東京高等検察庁の黒川弘務検事長の定年延長というニュースが流れたのは1月31日のことだった。その時点では、また不可解な人事を安倍内閣が行ったなとは思ったものの、詳しい事情も知らないからへえと思っただけだった。その後ネット上で「違法だ」との指摘が相次ぎ、国会で野党側が質問する事態にもなった。そこで自分でも調べてみたのだが、その結果「違法行為」だと思うに至った。
(黒川弘務東京高検検事長)
そもそも内閣は人事に関して広範囲な裁量権を持っていると考えられる。だからかつて安倍内閣が行った「内閣法制局長官に小松一郎駐フランス大使を任命した」事例や「(弁護士出身最高裁判事の後任に)日弁連の推薦を無視して最高裁裁判官に山口厚氏を任命した」事例は、慣例に反する不適当な人事には違いないが「違法」とは言い切れないだろう。しかし今回は違うのである。
検察庁は行政官庁の一つではあるが、法曹三者(裁判官、弁護士、検察官)の一つであって、一定の独立性が保証されている。検事総長、最高検次長検事、各高検検事長は内閣が任命、天皇が認証する。一応は法務省の管轄になるが、法務大臣が直接に検事に指示することは出来ない。法務大臣による「指揮権」という規定は存在するが、それは検事総長を通して行うのである。だから政権にとって検事総長に誰がなるかは非常に重大な意味を持っている。
一般に公務員になるには、もちろん人事院が実施する公務員試験を受けることになる。(外務省が実施する外交官試験などの例外もある。)しかし検察官になるには、はるかに難関とされる司法試験に合格し、司法修習を終了しなければならない。そういう非常に高い専門性を求められることから、検察官の人事に関しては一般の「国家公務員法」ではなく、「検察庁法」で規定している。そして検察庁法第22条には「検事総長は、年齢が六十五年に達した時に、その他の検察官は年齢が六十三年に達した時に退官する」と明記されている。
それに対し、森雅子法相は「業務遂行上の必要」を理由にして「国家公務員法」の「定年延長」の規定を適用したとしている。じゃあ、国家公務員法には何と書いてあるか。そもそも国家公務員の定年は60歳である。今後順次延長されてゆくが、現時点では60歳。確かに、国家公務員法第81条の3には「職務の特殊性又は職員の職務の遂行上の特別の事情」の場合、定年を延長できるとある。
では「余人を持って代えがたい」公務員だったら、延長に次ぐ延長を繰り返して70歳でも80歳でも勤務出来るんだろうか。それは出来ないのである。公務員の定年は「一年を超えない範囲内」で延長でき、期限が来たら再び同様に延長できる。「ただし、その期限は、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して三年を超えることができない」のである。(国家公務員法第81条の2)つまり、63歳までしか定年延長が出来ないのだ。
国家公務員法の定年延長とは、要するに60歳までしか勤務出来ない特別な能力のある一般公務員を63歳まで働けるようにする規定なのである。しかし、検察官はもともと63歳定年である。検察官に関しては、高い専門的能力を必要とすることから、全員が特例で定年を延長されているのと同じである。検察庁法には検事の定年延長特例は規定されていない。だから検察官は検事総長以外には63歳を超えて在任することが出来ない。そう理解するのが法の正しい解釈だろう。
このような特例的な定年制度は他にもある。調べてみると、病院の医師、宮内庁次長、金融庁長官、科学警察研究所長官,国立がんセンター総長等は65歳、守衛、用務員は63歳、事務次官・警視総監等は62歳…といった具合である。国家公務員にもいろんな職があるもんだと思った。しかし、国家公務員の定年は原則として60歳である。一度定年退職した後に「再任用」という制度もあるが、それも65歳まで。しかし、そういう制度は一般的な公務員の話である。
ところで黒川氏の定年を安倍内閣が何故延長したのか。それは現職の稲田伸夫検事総長が慣例通り2年で勇退するなら8月に退官となる。黒川氏は2月7日に定年を迎える予定だったが、今回半年延長されたので、ギリギリで検事総長に昇格できる。今の稲田検事総長の前職は、法務事務次官→東京高検検事長→検事総長である。実は黒川氏も法務事務次官経験者で、今東京高検検事長。検察官の世界では事実上の№2である。検事総長には最高検次長検事が昇格するのではない。1950年代末から、3人の例外を除き25人が東京高検検事長から検事総長となっている。
その意味では検察官の世界では、慣例通りの昇格になるのかもしれない。だが、その「慣例」のために法の趣旨をまげてはならない。森法相は「ゴーン事件」対応だと言いたいらしいが、ゴーン元日産会長が批判する「日本の司法制度は不正だ」というのをまさに裏付けるような人事ではないか。「その通り日本の司法は法を逸脱するんだ」と世界に示してどうするんだろう。
それに安倍首相は「桜を見る会」問題で背任罪で告発されている。安倍内閣で定年を延長して貰った検事総長が対処出来るんだろうか。それにこのままでは黒川氏自身が「検察庁法違反」で告発されるだろう。森雅子法相も「特別公務員職権濫用罪」に当たるのではないかと思われる。そのぐらい重大な出来事なんじゃないかと考える。
(黒川弘務東京高検検事長)
そもそも内閣は人事に関して広範囲な裁量権を持っていると考えられる。だからかつて安倍内閣が行った「内閣法制局長官に小松一郎駐フランス大使を任命した」事例や「(弁護士出身最高裁判事の後任に)日弁連の推薦を無視して最高裁裁判官に山口厚氏を任命した」事例は、慣例に反する不適当な人事には違いないが「違法」とは言い切れないだろう。しかし今回は違うのである。
検察庁は行政官庁の一つではあるが、法曹三者(裁判官、弁護士、検察官)の一つであって、一定の独立性が保証されている。検事総長、最高検次長検事、各高検検事長は内閣が任命、天皇が認証する。一応は法務省の管轄になるが、法務大臣が直接に検事に指示することは出来ない。法務大臣による「指揮権」という規定は存在するが、それは検事総長を通して行うのである。だから政権にとって検事総長に誰がなるかは非常に重大な意味を持っている。
一般に公務員になるには、もちろん人事院が実施する公務員試験を受けることになる。(外務省が実施する外交官試験などの例外もある。)しかし検察官になるには、はるかに難関とされる司法試験に合格し、司法修習を終了しなければならない。そういう非常に高い専門性を求められることから、検察官の人事に関しては一般の「国家公務員法」ではなく、「検察庁法」で規定している。そして検察庁法第22条には「検事総長は、年齢が六十五年に達した時に、その他の検察官は年齢が六十三年に達した時に退官する」と明記されている。
それに対し、森雅子法相は「業務遂行上の必要」を理由にして「国家公務員法」の「定年延長」の規定を適用したとしている。じゃあ、国家公務員法には何と書いてあるか。そもそも国家公務員の定年は60歳である。今後順次延長されてゆくが、現時点では60歳。確かに、国家公務員法第81条の3には「職務の特殊性又は職員の職務の遂行上の特別の事情」の場合、定年を延長できるとある。
では「余人を持って代えがたい」公務員だったら、延長に次ぐ延長を繰り返して70歳でも80歳でも勤務出来るんだろうか。それは出来ないのである。公務員の定年は「一年を超えない範囲内」で延長でき、期限が来たら再び同様に延長できる。「ただし、その期限は、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して三年を超えることができない」のである。(国家公務員法第81条の2)つまり、63歳までしか定年延長が出来ないのだ。
国家公務員法の定年延長とは、要するに60歳までしか勤務出来ない特別な能力のある一般公務員を63歳まで働けるようにする規定なのである。しかし、検察官はもともと63歳定年である。検察官に関しては、高い専門的能力を必要とすることから、全員が特例で定年を延長されているのと同じである。検察庁法には検事の定年延長特例は規定されていない。だから検察官は検事総長以外には63歳を超えて在任することが出来ない。そう理解するのが法の正しい解釈だろう。
このような特例的な定年制度は他にもある。調べてみると、病院の医師、宮内庁次長、金融庁長官、科学警察研究所長官,国立がんセンター総長等は65歳、守衛、用務員は63歳、事務次官・警視総監等は62歳…といった具合である。国家公務員にもいろんな職があるもんだと思った。しかし、国家公務員の定年は原則として60歳である。一度定年退職した後に「再任用」という制度もあるが、それも65歳まで。しかし、そういう制度は一般的な公務員の話である。
ところで黒川氏の定年を安倍内閣が何故延長したのか。それは現職の稲田伸夫検事総長が慣例通り2年で勇退するなら8月に退官となる。黒川氏は2月7日に定年を迎える予定だったが、今回半年延長されたので、ギリギリで検事総長に昇格できる。今の稲田検事総長の前職は、法務事務次官→東京高検検事長→検事総長である。実は黒川氏も法務事務次官経験者で、今東京高検検事長。検察官の世界では事実上の№2である。検事総長には最高検次長検事が昇格するのではない。1950年代末から、3人の例外を除き25人が東京高検検事長から検事総長となっている。
その意味では検察官の世界では、慣例通りの昇格になるのかもしれない。だが、その「慣例」のために法の趣旨をまげてはならない。森法相は「ゴーン事件」対応だと言いたいらしいが、ゴーン元日産会長が批判する「日本の司法制度は不正だ」というのをまさに裏付けるような人事ではないか。「その通り日本の司法は法を逸脱するんだ」と世界に示してどうするんだろう。
それに安倍首相は「桜を見る会」問題で背任罪で告発されている。安倍内閣で定年を延長して貰った検事総長が対処出来るんだろうか。それにこのままでは黒川氏自身が「検察庁法違反」で告発されるだろう。森雅子法相も「特別公務員職権濫用罪」に当たるのではないかと思われる。そのぐらい重大な出来事なんじゃないかと考える。