最近一番ごひいきにしているアメリカの女優、グレタ・ガーウィグ(Greta Celeste Gerwig 1983~)の本格的な初監督作品、「レディ・バード」(Lady Bird)は本当に素晴らしい青春映画の大傑作だった。こんなに面白くて心に沁みる映画も珍しい。アメリカで評判になった時から早く見たいと思っていた。アカデミー賞の作品賞だけでなく、監督賞にもノミネートされ、ようやく日本公開。「あるある」感満載の女子高生映画だが、映画史的にも絶対に見逃せない映画だと思う。
主演のシアーシャ・ローナン(1994~)は、「つぐない」「ブルックリン」に続き、早くも三度目のオスカー・ノミネート。「ブルックリン」も素晴らしかったので、このコンビは期待大。カリフォルニア州の州都サクラメントに住むクリスティン・マクファーソンは母親とうまく行ってない。自分のことも「レディ・バード」(テントウムシ)と名乗り、家族や学校でもそう呼んで欲しいと言っている。冒頭、大学見学帰りの車の中、母は「怒りの葡萄」の朗読を車内で聞いていて、余韻に浸りたいと音楽を聞かせてくれない。地元の大学に行って欲しい母と絶対に東部の大学に行きたいと言い張るレディ・バードが言い争う。と突然、娘はドアを開けて車外に転がり落ちる。
(シアーシャ・ローナン)
この始まりに度肝を抜かれるが、こういう「進路」をめぐる親子のいさかいは全世界共通のものだろう。レディ・バードは父とはうまく行ってるけど、母のマリオン(ローリー・メトカーフ=アカデミー賞助演女優賞ノミネート)とは衝突しがちである。父は体調もすぐれず、会社はリストラ最中。養子の兄も大学を出たもののアルバイトで、病院で働く母が夜勤もいとわず働いて家を支えている。しかし、宗教戒律の強い学校生活に飽き飽きしているレディ・バードは町を脱出したい。
カリフォルニアと言えば自由そのもののようなイメージがあったが、「サクラメント」(秘跡)という地名を持つ州都はずいぶん宗教的らしい。公立校で事件があったとかで、母は娘をカトリック学校に入れる。そこには友人もいるけど、どうにも窮屈。しかし、学校でやるミュージカル公演のオーディションに出て見たらと言われて、大役じゃないけど役が付く。そこで主役のダニー(ルーカス・ヘッジズ=「マンチェスター・バイ・ザ・シー」の甥役)がかっこいいと思ったら、スーパーで出会って仲良くなれる。感謝祭に招かれると、なんと憧れの大邸宅が彼の叔母さんの家だった。
この階級差のある恋愛は、あるきっかけで頓挫するけど、今度はバイト先でカイル(ティモシー・シャラメ=「君の名前で僕を呼んで」の青年役)と親しくなる。感謝祭パーティで音楽をやっていた青年である。ちょっと斜に構えたクールさがステキに見えるし、自分は童貞というから処女を捧げてもいいかなというぐらい好きになる。「愛と性」はやっぱり青春の大テーマで、彼女たちもいくら宗教学校でも頭の中は思春期である。レディ・バードは家が豊かではないから、あまり弾けてないけど、顔はカワイイ。そしてイケメンを見ると弱いようである。
レディ・バードはサクラメントを脱出できるのか。友人との関係は、男友達とは…。そして憧れのプロム(プロムナード=舞踏会、アメリカの高校卒業パーティのことで人生の一大事)はどうなる?でも、お堅い学校のプロムは案外おとなしく、帰りに友だちに「映画で見るように騒がしくなかったね。やりたい、やりたいと思ってたけど、やってみたらオナニーの方が良かったみたいな」と言うのが笑える。このちょっとはっきり言いすぎの女の子、レディ・バードの行く末、心配だけど愛しくなる。
グレタ・ガーウィグは実際にサクラメント出身で、自身の体験かと言うとそうでもないらしい。2002年から一年の設定で、グレタの実年齢より少し若い。スマホ登場前で、「9・11」の後ということらしい。画面にはイラク戦争の話も出てきて、世界が変わる時代に生きていることが示される。カイル役のティモシー・シャラメは、グレタに対して「レディ・バードはグレタだと皆が思っているけど、本当はカイルの方だ」と言ったらしい。これは言いえて妙の卓見だろう。監督の実体験を甘く切なく再現する思い出映画じゃない。その鋭い観察力を見抜かないといけない。
(グレタ・ガーウィグ)
グレタ・ガーウィグを初めて見たのは、脚本・主演の「フランシス・ハ」で、主演したフランシスの不器用な生き方に共感してしまった。その後の「20センチュリー・ウーマン」や「マギーズ・プラン」も似たような感じ。生きづらい世の中に立ちすくむ主人公は、幾分か本人に近いんだと思う。グレタはレディ・バードと同じくサクラメント脱出を目指すも、現実には全部落ちて地元大学だったらしい。ひょんなきっかけで映画に出演、その後も映画や演劇の専門学校には通わず、自分の力で脚本を書いてきた。今回の初監督は紛れもない才能の証で、今後も注目していきたい。
アカデミー賞監督賞にノミネートされた女性は今まで5人。受賞したのは「ハート・ロッカー」のキャスリン・ビグローだけ。他は「ロスト・イン・トランスレーション」のソフィア・コッポラ、そして外国映画の「セブン・ビューティーズ」のリナ・ヴェルトミュラー、「ピアノ・レッスン」のジェーン・カンピオンというんだから、近年呉美保、荻上直子、三島有紀子、安藤桃子、ヤン・ヨンヒなどがベストテンに選出されている日本の方が女性監督が活躍しているのかもしれない。映画の専門教育を受けていない女性が自ら脚本、監督して、これほどの大成功を収めたことは全世界の女性に大きな影響を与えると思う。高校生映画は数多いけど、思えば皆男目線だった。その意味で、この映画に影響された「女子映画」が映画史を書き換えていく日が来るかもしれない。
主演のシアーシャ・ローナン(1994~)は、「つぐない」「ブルックリン」に続き、早くも三度目のオスカー・ノミネート。「ブルックリン」も素晴らしかったので、このコンビは期待大。カリフォルニア州の州都サクラメントに住むクリスティン・マクファーソンは母親とうまく行ってない。自分のことも「レディ・バード」(テントウムシ)と名乗り、家族や学校でもそう呼んで欲しいと言っている。冒頭、大学見学帰りの車の中、母は「怒りの葡萄」の朗読を車内で聞いていて、余韻に浸りたいと音楽を聞かせてくれない。地元の大学に行って欲しい母と絶対に東部の大学に行きたいと言い張るレディ・バードが言い争う。と突然、娘はドアを開けて車外に転がり落ちる。
(シアーシャ・ローナン)
この始まりに度肝を抜かれるが、こういう「進路」をめぐる親子のいさかいは全世界共通のものだろう。レディ・バードは父とはうまく行ってるけど、母のマリオン(ローリー・メトカーフ=アカデミー賞助演女優賞ノミネート)とは衝突しがちである。父は体調もすぐれず、会社はリストラ最中。養子の兄も大学を出たもののアルバイトで、病院で働く母が夜勤もいとわず働いて家を支えている。しかし、宗教戒律の強い学校生活に飽き飽きしているレディ・バードは町を脱出したい。
カリフォルニアと言えば自由そのもののようなイメージがあったが、「サクラメント」(秘跡)という地名を持つ州都はずいぶん宗教的らしい。公立校で事件があったとかで、母は娘をカトリック学校に入れる。そこには友人もいるけど、どうにも窮屈。しかし、学校でやるミュージカル公演のオーディションに出て見たらと言われて、大役じゃないけど役が付く。そこで主役のダニー(ルーカス・ヘッジズ=「マンチェスター・バイ・ザ・シー」の甥役)がかっこいいと思ったら、スーパーで出会って仲良くなれる。感謝祭に招かれると、なんと憧れの大邸宅が彼の叔母さんの家だった。
この階級差のある恋愛は、あるきっかけで頓挫するけど、今度はバイト先でカイル(ティモシー・シャラメ=「君の名前で僕を呼んで」の青年役)と親しくなる。感謝祭パーティで音楽をやっていた青年である。ちょっと斜に構えたクールさがステキに見えるし、自分は童貞というから処女を捧げてもいいかなというぐらい好きになる。「愛と性」はやっぱり青春の大テーマで、彼女たちもいくら宗教学校でも頭の中は思春期である。レディ・バードは家が豊かではないから、あまり弾けてないけど、顔はカワイイ。そしてイケメンを見ると弱いようである。
レディ・バードはサクラメントを脱出できるのか。友人との関係は、男友達とは…。そして憧れのプロム(プロムナード=舞踏会、アメリカの高校卒業パーティのことで人生の一大事)はどうなる?でも、お堅い学校のプロムは案外おとなしく、帰りに友だちに「映画で見るように騒がしくなかったね。やりたい、やりたいと思ってたけど、やってみたらオナニーの方が良かったみたいな」と言うのが笑える。このちょっとはっきり言いすぎの女の子、レディ・バードの行く末、心配だけど愛しくなる。
グレタ・ガーウィグは実際にサクラメント出身で、自身の体験かと言うとそうでもないらしい。2002年から一年の設定で、グレタの実年齢より少し若い。スマホ登場前で、「9・11」の後ということらしい。画面にはイラク戦争の話も出てきて、世界が変わる時代に生きていることが示される。カイル役のティモシー・シャラメは、グレタに対して「レディ・バードはグレタだと皆が思っているけど、本当はカイルの方だ」と言ったらしい。これは言いえて妙の卓見だろう。監督の実体験を甘く切なく再現する思い出映画じゃない。その鋭い観察力を見抜かないといけない。
(グレタ・ガーウィグ)
グレタ・ガーウィグを初めて見たのは、脚本・主演の「フランシス・ハ」で、主演したフランシスの不器用な生き方に共感してしまった。その後の「20センチュリー・ウーマン」や「マギーズ・プラン」も似たような感じ。生きづらい世の中に立ちすくむ主人公は、幾分か本人に近いんだと思う。グレタはレディ・バードと同じくサクラメント脱出を目指すも、現実には全部落ちて地元大学だったらしい。ひょんなきっかけで映画に出演、その後も映画や演劇の専門学校には通わず、自分の力で脚本を書いてきた。今回の初監督は紛れもない才能の証で、今後も注目していきたい。
アカデミー賞監督賞にノミネートされた女性は今まで5人。受賞したのは「ハート・ロッカー」のキャスリン・ビグローだけ。他は「ロスト・イン・トランスレーション」のソフィア・コッポラ、そして外国映画の「セブン・ビューティーズ」のリナ・ヴェルトミュラー、「ピアノ・レッスン」のジェーン・カンピオンというんだから、近年呉美保、荻上直子、三島有紀子、安藤桃子、ヤン・ヨンヒなどがベストテンに選出されている日本の方が女性監督が活躍しているのかもしれない。映画の専門教育を受けていない女性が自ら脚本、監督して、これほどの大成功を収めたことは全世界の女性に大きな影響を与えると思う。高校生映画は数多いけど、思えば皆男目線だった。その意味で、この映画に影響された「女子映画」が映画史を書き換えていく日が来るかもしれない。