例年3月頃にはアカデミー賞受賞作品が続々と公開される。今回はオリヴィア・コールマンが主演女優賞を獲得した「女王陛下のお気に入り」(The Favourite)。今年のアカデミー賞で「ローマ」と並ぶ最多10部門でノミネートされたが、主要部門以外に技術部門のノミネートが多い。受賞は主演女優賞だけに止まったが、それは作家性の高い「トンデモ映画」だからやむを得ないだろう。僕の見るところ、この映画はあまり好きになれないタイプながら、間違いなく大傑作である。

「女王陛下」って誰かというと、イギリスのアン女王(1665~1714)。日本では名前だけでは判らないと思うが、その治世の時に「グレートブリテン王国」が誕生し、初代国王となった。1707年5月1日のことで、それ以前は「イングランド王国」と「スコットランド王国」の同君連合の国王だった。1688年の名誉革命で追放されたジェームズ2世の次女で、姉のメアリー2世とその夫でオランダから招かれたウィリアム3世に子どもがなかったため、1702年に後継者となった。
細かい事情を知らなくても、この映画はもちろん面白く見られる。歴史的事実をベースにしながら、映画の眼目は女どうしのし烈な感情のぶつけ合いである。ギリシャ出身のヨルゴス・ランティモス監督作品。ランティモスは「ロブスター」(カンヌ審査員賞)、「聖なる鹿殺し」(カンヌ脚本賞)と続けて評価され、いま最も期待される監督の一人だ。どっちもあまりにぶっ飛んだ設定に愕然とする映画だったが、「不条理な世界で全身全霊を掛けてサバイバルを図る」という点が今回の映画と共通する。今回はランティモスのオリジナル脚本ではない。メジャーな歴史コメディとして企画されたが、監督にランティモスを抜てきしたことが素晴らしい成果を挙げた。
(女王とサラ)
もう高齢で痛風持ちのアン女王(オリヴィア・コールマン)は、フランスとの戦争中ながらも宮廷に閉じこもっている。若いころからの友人、サラ・ジェニングス(マールバラ侯爵夫人、レイチェル・ワイズ)だけを頼りにし、何事も依存していた。そこへサラの従妹で没落貴族の娘アビゲイル・メイシャム(エマ・ストーン)が、宮廷に仕事を求めてやってくる。アビゲイルはやがて女王とサラの秘密をかぎつけ、女王に近づいてゆく。この宮廷内の隠微な人間関係が、あけすけなセリフと素晴らしい映像で描かれる。時には極端な広角で撮影された宮殿のようすは、忘れがたい。
アン女王は子どもが17人いたが、すべて死産か幼い時に死んでしまった。(そのため後継者がなくスチュアート朝はアンで終わる。スチュアート朝の血を引く唯一のプロテスタントであるハノーヴァー公がドイツから招かれてジョージ一世となった。)女王は17匹のウサギを死んだ子に見立てて可愛がっている。(このような悲劇の原因は、女王が「抗リン脂質抗体症候群」という病気だったからとウィキペディアに出ている。)そんな女王の宮廷が健全とは言い難くなるのも当然で、病身の女王は政務に不熱心で側近に任せきりになる。しかし、映画はそういう歴史を語るのではない。極端にデフォルメされた人間関係を、もう笑っちゃうしかないレベルで描いている。
(主要な三人の女優)
この映画は主要な三人の女優の演技合戦がすごくて、圧倒される。オリヴィア・コールマンは女王だから出ずっぱりで、一応主演と言ってもいい。でも主筋は側近二人の蹴落としあいである。サラのレイチェル・ワイズとアビゲイルのエマ・ストーンは、ともにアカデミー賞助演女優賞にノミネートされた。それで相打ちになってしまった。二人とも過去にオスカーを貰っているので、初ノミネートのコールマンが選ばれたのか。コールマンは「マーガレット・サッチャー」でサッチャーの娘をやっていた人で、ワイズとともに「ロブスター」にも出ていた。こういうなり切り演技が最近は評価が高くなるが、僕はレイチェル・ワイズの演技が特に素晴らしいと思った。
この映画を見ると、歴史を確かめたくなる。基本的には史実に沿っていると知って、ビックリした。こんなドラマが英国王室に隠れていたのか。もっとも相当に改変はされている。大体、この映画だけ見ると、戦争を含めて何でもサラかアビゲイルが政界を操縦していたように思うけど、もちろんそんなことはない。名誉革命後なんだから、基本は「君臨すれど統治せず」である。もちろん有産男子だけだが、選挙だってやってる。議会政治なんだけど、憲法はイギリスにはない。君主の意向も重要だったのだろう。そんなことはともかく、実に面白いトンデモ映画だ。

「女王陛下」って誰かというと、イギリスのアン女王(1665~1714)。日本では名前だけでは判らないと思うが、その治世の時に「グレートブリテン王国」が誕生し、初代国王となった。1707年5月1日のことで、それ以前は「イングランド王国」と「スコットランド王国」の同君連合の国王だった。1688年の名誉革命で追放されたジェームズ2世の次女で、姉のメアリー2世とその夫でオランダから招かれたウィリアム3世に子どもがなかったため、1702年に後継者となった。
細かい事情を知らなくても、この映画はもちろん面白く見られる。歴史的事実をベースにしながら、映画の眼目は女どうしのし烈な感情のぶつけ合いである。ギリシャ出身のヨルゴス・ランティモス監督作品。ランティモスは「ロブスター」(カンヌ審査員賞)、「聖なる鹿殺し」(カンヌ脚本賞)と続けて評価され、いま最も期待される監督の一人だ。どっちもあまりにぶっ飛んだ設定に愕然とする映画だったが、「不条理な世界で全身全霊を掛けてサバイバルを図る」という点が今回の映画と共通する。今回はランティモスのオリジナル脚本ではない。メジャーな歴史コメディとして企画されたが、監督にランティモスを抜てきしたことが素晴らしい成果を挙げた。

もう高齢で痛風持ちのアン女王(オリヴィア・コールマン)は、フランスとの戦争中ながらも宮廷に閉じこもっている。若いころからの友人、サラ・ジェニングス(マールバラ侯爵夫人、レイチェル・ワイズ)だけを頼りにし、何事も依存していた。そこへサラの従妹で没落貴族の娘アビゲイル・メイシャム(エマ・ストーン)が、宮廷に仕事を求めてやってくる。アビゲイルはやがて女王とサラの秘密をかぎつけ、女王に近づいてゆく。この宮廷内の隠微な人間関係が、あけすけなセリフと素晴らしい映像で描かれる。時には極端な広角で撮影された宮殿のようすは、忘れがたい。
アン女王は子どもが17人いたが、すべて死産か幼い時に死んでしまった。(そのため後継者がなくスチュアート朝はアンで終わる。スチュアート朝の血を引く唯一のプロテスタントであるハノーヴァー公がドイツから招かれてジョージ一世となった。)女王は17匹のウサギを死んだ子に見立てて可愛がっている。(このような悲劇の原因は、女王が「抗リン脂質抗体症候群」という病気だったからとウィキペディアに出ている。)そんな女王の宮廷が健全とは言い難くなるのも当然で、病身の女王は政務に不熱心で側近に任せきりになる。しかし、映画はそういう歴史を語るのではない。極端にデフォルメされた人間関係を、もう笑っちゃうしかないレベルで描いている。

この映画は主要な三人の女優の演技合戦がすごくて、圧倒される。オリヴィア・コールマンは女王だから出ずっぱりで、一応主演と言ってもいい。でも主筋は側近二人の蹴落としあいである。サラのレイチェル・ワイズとアビゲイルのエマ・ストーンは、ともにアカデミー賞助演女優賞にノミネートされた。それで相打ちになってしまった。二人とも過去にオスカーを貰っているので、初ノミネートのコールマンが選ばれたのか。コールマンは「マーガレット・サッチャー」でサッチャーの娘をやっていた人で、ワイズとともに「ロブスター」にも出ていた。こういうなり切り演技が最近は評価が高くなるが、僕はレイチェル・ワイズの演技が特に素晴らしいと思った。
この映画を見ると、歴史を確かめたくなる。基本的には史実に沿っていると知って、ビックリした。こんなドラマが英国王室に隠れていたのか。もっとも相当に改変はされている。大体、この映画だけ見ると、戦争を含めて何でもサラかアビゲイルが政界を操縦していたように思うけど、もちろんそんなことはない。名誉革命後なんだから、基本は「君臨すれど統治せず」である。もちろん有産男子だけだが、選挙だってやってる。議会政治なんだけど、憲法はイギリスにはない。君主の意向も重要だったのだろう。そんなことはともかく、実に面白いトンデモ映画だ。