尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「影裏」、映画と原作

2020年03月16日 21時06分25秒 | 映画 (新作日本映画)
 沼田真佑(しんすけ、1978~)の芥川賞受賞作「影裏」(えいり)が映画化された。「Red」と同じく、つい原作(原作者)に惹かれて映画を見てしまうことがある。これは僕の弱点で、概ね不満足な思いをする。しかし、映像で見て初めて判ることも多いから、まあいいとするしかない。映画は綾野剛松田龍平出演で宣伝していたが、案外ヒットせず興行収入ベストテンにも入らなかった。もう上映もほとんど終わりつつあるが、一応記録として書いておきたい。

 原作は2017年の「文学界」5月号で新人賞受賞作として発表され、大震災を文学で表現したとして評判になった。そのまま7月に芥川賞を受賞したが、沼田真佑はテレビに出たりしいてないから知名度はそんなに高くないだろう。未だに「影裏」以後の単行本も出てないし。最近文春文庫に入ったので読んでみたが、非常に感銘深い作品だった。原作は原稿用紙にして93枚という短編で、その「語り切らない」描写に余韻がある。近年の芥川賞受賞作では、村田沙耶香「コンビニ人間」と並ぶ完成度だ。

 岩手県盛岡市に転勤した青年、今野秋一(綾野剛)に初めてできた友人日浅典博(松田龍平)。二人は岩手の川で釣りを重ねながら親交を深める。しかし突然会社を辞めてしまった日浅の謎に満ちたいくつもの顔。「震災小説」というよりも「LGBT小説」、というよりも「釣り小説」の趣がある話で、映画も川釣りの場面が美しい。日本の「リバー・ランズ・スルー・イット」みたいな触感の映画である。

 映画は岩手県出身の大友啓史(「ハゲタカ」、「るろうに剣心」シリーズ、「三月のライオン」等)が監督を務めているが、地元の協力を得てロケは見映えする。しかし、どう見ても語りすぎだと思う。原作が短いんだから、映画も簡潔にまとめれば良かった。テーマの一番重要な部分を見せすぎていると思う。(それは今野のセクシャリティに関わる部分。)脚本は澤井香織(「愛がなんだ」等)、撮影が芦沢明子(「トウキョウソナタ」「世界の終わり、旅の始まり」等)で、技術的な一定の安定感はある。

 ストーリー自体は原作と同じだが、そこに多少の説明的要素、あるいは一緒に祭りを見に行くシーンなどを加えている。それが余計だと僕は思うのだが、人気俳優を使って全国展開する映画としては必要なのかもしれない。もともとミニシアターで公開すべき原作だったのかと思う。そのぐらい原作は媚びた部分がなく、孤高のイメージを持っている。「震災」と「LGBT」(GとTだが)という要素があって注目されてしまった。僕は作品的には納得できない部分があると思ったが、見ないと判らない岩手の川のシーンなども豊富で退屈はしない。原作を知らないと、ラストの展開にビックリするかもしれない。

 芥川賞受賞作品の映画化としては、近年のものでは「共喰い」(田中慎弥原作、青山真治監督)が最高で、「苦役列車」(西村賢太原作、山下敦弘監督)も悪くなかった。歴史をたどると、第一回の石川達三「蒼氓」に始まり、石原慎太郎「太陽の季節」(古河卓巳監督)、大江健三郎「飼育」(大島渚監督)など注目作は大体映画化されている。村上龍「限りなく透明に近いブルー」は作家自身が映画化し、又吉直樹「火花」も映画化された。しかし風俗映画になってしまうことが多く、作品的に優れているのは「忍ぶ川」(三浦哲朗原作、熊井啓監督)や「月山」(森敦原作、村野鐵太郎監督)、「ゲルマニウムの夜」(花村萬月原作、大森立嗣監督)、そして「飼育」「共喰い」と言ったところか。純文学なんだから、大衆受けではなく独自の表現にふさわしい作品が多い。今回も本来はそのように作れば良かった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする