第91回アカデミー賞(2018年)作品賞受賞の「グリーンブック」は、確かによく出来ていて面白い作品だった。最近のアカデミー賞は、「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(2014)や「ムーンライト」(2016)のような作家性の高いアート映画の評価が高い。今年も「ROMA/ローマ」の前評判が高かったが、さすがにネットフリックス配信のモノクロスペイン語映画では難しかったか。近年では「英国王のスピーチ」以来の「エンタメ社会派」的な映画である。
イタリア系のトニー・バレロンガ(通称トニー・リップ=ヴィゴ・モーテンセン)はニューヨークのクラブ「コパカバーナ」で用心棒をしていた。改装のため休店になった間の職を探すと、「ドクターのドライバー」を紹介される。面接に行くと、カーネギーホールの上階に住む黒人ピアニスト、ドン"ドクター"シャーリー(マハーシャラ・アリ)の住居だった。中西部から南部を周る8週間のツァーの運転手を探しているという。採用されたトニーには、レコード会社から「グリーンブック」が渡される。南部を旅する黒人向けガイドで、利用可能な施設が書かれている本だった。
(これがグリーンブック)
映画の作りは典型的なロード・ムーヴィー。旅回りの間に登場人物の関係が変容していく様子が見どころだが、背景に出てくるアメリカ各地の風景が美しい。トニー自身も「なんてこの国は美しいんだ」なんて手紙を送っている。当時の「常識」と違って、黒人のシャーリーの方がエリート教育を受けた教養人で、トニーはがさつで無教養なタイプ。車内でラジオを付けると、シャーリーは当時のヒット曲が判らない。それどころか、フライドチキンを食べたこともない。(ケンタッキー州に入ると、トニーが大喜びでケンタッキー・フライド・チキンに寄るのがおかしい。)もともとは偏見があったトニーだが、シャーリーのピアノの才能に驚き彼が不当に扱われることに不条理を感じてゆく。
ほとんどトニーとシャーリーの掛け合いで、演技を見る楽しみが大きい。シャーリーのマハーシャラ・アリ(1974~)は「ムーンライト」に続く2回目のアカデミー賞助演男優賞。「ムーンライト」は三部中の第一部だけ、わずか24分の出演シーンで「もうけ役」だったが、今回はほぼ出ずっぱり。この映画はアリの素晴らしい演技が支えている。トニーのヴィゴ・モーテンセン(1958~)はもう60歳という歳を感じさせない。主演男優賞にノミネートされたが受賞はならなかった。映画は南部に入り、さまざまな圧迫が続く中で思いがけない深みを見せてゆく。ここでは書かないけれど、1962年という時代を考えさせられる。(アカデミー脚本賞受賞)
「グリーンブック」には批判もある。スパイク・リーなどは、この映画の微温性、偽善性を批判している。トニーが次第にシャーリーの保護者のようになっていき、「善き白人」になってしまう。エリートのシャーリーは、差別されたものの代表とは言えないだろう。この話は基本的に実話で、ラストには実在の二人の写真が出る。脚本にトニーの子であるニック・バレロンガが加わっていて、それもトニー側の視点で映画が作られた理由だろう。(なお、現実のトニーはその後コパカバーナの支配人となり、コッポラ監督と知り合い「ゴッドファーザー」に出演する。その後も俳優活動をして「グッドフェローズ」や「フェイク」などで実在のイタリア系ギャング役で出ている。)
確かにこの映画は差別と真正面から闘った映画ではなく、むしろ孤独なエリート黒人が陽気なイタリア系大家族に癒される「ウェルメイド」な映画になっている。だけど、それに止まらない「差別と寛容の重層性」をも語っている。監督はピーター・ファレリーで「メリーに首ったけ」などのコメディで知られる。ここまで社会的なテーマを持ち、高い評価を受けた映画もない。そんなエンタメ畑の監督が脚本も手掛けて、笑いと感動の中に込めたメッセージ。きちんと受け止めるだけの価値がある。
イタリア系のトニー・バレロンガ(通称トニー・リップ=ヴィゴ・モーテンセン)はニューヨークのクラブ「コパカバーナ」で用心棒をしていた。改装のため休店になった間の職を探すと、「ドクターのドライバー」を紹介される。面接に行くと、カーネギーホールの上階に住む黒人ピアニスト、ドン"ドクター"シャーリー(マハーシャラ・アリ)の住居だった。中西部から南部を周る8週間のツァーの運転手を探しているという。採用されたトニーには、レコード会社から「グリーンブック」が渡される。南部を旅する黒人向けガイドで、利用可能な施設が書かれている本だった。
(これがグリーンブック)
映画の作りは典型的なロード・ムーヴィー。旅回りの間に登場人物の関係が変容していく様子が見どころだが、背景に出てくるアメリカ各地の風景が美しい。トニー自身も「なんてこの国は美しいんだ」なんて手紙を送っている。当時の「常識」と違って、黒人のシャーリーの方がエリート教育を受けた教養人で、トニーはがさつで無教養なタイプ。車内でラジオを付けると、シャーリーは当時のヒット曲が判らない。それどころか、フライドチキンを食べたこともない。(ケンタッキー州に入ると、トニーが大喜びでケンタッキー・フライド・チキンに寄るのがおかしい。)もともとは偏見があったトニーだが、シャーリーのピアノの才能に驚き彼が不当に扱われることに不条理を感じてゆく。
ほとんどトニーとシャーリーの掛け合いで、演技を見る楽しみが大きい。シャーリーのマハーシャラ・アリ(1974~)は「ムーンライト」に続く2回目のアカデミー賞助演男優賞。「ムーンライト」は三部中の第一部だけ、わずか24分の出演シーンで「もうけ役」だったが、今回はほぼ出ずっぱり。この映画はアリの素晴らしい演技が支えている。トニーのヴィゴ・モーテンセン(1958~)はもう60歳という歳を感じさせない。主演男優賞にノミネートされたが受賞はならなかった。映画は南部に入り、さまざまな圧迫が続く中で思いがけない深みを見せてゆく。ここでは書かないけれど、1962年という時代を考えさせられる。(アカデミー脚本賞受賞)
「グリーンブック」には批判もある。スパイク・リーなどは、この映画の微温性、偽善性を批判している。トニーが次第にシャーリーの保護者のようになっていき、「善き白人」になってしまう。エリートのシャーリーは、差別されたものの代表とは言えないだろう。この話は基本的に実話で、ラストには実在の二人の写真が出る。脚本にトニーの子であるニック・バレロンガが加わっていて、それもトニー側の視点で映画が作られた理由だろう。(なお、現実のトニーはその後コパカバーナの支配人となり、コッポラ監督と知り合い「ゴッドファーザー」に出演する。その後も俳優活動をして「グッドフェローズ」や「フェイク」などで実在のイタリア系ギャング役で出ている。)
確かにこの映画は差別と真正面から闘った映画ではなく、むしろ孤独なエリート黒人が陽気なイタリア系大家族に癒される「ウェルメイド」な映画になっている。だけど、それに止まらない「差別と寛容の重層性」をも語っている。監督はピーター・ファレリーで「メリーに首ったけ」などのコメディで知られる。ここまで社会的なテーマを持ち、高い評価を受けた映画もない。そんなエンタメ畑の監督が脚本も手掛けて、笑いと感動の中に込めたメッセージ。きちんと受け止めるだけの価値がある。