先月MAKIKYUが韓国まで足を運んだ際、その道中で西日本鉄道(西鉄)の「FUKUOKA 1DAY PASS」を利用して、今月限りで一部区間廃止となり、先日「MAKIKYUのページ」でも取り上げた八木山線などの西鉄バスや、西鉄電車などを利用して福岡県内を動き回っていた日がありました。
その際には西鉄グループだけでなく、夜に別途運賃・料金を支払って博多駅からJR博多南線にも乗車したもので、この時には16日にさよなら運転、定期運転は今日で終了となる100系車両に乗車したものでした。
100系は16両・2階建て車両を組み込んだ堂々たる編成で東海道新幹線を駆け抜けていた頃と、晩年の短編成で山陽新幹線の「こだま」で活躍した列車を合わせても、MAKIKYUが乗車したのは指の数程度という車両でした。
とはいえ開業当初から延々と0系の増備が続き、永年フルモデルチェンジが行われず、0系同士での車両代替と言う異例の事態になっていた東海道・山陽新幹線において、登場当時は斬新さを感じたシャープな前面形状に、2階建て車両も組み込んだ編成は、幼い頃のMAKIKYUにとって格好良く、未来へ向けてひた走る新時代の新幹線という印象を強く受けたものでした。
設備面でも大柄な車体や全盛期の2階建て車両など、300系以降の東海道・山陽新幹線車両は機能重視の車両が主流を占める中、ゆとりを感じる車両という印象があります。
また晩年の活躍では、行先表示が3色LED式に改められ、先頭車化改造車も登場すると共に、新幹線最短の4両編成も出てくるなど、JR西日本らしさを感じる面が幾つもありましたが、客室設備も全車普通車ながら2+2列の座席に交換された事で、さらにゆとりを感じる車両になったと感じたものでした。
山陽新幹線「こだま」や博多南線では、専ら短時間乗車になるものの、もっと乗っていたいと感じる新幹線車両としては、九州内で活躍し、
こだわりのデザイナーが手がけた800系と双璧をなす存在と感じ、300系ですら引退する今日では致し方ないとはいえ、全廃はやや惜しいものです。
(この点博多南線の約200km北を走る動力集中方式の高速列車は、見た目や客室の雰囲気こそ独特なものの、車内空間の居住性は正反対で、余り高い評価は出来ないと感じています)
一時期黄緑色を基調とした装いとなり、100系最後の活躍舞台となったJR西日本のこだま号用車両も、往年の装いに戻されて有終の美を飾る事になり、最後にリバイバルカラーとなった車両に乗車できたのは幸いでした。
初期車両hJR化以前からという新幹線車両にしては長寿を誇り、今日の新幹線車両とは異なる特徴を持った100系は、既に一部が中京地区の博物館に展示されており、この博物館を訪れれば、今後も全盛期の活躍ぶりを偲ぶ事が出来るのも幸いですが、往年のぶりは頭の片隅にも留めておきたいものです。
100系は2階建て車両を組み込んだ16両で活躍する華やかな時期こそ短く、高速化の波には乗れずに東海道新幹線からは比較的早期に退きましたが、山陽こだまに転用されてからの活躍は地味な存在ながらも、比較的長かったと感じています。
300系ですら全廃となる状況の中、同型と同じ時期まで活躍できたのは、さすがJR西日本とも言えますが、今までよく活躍してきたと感心するものです。
今日の新幹線は高速移動手段に特化し、ゆとりが少ない様にも感じますが、今後100系の様なゆとりを感じる車両が再び東海道新幹線に登場する事にも期待したいものです。