尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「リスクは民主的である」を考えるー新型コロナウイルス問題

2020年03月19日 22時38分36秒 |  〃 (新型コロナウイルス問題)
 新型コロナウイルス問題は中国から欧米の問題へと拡大してしまった。終息に向かう道筋はまだ見えていない。複雑に織りなされた世界経済システムがあっという間に機能停止してしまったことの意味は、ウイルスが終息を見ても今後様々に論じられるだろう。ほとんど世界各国が「鎖国」に近くなり、経済活動が大きな影響を受けることは間違いない。日本に生きている以上、地震や台風などの自然災害のリスクはある程度想定しているだろう。しかし、このような「パンデミックにより外国人観光客がほぼゼロになる」事態は想定していなかった人がほとんどだと思う。

 まさに現代社会は「リスク社会」だということを、今回の事態はまざまざと示した。この「リスク社会」というのは、ドイツの社会学者ウルリヒ・ベック(Ulrich Beck、1944~2015)が主張した概念である。著書「リスク社会」(Risikogesellschaft、1986)は日本で「危険社会」と訳されたが、今は「リスク」と「危険」の意味に違いがあることから元の「リスク社会」として論じることが多いだろう。次の著書「世界リスク社会論――テロ、戦争、自然破壊」の副題を見ると、ベックの意図した「リスク」が判る。
 
 偉そうなことを書いているけど、僕は他分野の理論的な本をちゃんと読んでるわけではない。だけど、今回のような事態になるとベックの名前と「リスク社会」という言葉を思い出すのである。特に原著はチェルノブイリ原発事故と重なったこともあり、予見的な書となった。リスク社会とは何か。「産業社会が環境問題、原発事故、遺伝子工学等にみられるように新たな時代、別の段階に入り、それまでとは質的に全く異なった性格をもつようになった社会のことである。」(日本大百科全書ウェブ版)
(ウルリヒ・ベック)
 ベックの言葉に「困窮は階級的であるが、スモッグは民主的である」とあるという。そうなんだろうかと思わないでもない。富裕層はスモッグの影響の少ない郊外に大きな家を持てるし、景色のよい場所に別荘も持てる。貧困層は大気汚染の進んだ地域に住み続けるしかない。そういう風にも言えそうだが、外国ニュースで見る北京やニューデリーの大気汚染を見ると、「スモッグは都市生活者に等しく降りかかる災厄」だとも思う。ベックが何を言いたいかは何となく伝わる。

 19世紀の産業革命期に、急激に工業化、都市化が進行したが、農村が分解し都市になだれ込んだ下層労働者は都市のスラムに集住した。この時代には「疾病」も「戦争」も確かに「階級的」だった。貧富の差が病気にも反映され、貧しきものは乳幼児死亡率も高く、結核などの当時は治らない病気もあって成人になることも難しい。戦争でも主に貧困層が兵士となって戦死する確率が高い。当時の戦争では富裕層の子どもは将校になったりして最前線に出ないで済むことも多かっただろう。

 そういう戦争が大きく変わったのが第一次大戦後の「総力戦」であり、第二次大戦における「戦略爆撃」や「核兵器の開発」だ。一つの都市をまるごと消してしまえるような技術が開発されたわけである。第二次大戦後は「疾病」においても画期となった。ペニシリンに始まる抗生物質の開発によって、結核などの細菌性感染症がかなりの程度「治る病気」になった。そして、戦争や疾病に大きな変化をもたらした技術革新によって、「高度経済成長」が成し遂げられたわけである。

 その後、21世紀に入った段階で「IT化」によって、人類史上かつてない「グローバル化」が起こった。1980年代に書かれた「リスク社会」は、まさにテロや「金融危機」(リーマンショック等)を予見したと言ってもいい。そして今回の「ウイルスの世界的感染」が起こった。全世界的であり、いつ誰がどこで感染するか判らないという意味では、今回の事態は「超国家的」であり「超階級的」には違いない。

 じゃあ、どういう風にとらえればいいのか。このグローバル化は逆転不可であって、今後もパンデミックが時々起こりうる世界で生きていくしかないと考えるべきか。あるいは一度壊れた「グローバル化」は違った道をたどっていくことになるのか。新型コロナウイルス自体は永遠に感染が拡大するわけではなく、どこかで終わる。そのうちワクチンなども開発されるだろう。だが新しい病原体はいつも出現する。人類はその「リスク」とどう向き合って生きていくのか、少し時間が経たないと見えてこないと語れないことが多いが、みんなが考えていかないといけない。
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