名付けられたように、その不思議な力は海に由来するのだろうか。海に消えた多くの生命の甦りなのだろうか。どうも判らないけど、アチェの風景も興味深く何だかいわく言い難いムードがある。

 「淵に立つ」ほどの現実を切り裂く力がない感じだけど、深田監督は見続ける意味がある。それに東南アジアに関心があるので、この物語の発想が興味深い。撮影の芹沢明子も素晴らしい。「岸辺の海」や「羊の木」の人で、深田監督とは「さようなら」で組んでいる。インドネシアの空気をうまく映し出している。日本の俳優では阿部純子(1993~)が印象深い。河瀨直美の「2つ目の窓」に吉永淳の名前で出てた人。高校生役で共演した村上虹郎はその後も活躍しているが、吉永淳はどうしたのかと思うと、慶応を出てニューヨークにも留学、今は本名で活動している。「狐狼の血」で薬剤師役をやっていたが、その時は気づかなかった。注目株である。
 (阿部純子)
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