尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「万引き家族」をめぐって①

2018年06月25日 23時15分01秒 | 映画 (新作日本映画)
 新作映画を順番に見ていって、そろそろ「万引き家族」も見ないと。是枝裕和監督(1962~)の2018年カンヌ映画祭パルムドール受賞作品。もうずいぶん前から、是枝監督はどんな映画でも自在に作ってしまえる映画的技量を獲得している。だから「面白くて考えさせる」映画になっているだろうとは、見る前に判る。その面白さを書いていってもいいんだけど、そうなると登場する家族に関して「ネタバラシ」することになってしまう。それを避けながら書いていきたい。

 ある家族が東京東部の小さな家に住んでいる。スカイツリーが見えるから、東京の東の方だと判る。もともと「親が死んでも届けずに、年金をもらい続けた詐欺事件」がシナリオのモチーフになったと監督は事前に語っている。その事件が起こったのは東京都足立区の北千住近くの荒川堤防ぞいだった。映画史的には小津安二郎「東京物語」や五所平之助「煙突の見える場所」などの名作の舞台となったあたりである。映画のロケもおおよそその近くで行われた。

 是枝監督の作品は、登場人物を裁かないで提示する。子どものネグレクトを扱った「誰も知らない」(2004)や病院で起こった子どもの取り違え事件を描いた「そして父になる」(2013)のようなカンヌで受賞した代表作でも、ひたすら事態を見つめている。2016年パルムドールの「私は、ダニエル・ブレイク」も同じように貧困問題をテーマにしていたけど、ケン・ローチ監督は明確にイギリスの政治に対して怒っている。オールド左翼の魂の怒りである。それに対して是枝監督は怒りの表出ではなく、見るものに観察を強いる映画を作り続けてきた。
 (カンヌの是枝監督)
 親切な説明はないから、画面とセリフに集中する必要がある。映画に最初に登場するのは、一見すると「父と子」の二人組がスーパーで万引きするシーンだ。その二人の真の関係はなかなかつかめない。判ってくるのはラスト近くになってからだ。他の「家族」も同様で、どういう関係か最初は呑み込みにくいけど、そうかそういうことだったのかと次第に判ってくる。「祖母」の柴田初枝が樹木希林。(写真だけ出てくる死んだ夫が山崎努なのは「モリのいる場所」と同じで笑える。)「父」の治がリリー・フランキー。その「妻」信代が安藤サクラ。「妹」亜紀が松岡茉優。是枝作品初登場の安藤サクラが、いつもうまいんだけど、とりわけ素晴らしく忘れがたい。

 それでも子役の存在にはかなわないだろう。祥太役の城桧吏(じょう・かいり)は一緒に万引きをしてきて、一人で勉強できない子どもが学校行くんでしょと思い込まされている。そこに少女が新たに加わる。そこからこの「家族」に変化が起きてくる。「ゆり」(じゅり)役の佐々木みゆをどうするか。虐待を受けてきたらしい「ゆり」を受け入れて、変容が始まる。大人は大人として生きていってもらうしかないけど、この二人の子どもはこの後どうなる? 監督は何も提示していないけど、観客はずっと気になり続けるだろう。それが物語の役割なんだと思う。

 外国から見ると、家族を描くから小津の影響かと言われるらしい。でもカッチリとした世界を作り続けた小津映画と子役を自在に動かす是枝映画はむしろ対極にあると思う。謎を残して終わる近年の是枝映画は、むしろ黒澤明の「羅生門」的。「万引き家族」ではストレートに進行してきた時間があるきっかけで反転して、登場人物が振り返り始める。それでも人間存在の奥に潜む謎は完全には解明されない。この構造は黒澤明の「生きる」なのではないか。現代の監督では家族を即興で撮っていくマイク・リーや謎めいた世界をただ提示するミヒャエル・ハネケを思い出す。

 カレーのソースに例えると、じっくりコトコト煮込んで玉ねぎはもちろんジャガイモも崩れて渾然一体となっている映画もある。一方で、素材そのままの魅力でジャガイモやニンジンがざく切りでごろごろしている映画もある。前者は熟成したソースになって、役者やテーマは後景になり映画そのものの印象が残る、後者は映画の筋は覚えてないのに、俳優たちの演じるシーンだけが印象に残ったりする。是枝監督は初期はゴロゴロ野菜の魅力で見せていたが、「奇跡」の頃からテーマや役者が一体となった映画も作ってきた、今回はその両者が絶妙の割合でブレンドされていて、全体のソースの味付けもうまいけど、俳優たちの顔や演技もゴロゴロと脳裏を駆け巡っている。間違いない傑作だ。万引きや地域性などの問題を書き残しているので、もう一回。
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