音楽の喜び フルートとともに

フルート教室  久米素子 松井山手駅 牧野駅 090-9702-8163 motokofl@ezweb.ne.jp

シベリウス フィンランディア

2022-01-05 22:56:00 | ロマン派
美しい水面を見ていると、気持ちが落ち着いてきます。


ジャン シベリウス(1865-1957年)

フィンランド大公国ハーメーンリンナ生まれ、フィンランド アイノラ没。


ハメーンリンナの生家
三才の時に軍医の父親が亡くなります。母親マリアは次男クリスチャンを妊娠中で借金もあり、自分の母の家に移ります。


姉リンダ 母マリア ジャン
同居していた叔母のユリアからピアノを学びます。

後にヘルシンキ音楽院で学びます。

スウェーデンの支配にながくあったフィンランドで育ったかれはスウェーデン語しか話せず、当時フィンランド語が話せないと卒業できず、進学のためにフィンランド語を学びました。
24歳で卒業後、ベルリンに奨学金を得て、留学しています。
25歳でウィーンに留学、ブルックナーと会っています。
27歳 フィンランドの名門の娘アイノと結婚します。
「エンサガ」組曲「カレリア」などを作曲し32歳でフィンランド政府から年金を支給されるようになります。
34歳の時に「フィンランディア」を作曲すると、1900年パリ万博で演奏すると一躍人気がでて、ヨーロッパ各地を演奏旅行にでて、アメリカ合衆国にまで行っています。
39歳自宅をアイノラに建てるために演奏旅行に行きました。

アイノラの自宅
6人の女の子をもうけています。(一人は二歳で亡くなっています。)
42歳、ヘルシンキ演奏旅行に来たグスタフ マーラーが自宅を訪ね、連れ立って長い散歩に出ています。
52歳フィンランド内戦が起き、シベリウスの自宅も捜査を受けています。

その後は作曲を称え高額な寄付を受けるなど平穏な日を送っています。
アルコール過剰摂取と鬱に苦しみながらも作曲を続けますが61歳で筆を折ります。

91歳でアイノラで亡くなっています。