島本理生原作の「Red」が三島有紀子監督によって映画化された。作品的にも興行的にも、あまり評価されずに上映も朝か夜に一回程度になりつつある。見てから少し時間が経ってしまったけれど、この機会に島本理生も久しぶりに何冊か読んだので、合わせて書いておきたい。
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三島有紀子監督(1969~)は、親が三島由紀夫にちなんで付けた名前だというけれど、こちらは「有紀子」なので注意。69年生まれだから、三島由紀夫の生前である。NHKでドキュメンタリーを作っていたが、退局して劇映画を作り始めた。「しあわせのパン」「繕い裁つ人」「少女」などを作った後、2017年の「幼な子われらに生まれ」がキネ旬4位、モントリオール映画祭で審査員特別グランプリを獲得した。確かに力強い演出力が印象的だったが、話が嫌な感じで書かなかった。
今回の「Red」は美しい映像美が印象的。まさに原作題名の意味がよく判るような「赤」が暗い画面に映えている。だけど今度の映画も、どうも嫌な話だと思う。原作(中公文庫)も読んだけど、こんな展開でいいのかと思ってしまった。それでも原作は家族関係が細かく描きこまれているので、主人公の行動も全く理解出来ないわけではない。しかし、映画化すると時間の関係などで描ききれない部分が出てくる。「文芸映画」が満足できないことが多い理由だ。原作と映画でははIT関係の会社と建築設計の会社、出張先が金沢と新潟などといった違いがある。それらは映像処理上の問題だ。
「Red」は島清恋愛文学賞(島田清次郎にちなんだ賞)を受けているが、堂々たる「不倫」小説である。主人公「塔子」(夏帆)が10年前に愛した男「鞍田」(妻夫木聡)と再会する。その時には結婚して幼い子どももいたのに、鞍田に引きずられるように夫から心離れてゆく。そこに「夫の実家」「自分の母との関係」(父は行方不明)、「女性と職業」などの問題が提起され、さらに働き始めた職場には「小鷹」(柄本佑)という強引な男もいる。映画だけを見ていては、とても塔子が理解できないのではないか。
映画は原作のストーリーを絵解きする仕掛けではないけれど、物語にストーリー性がある場合は観客が筋書きに納得できないと感情移入できない。「不倫」を描く物語や映画はいくらでもある。「子どもがいる女性」だから「家庭第一」に生きなければならないと決めつけては抑圧になる。だけど「火宅の人」の主人公(檀一雄)のような「破滅型文士」ならともかく、描き方に注意しないと観客が付いていけない場合もある。(檀一雄だって、「妻の目」から見れば違った側面が存在する。)夏帆はいつものような「天然」な感じではなく、悩み苦しむ役に挑戦していて悪くはないが、ラストの決断でいいのかなと思った。
島本理生(しまもと・りお、1983~)は、19歳で書いた「リトル・バイ・リトル」が2003年1月発表の128回芥川賞の候補作になって注目された。その時点で都立新宿山吹高校に在学中だった。名前を聞いても判らない人が多いかと思うが、日本初の単位制定時制高校で「四部制」(三部制ではなく)になっている。その頃自分も定時制課程の教員だったから、島本理生も読んでみた。その後しばらく読み続けたと思う。2005年の「ナラタージュ」が心に響く作品で、行定勲監督、松本潤、有村架純主演の映画化も好きだった。ほとんど評価されなかったけど、忘れがたい映画だ。
(島本理生)
2004年1月の130回芥川賞でも島本理生「眠れる森」が候補になっていた。しかし、その時は金原ひとみ「蛇にピアス」と綿矢りさ「蹴りたい背中」の2作が受賞し、いずれも若い女性作家ということで話題となった。結局、島本理生は芥川賞候補に4回、直木賞候補に2回選ばれ、2018年に「ファースト・ラヴ」で直木賞を受賞したわけである。この小説は最近文春文庫に収録されたので読んでみた。
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僕は「ナラタージュ」以後、少し島本理生を読んでなかった。正直に言って、読むのが辛くなった。「父(的な存在)による(性的な)虐待」や「ネグレクト(的)な母との葛藤」という設定が多いので、それは大切なテーマだと認めつつも、もういいかと思わせる。「ファースト・ラヴ」は意外なことにPSW(臨床心理士)による「法廷ミステリー」(的)だった。女子アナをめざして2次面接まで進みながら、突然面接会場を飛び出した女性が、美術専門学校に押しかけて教師をしている父を刺殺したというスキャンダラスな事件。主人公が過去にいきさつのあった弁護士とともに「動機」を探ってゆく。事件に関しては、ものすごく意外な真相というよりも、「こういうことがあるのか」と深く感じさせられた。今までと同様のテーマに、新たな語り口で挑んだことに意味を感じた。
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それより僕が面白かったのは、1400枚を超える文庫本2冊の著者最大の大長編「アンダスタンド・メイビー」だった。長いから敬遠していたけど、一気読みできる面白さ。直木賞候補になったが、選評を調べると「ファースト・ラヴ」を評価した人は同様にこっちも推していて、反対派はどっちも評価が低い。「アンダスタンド・メイビー」は波瀾万丈だが、確かに主人公の行動には納得できない。読んでる間は面白いが、読み終わると登場人物が極端すぎる気がしてくる。それでも「性的虐待」や「母との葛藤」が壮大な物語にまとめ上げられている。人間がわかり合うことは難しい。いや理解不能な人間存在にたじろぐしかない。主人公「藤枝黒江」の運命や如何に。若いうちに多くの人々が読んでみるべきだ。まあ学校の推薦図書などにはならないかもしれないけど。
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三島有紀子監督(1969~)は、親が三島由紀夫にちなんで付けた名前だというけれど、こちらは「有紀子」なので注意。69年生まれだから、三島由紀夫の生前である。NHKでドキュメンタリーを作っていたが、退局して劇映画を作り始めた。「しあわせのパン」「繕い裁つ人」「少女」などを作った後、2017年の「幼な子われらに生まれ」がキネ旬4位、モントリオール映画祭で審査員特別グランプリを獲得した。確かに力強い演出力が印象的だったが、話が嫌な感じで書かなかった。
今回の「Red」は美しい映像美が印象的。まさに原作題名の意味がよく判るような「赤」が暗い画面に映えている。だけど今度の映画も、どうも嫌な話だと思う。原作(中公文庫)も読んだけど、こんな展開でいいのかと思ってしまった。それでも原作は家族関係が細かく描きこまれているので、主人公の行動も全く理解出来ないわけではない。しかし、映画化すると時間の関係などで描ききれない部分が出てくる。「文芸映画」が満足できないことが多い理由だ。原作と映画でははIT関係の会社と建築設計の会社、出張先が金沢と新潟などといった違いがある。それらは映像処理上の問題だ。
「Red」は島清恋愛文学賞(島田清次郎にちなんだ賞)を受けているが、堂々たる「不倫」小説である。主人公「塔子」(夏帆)が10年前に愛した男「鞍田」(妻夫木聡)と再会する。その時には結婚して幼い子どももいたのに、鞍田に引きずられるように夫から心離れてゆく。そこに「夫の実家」「自分の母との関係」(父は行方不明)、「女性と職業」などの問題が提起され、さらに働き始めた職場には「小鷹」(柄本佑)という強引な男もいる。映画だけを見ていては、とても塔子が理解できないのではないか。
映画は原作のストーリーを絵解きする仕掛けではないけれど、物語にストーリー性がある場合は観客が筋書きに納得できないと感情移入できない。「不倫」を描く物語や映画はいくらでもある。「子どもがいる女性」だから「家庭第一」に生きなければならないと決めつけては抑圧になる。だけど「火宅の人」の主人公(檀一雄)のような「破滅型文士」ならともかく、描き方に注意しないと観客が付いていけない場合もある。(檀一雄だって、「妻の目」から見れば違った側面が存在する。)夏帆はいつものような「天然」な感じではなく、悩み苦しむ役に挑戦していて悪くはないが、ラストの決断でいいのかなと思った。
島本理生(しまもと・りお、1983~)は、19歳で書いた「リトル・バイ・リトル」が2003年1月発表の128回芥川賞の候補作になって注目された。その時点で都立新宿山吹高校に在学中だった。名前を聞いても判らない人が多いかと思うが、日本初の単位制定時制高校で「四部制」(三部制ではなく)になっている。その頃自分も定時制課程の教員だったから、島本理生も読んでみた。その後しばらく読み続けたと思う。2005年の「ナラタージュ」が心に響く作品で、行定勲監督、松本潤、有村架純主演の映画化も好きだった。ほとんど評価されなかったけど、忘れがたい映画だ。
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2004年1月の130回芥川賞でも島本理生「眠れる森」が候補になっていた。しかし、その時は金原ひとみ「蛇にピアス」と綿矢りさ「蹴りたい背中」の2作が受賞し、いずれも若い女性作家ということで話題となった。結局、島本理生は芥川賞候補に4回、直木賞候補に2回選ばれ、2018年に「ファースト・ラヴ」で直木賞を受賞したわけである。この小説は最近文春文庫に収録されたので読んでみた。
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僕は「ナラタージュ」以後、少し島本理生を読んでなかった。正直に言って、読むのが辛くなった。「父(的な存在)による(性的な)虐待」や「ネグレクト(的)な母との葛藤」という設定が多いので、それは大切なテーマだと認めつつも、もういいかと思わせる。「ファースト・ラヴ」は意外なことにPSW(臨床心理士)による「法廷ミステリー」(的)だった。女子アナをめざして2次面接まで進みながら、突然面接会場を飛び出した女性が、美術専門学校に押しかけて教師をしている父を刺殺したというスキャンダラスな事件。主人公が過去にいきさつのあった弁護士とともに「動機」を探ってゆく。事件に関しては、ものすごく意外な真相というよりも、「こういうことがあるのか」と深く感じさせられた。今までと同様のテーマに、新たな語り口で挑んだことに意味を感じた。
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それより僕が面白かったのは、1400枚を超える文庫本2冊の著者最大の大長編「アンダスタンド・メイビー」だった。長いから敬遠していたけど、一気読みできる面白さ。直木賞候補になったが、選評を調べると「ファースト・ラヴ」を評価した人は同様にこっちも推していて、反対派はどっちも評価が低い。「アンダスタンド・メイビー」は波瀾万丈だが、確かに主人公の行動には納得できない。読んでる間は面白いが、読み終わると登場人物が極端すぎる気がしてくる。それでも「性的虐待」や「母との葛藤」が壮大な物語にまとめ上げられている。人間がわかり合うことは難しい。いや理解不能な人間存在にたじろぐしかない。主人公「藤枝黒江」の運命や如何に。若いうちに多くの人々が読んでみるべきだ。まあ学校の推薦図書などにはならないかもしれないけど。